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「獣人の血が濃いということは、獣人の特徴も強く持つということだ。それの一つが『運命の番』と呼ばれるもの。獣人は特別な相手が本能的にわかる特徴を持つ。だから、身分や国籍など関係なく、生涯の相手には『運命の番』であることが何よりも尊重される。昔は『番』を伴侶にしなければ、気も狂ってしまうほど深い繋がりがあったとされているが、今は血も薄れているため、相手が『番』であるかどうかわかる程度の力しかない。だから『番』を伴侶としなくても、気が狂うこともない。そうだな、一目ぼれ的な強い衝動が訪れると言った方がわかりやすいだろうか」
 ようするに、結ばれるべき相手がすぐにわかるのだろう。だが、その相手を手に入れることができなくても、ただの失恋で済む。そういった話に聞こえた。
「素敵なお話ですね」
 ファンヌは心からそう思った。自分の相手は、権力と政略によって決められた相手だった。だからあのままクラウスと結婚をし、子を授かったとしても、その子を愛せるかどうかの不安があった。だが、それはもう過去の話。
「もしかして、陛下も」
「そうだ」
 ゆっくりと頷く国王と王妃が羨ましく見えた。ファンヌが視線を二人の王子に向けると、彼らも頷く。
「私は、残念ながらまだよ」
 聞いてもいないのに、エリッサが唇を尖らせて答えている。
 そして最後にエルランドを見る。彼は先ほどからファンヌの方を見ようとはしない。
「ファンヌ嬢。どうか驚かないで聞いて欲しいのだが」
 こういった前置きをされる場合は、これから驚く話をするぞ、というときによく使われる。それは『研究』の成果を発表する場でも用いられる手法であるため、ファンヌにとっては耳慣れた言葉でもあった。
「どうやらファンヌ嬢が、エルランドの『運命の番』とのことだ」
 驚くな、と言われていなかったら驚いていた。間違いなく「え、えぇえっ」と声を上げていた。ファンヌはその言葉を飲み込み、ただじっとエルランドを見つめる。
 彼は目を合わせてくれない。耳の下まで赤く染め上げて、俯いていた。
「ごめんなさいね。ファンヌさん。昔からこの子はこういうことに奥手で……」
「あ、いえ。突然のことで驚いただけです」
「ある意味、エルはすごいな。黙って彼女をここまで連れてきたわけだ」
 エルランドの上の兄であるローランドも弟のしでかしたことに驚きを隠せない様子。
「もしかして、私……。こちらに来ない方が良かったのでしょうか……」
 あのリヴァス王国で『調茶』の『研究』する場所を失い、また、少しの間リヴァス王国を離れるのもいいという両親の言葉によって、エルランドを追いかけるようにしてベロテニア王国へとやって来たのだが。自身の考えが浅はかであったことに気付いた。だが、両親も反対しなかったし、誰も止めはしなかった。
「そんなことはないわ。私、ファンヌさんとお会いできてとても嬉しいもの。これから、仲良くしてちょうだいね」
 エリッサが立ち上がり、ファンヌの方につかつかと寄ってくると、また両手を取ってぶんぶんと振り回した。
「ファンヌ嬢は、リヴァス王国で調茶の研究をしていたのだろう? ここは薬草や茶葉が豊富だ。遠慮せずにその『研究』に励めばいい」
 そう声をかけてくれたのは、王太子であるローランドだ。兄弟なだけあって、エルランドとよく似ている風貌。違いといえば、エルランドをもっと穏やかにしたような笑顔と、眼鏡をかけていないことくらいだろうか。
「どうせ、エルがそれを口実にして連れてきたんだろう? だったら、本来の目的を遠慮なく果たすといい」
 第二王子であるランドルフは、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気を纏っている。
 それよりも、ファンヌの情報が漏れていることも気になった。
「ファンヌさん。そんなに驚かないで。エル兄さまは、ファンヌさんが番であることに八年前から気付いていらしたの。それからずっとファンヌさんのことを狙っていたようなんだけれど」
 エリッサが喋れば喋るほど、隣のエルランドの身体が縮こまっていくように見えた。
「ほら。エル兄さまって、お勉強はできるけれど、人との付き合い方がわからないというか。特に女性に対しては疎いというか」
 そこでランドルフの声が飛んできた。
「エリッサ。覚えておきなさい。そういうのを『ぽんこつ』って言うのだよ」
「ありがとう、ルフィお兄さま」
 エリッサは微笑んで、二番目の兄の顔を見つめた。
「とにかく、私たちはエル兄さまがそういった相手と出会えたことを、八年前から知っていたのね。だけど、エル兄さまが『ぽんこつ』だったみたいで。なかなか相手の方にそれを伝えることができなかったみたいで」
 この場合、エリッサが口にした『相手の方』にファンヌが該当する。
 八年前といえば、ファンヌが学校に入学した年だ。その頃はまだ、ファンヌはエルランドと出会っていないはずだ。だが、エルランドはあの学校にいたのだろうか。
 ファンヌが十歳であれば、彼は十五歳。エルランドが飛び級で学校を卒業したことは聞いたことがあるが、一体彼はいつからあの学校に通っていたのだろう。
「それはっ……。まだオレもファンヌも子供だったからだ。ファンヌが成人したら伝えようと思っていた」
 じっと小さくなって黙っていたエルランドが、とうとう反論を始めた。
「その成人を待っていたら、他にかっさらわれたと言って、嘆いていたのは誰だっけ?」
 ランドルフがニヤニヤとした口調で尋ねると、またエルランドは耳を真っ赤にしながら顔を背ける。反論したが、すんなりと負けてしまったようだ。
「あ。そうです。私、リヴァス王国王太子殿下の婚約者だったのですが。それでもよろしいのでしょうか?」
 ランドルフの言葉でファンヌは思い出した。クラウスの婚約者であったことを綺麗さっぱりと忘れていた。それだけ彼女の心の中では、無かったことにしたかった案件のようだ。
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