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 二人とも期待を孕んだ目でファンヌを見ている。ふぅと息を吐き、気持ちを落ち着けてから彼女はエルランドの手に自分の手を添えた。
「じゃ、またね」
 エリッサはテーブルの上で頬杖をつきながら、空いている方の手をひらひらと振っていた。
「えぇ。リサのお茶も忘れずに準備しておくわ」
「ありがとう」
 ファンヌがエリッサに背を向けた途端、人の気配が増えたような気がした。チラリと振り返ると、エリッサの周囲に男性が二人、女性が二人増えている。よく見なくてもわかる。あれはエルランドの二人の兄と、彼らの妃だ。
 見なかったことにしようと、ファンヌは再び前を向いた。だが、右肩から熱い視線を感じる。見上げると、エルランドが嬉しそうにファンヌを見下ろしていた。
「どうか……。されましたか?」
「いや。今まで、自分の気持ちを口にするものではないと思っていたが。そういったことも必要なんだなと思っただけだ」
「そうですね。口にしないと伝わらない気持ちもありますから」
 そうファンヌは口にして、ファンヌ自身もここに来てから自分の気持ちを素直に口に出せるようになっていたことに気づいた。
 クラウスの婚約者として扱われるようになってからは、ファンヌも言いたいことを心の奥に閉じ込めていた。
 特にクラウスやあの国王と会うときは。特に国王は『製茶』の工場に対してあれこれ口を出してきた。もっと効率的にお茶を作れないのか、人を増やせ、一日中工場を動かせ、等。それに意見するときは、心を無にして、事実だけを淡々と述べるようにしていた。感情的になっては、国王を説得することができない、工場の作業員たちを守ることができないと思っていたからだ。
 ふと思い返す。それでもクラウスの婚約を続けていたのは工場で働いている人たちを守りたかったからだということに。
 ファンヌがいなくなってしまった今、彼らはどうしているのだろうか。
 彼らのことを顧みずにここに来てしまったことに、ファンヌは後悔し始めた。
 そしてその気持ちはどうやら隣のエルランドに気づかれてしまったようだ。夕日によってオレンジ色に染め上げられたエルランドは「どうかしたのか」と声をかけてくる。
 言うべきか言わぬべきか。彼と繋がれた手に、ぎゅっと力を込めるファンヌ。
「口にしないと伝わらないときもあるだろう? それに口にすることで、心が晴れることだってある」
 先ほどファンヌがエルランドに伝えた言葉でもある。そして、エルランドの気遣いが足されている。
「私。自分のことしか考えていませんでした。リヴァスの『製茶』の工場で働いていた人たち。彼らは大変な作業をしていたにも関わらず、彼らに何も伝えることなく、ここに来てしまったので……」
「ああ、なるほど。だが、それは心配には及ばない」
「え?」
 ファンヌは驚いてエルランドの顔を見た。彼の後ろには沈みかけの夕日が見える。
「ファンヌのことだから、彼らのことを気にするだろうと、ヘンリッキさんが言っていた」
 突然、父親の名が出たことにファンヌはパチパチと瞬きをする。
「リヴァスのことは、君の家族がきちんと面倒をみるはずだから、安心しろ。もし、君が望むなら、一度、向こうに連れていくが?」
 エルランドは転移魔法を使って、ファンヌを両親と会わせることを考えているのだろう。
 だが今、家族に会ったらエルランドの気持ちから逃げ出して、向こうに留まることを選んでしまうかもしれない。
「いえ。大丈夫です。せ……。エルさんの言葉を信じます」
「そうか。ああ、だったら荷物をヒルマさんに送るついでに、手紙も一緒に送ろうか? 君の近況を書けば、向こうもあちらの様子を教えてくれるかもしれないだろう?」
 エルランドの気持ちが、ファンヌにとっては素直に嬉しかった。
「考えておきます」
 そう口にして、エルランドと繋いだ手にきゅっと力を込めた。
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