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 ファンヌがエルランドのことを「先生」と呼ばなくなったことに最初に気づいたのは、エルランドの屋敷で働くカーラとショーンである。
「あらあら……」
 と他にも言葉を言いたそうにしながら、カーラはファンヌの身の回りの世話を手伝ってくれる。だがファンヌはそれに気づかない振りをして、余計なことを口から滑らせないようにと細心の注意を払っていた。

 本当に些細なことであるはずなのに、すぐにもエリッサにも伝わったようだ。
「ファンヌ。とうとうエル兄さまのことを名前で呼んでくださるようになったのね」
 おしゃべりのひと時。庭園のテラス席でエリッサとお茶を嗜んでいると、彼女が突然、そんなことを口にした。
「リサ。どこから、その話を?」
 ファンヌは思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「どこからって、エル兄さまからよ。エル兄さまがローラン兄さまとルフィ兄さまに報告していたわ。これで『ぽんこつ』じゃないだろうって口にしていたけれど、名前を呼んでもらうまでに一か月以上もかけていたら、やっぱり『ぽんこつ』よね」
 ファンヌは黙って紅茶を飲んだ。
「あ、そうそうファンヌ。あなたにお願いがあるのだけれど……」
 サワリと、温かい風が肌に触れた。これから冬がやってくるというのに、このように日差しが暖かい日の風は心地よい。微かに香る、薬草と花の香り。
「オスモ先生にも相談はしたけれど、もしかしたらファンヌの方がいいかもしれないって言われて……」
 エリッサがオスモにも相談したという点が気になった。どこか、身体に不調な点があるのだろうか。
「私……。月のものが重くて。どうしても寝込んでしまうの……」
 なるほど、とファンヌは思った。こうやって彼女とお茶の場を設けるようになって一か月以上、二日から三日に一回は会っていた。それでも、会えない時があって、彼女が体調を崩して寝込んでいるとのことだった。
 そういった話はリヴァスにいたときにも何度も耳にしていた。工場で働く女性の中にもそれで悩んでいる人がいて、ファンヌは痛みを和らげるお茶を調茶し、その茶葉を渡していたのだ。
「それなら、よく効くお茶があるのだけれど」
「本当?」
 ぱぁっとエリッサの顔が明るくなった。よっぽど酷いのだろうとファンヌは思った。症状には個人差があるし、他人の痛みをわかることはできない。恐らくエリッサはそれをわかってもらえた気分にでもなったに違いない。
「だけど。茶葉がこちらにはなくて。リヴァスの茶葉を使った方が効くと思うのよ。しばらく時間がかかるかもしれないけれど、大丈夫かしら?」
「えぇ……。オスモ先生から薬も処方してもらっているから、万が一のときはそちらを飲むし」
「お茶が効くか薬が効くかもその人にもよるから、お茶の効果も絶対とも言えないけれど」
「そうね……。でも、少しは良くなるかもしれないと言われたら、やはりそこに希望を持ってしまうわよね」
 エリッサは自嘲気味に笑った。けして恥ずべき内容でもないのに、そうやって女性から自信を失わせてしまうことも、ファンヌとしては悔しい思いでいっぱいだった。
「ありがとう、ファンヌ。あなたに相談してよかったわ……」
 目の前のエリッサの姿を見たら、エルランドの名前のことなどどうでもいい問題に思えてきた。
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