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『調薬室』を出た二人は、並んで歩く。
「そういえば、先生。先生もこの国の王子でいらっしゃるわけですよね」
ファンヌは不本意ながらもクラウスと共に過ごしていた時間を思い出していた。彼が側にいるときは、いろんな人からの視線が気になっていた。
「まあ。そう呼ばれていたかもしれない。ただ、あっちにいたのが長いから、あまり気にしていない」
あっちとはリヴァス王国のことだろう。リクハルドも十年近くエルランドがリヴァス王国に行っていたようなことを口にしていた。
「兄たちもいるし。オレは別に好きなことをしていたいから」
エルランドの言葉だけを聞けば、気ままな三男坊という感じがするし、リクハルドが「エル坊」と呼んでいたのも納得できるような気がしてきた。
それでもファンヌには気になっていることがある。
「では、先生には護衛とかがついていないのですか?」
「この国では、そんなもの、不要だ。人がたくさん集まるときは別だが。基本的に結界を張り、不審な輩は入れないようにしている。それに、オレたちを襲うような暴漢などいない。王族は獣人の血が濃いことを、この国の者は知っているからな。オレたちを襲ったら返り討ちにされることを、みんなわかっている。だから、この先のウロバトの街くらいであれば、二人で行くことができる」
二人で、と口にしたところだけエルランドの声が小さくなったようにも聞こえた。
「じゃ、早速、美味しいレストランに連れて行ってください」
余計な護衛がついていないのであれば、ファンヌの気持ちも軽くなる。どこからか、誰からか見張られている視線が嫌いだった。全ての行動を監視されているようで。
「ほら」
エルランドが右手を差し出してきた。
「なんですか?」
ファンヌはその手をじっと見つめて尋ねた。
「暴漢に襲われる心配はないが。ファンヌのことだから、迷子になるかもしれない」
その言葉を否定できないファンヌは恐る恐る彼の手を握った。こうやって家族以外の誰かと手を繋ぐことは初めてのことである。
変な気分になって隣のエルランドを見上げると、彼もファンヌに気づいたようだ。
「なんだ?」
「いえ……。なんでもありません……」
ふと恥ずかしくなったファンヌは視線を逸らした。
王宮から川沿いを右手にしながら歩くと、左側には薬草園が広がっている。目の前には王都ウロバトの街並み。王宮も薬草園も、少し高い位置にあるため、ここからウロバトの街を見下ろすことができるのだ。王宮の下で格子型に広がっているウロバトは、色とりどりのテントの天幕が溢れていて活気に満ちているように見えた。
左手の薬草園が途切れて、数分歩けばウロバトの街中へと入る。上から見えたテントは露店だった。テントの天幕の色で売っているものがわかるようになっているらしい。
「先生、あそこで売っているのはなんですか?」
「ああ。ベロテニアの伝統的な染物だ。あれに刺繍を入れて、何かすると聞いたことはあるが。そういったことに、オレは疎いからわからん」
この国の王子であれば、自国の伝統的なものについても少しは知識として持っているべきだと思うのだが、興味の無いことを頭の中には残しておきたくないところが彼らしい。
「あれは?」
「絹糸だな。織物に使う」
「あっちは?」
「あれは茶葉だな」
「見たい」
「言うと思った。だが、先に昼ご飯にしよう。お腹、空いているだろう? 師匠が言っていたレストランがすぐそこだ」
「はい」
ファンヌが笑顔で返事をすると、エルランドも笑顔で見つめてきた。目が合った瞬間、ファンヌの心がドキっと跳ねた。
(あ……。まただ……)
今朝方から、時折胸が痛む。
(もしかして……。病気? せっかくベロテニアに来たのに。後で大先生にでも相談しよう……)
ファンヌが何も言葉を発せず、ただじっと立ち止まっていたことにエルランドも気づいたのだろう。
「どうかしたのか?」
「いえ……。後で、何を買おうかって考えていました」
「そうか」
エルランドも安心したのか、また銀ぶち眼鏡の下の目を細めた。
「では、行こうか」
「そういえば、先生。先生もこの国の王子でいらっしゃるわけですよね」
ファンヌは不本意ながらもクラウスと共に過ごしていた時間を思い出していた。彼が側にいるときは、いろんな人からの視線が気になっていた。
「まあ。そう呼ばれていたかもしれない。ただ、あっちにいたのが長いから、あまり気にしていない」
あっちとはリヴァス王国のことだろう。リクハルドも十年近くエルランドがリヴァス王国に行っていたようなことを口にしていた。
「兄たちもいるし。オレは別に好きなことをしていたいから」
エルランドの言葉だけを聞けば、気ままな三男坊という感じがするし、リクハルドが「エル坊」と呼んでいたのも納得できるような気がしてきた。
それでもファンヌには気になっていることがある。
「では、先生には護衛とかがついていないのですか?」
「この国では、そんなもの、不要だ。人がたくさん集まるときは別だが。基本的に結界を張り、不審な輩は入れないようにしている。それに、オレたちを襲うような暴漢などいない。王族は獣人の血が濃いことを、この国の者は知っているからな。オレたちを襲ったら返り討ちにされることを、みんなわかっている。だから、この先のウロバトの街くらいであれば、二人で行くことができる」
二人で、と口にしたところだけエルランドの声が小さくなったようにも聞こえた。
「じゃ、早速、美味しいレストランに連れて行ってください」
余計な護衛がついていないのであれば、ファンヌの気持ちも軽くなる。どこからか、誰からか見張られている視線が嫌いだった。全ての行動を監視されているようで。
「ほら」
エルランドが右手を差し出してきた。
「なんですか?」
ファンヌはその手をじっと見つめて尋ねた。
「暴漢に襲われる心配はないが。ファンヌのことだから、迷子になるかもしれない」
その言葉を否定できないファンヌは恐る恐る彼の手を握った。こうやって家族以外の誰かと手を繋ぐことは初めてのことである。
変な気分になって隣のエルランドを見上げると、彼もファンヌに気づいたようだ。
「なんだ?」
「いえ……。なんでもありません……」
ふと恥ずかしくなったファンヌは視線を逸らした。
王宮から川沿いを右手にしながら歩くと、左側には薬草園が広がっている。目の前には王都ウロバトの街並み。王宮も薬草園も、少し高い位置にあるため、ここからウロバトの街を見下ろすことができるのだ。王宮の下で格子型に広がっているウロバトは、色とりどりのテントの天幕が溢れていて活気に満ちているように見えた。
左手の薬草園が途切れて、数分歩けばウロバトの街中へと入る。上から見えたテントは露店だった。テントの天幕の色で売っているものがわかるようになっているらしい。
「先生、あそこで売っているのはなんですか?」
「ああ。ベロテニアの伝統的な染物だ。あれに刺繍を入れて、何かすると聞いたことはあるが。そういったことに、オレは疎いからわからん」
この国の王子であれば、自国の伝統的なものについても少しは知識として持っているべきだと思うのだが、興味の無いことを頭の中には残しておきたくないところが彼らしい。
「あれは?」
「絹糸だな。織物に使う」
「あっちは?」
「あれは茶葉だな」
「見たい」
「言うと思った。だが、先に昼ご飯にしよう。お腹、空いているだろう? 師匠が言っていたレストランがすぐそこだ」
「はい」
ファンヌが笑顔で返事をすると、エルランドも笑顔で見つめてきた。目が合った瞬間、ファンヌの心がドキっと跳ねた。
(あ……。まただ……)
今朝方から、時折胸が痛む。
(もしかして……。病気? せっかくベロテニアに来たのに。後で大先生にでも相談しよう……)
ファンヌが何も言葉を発せず、ただじっと立ち止まっていたことにエルランドも気づいたのだろう。
「どうかしたのか?」
「いえ……。後で、何を買おうかって考えていました」
「そうか」
エルランドも安心したのか、また銀ぶち眼鏡の下の目を細めた。
「では、行こうか」
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