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聖女(1)

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「聖女さま、どうか団長とまぐわっていただけませんか?」

 彼女の目の前で土下座をしている男は、王国魔導士団に所属している人間だろう。漆黒のローブが何よりの証拠。彼らは身につけているもので、所属がわかるようになっている。

「え? まぐわうって、その」

 彼女の微かな知識が正しければ、まぐわうとは性交渉を意味するものだと思っている。
 すなわちセックス。

「はい。聖女さまの女性器に団長の男性器をいれて、ずぼずぼっと動かす許可をいただきたいのです」

 この男、真面目な顔をしてさらっと口にすれば、なんでも許されると思っていないか。

 聖女と呼ばれている女性、瀧口アズサは面食らった。そもそもここは、アズサが一年前まで生活していた場所とは異なる世界、異世界と呼ばれる世界である。
 ひょんなことから異世界に迷い込んだアズサは『聖女さま』と呼ばれていた。それはアズサが持つ知識だったり不思議な力だったり。それが原因である。

 この異世界に飛ばされたアズサは、ライトノベルでよく目にしたチートな能力を手に入れている。聖女さまと呼ばれるくらいだから、それは聖なる力と言われるものであり、別名、治癒能力とも言われているのだ。また、他にも使える不思議な能力はあった。さすがチート。
 それらの力もあって、異世界に飛ばされたアズサは虐げられることなく、快適な生活を送っていた。

 元の世界では日本と呼ばれる国で会社勤めをしていて、社畜化していた人間である。大学卒業後に新卒採用されて三年目。脂ものってきた時期の営業職。
 色も染めない黒い髪のミディアムヘア。昔から視力だけは自慢の2.0で、眼鏡もコンタクトもいらない、大きなぱっちりとした二重の目。どこからどう見ても日本人の顔つきだが、英語はぺらぺらと中国語を少々という、営業職に相応しい語学力を備えていた。
 担当も増えつつ後輩指導にあたり、技術の人間からはけちょんけちょんにけなされ、客先からもボコボコに口撃されながらも、製品を手にしたお客様から感謝の気持ちを口にされたときの喜びは何事にもかえられない。
 それでもその日は、やさぐれていた。会社帰りに飲まずにはやってられないほど。

 原因は些細なことかもしれない。いや、今思い出しても腹が立つ。あんな男の部下であったのが間違いの始まりである。
 よくある手柄の横取り。アズサが契約にこぎつけた大きな案件を、まるで自分の手柄のように報告しやがったあのハゲくそ親父。
 仕方ないとは思いつつも、腹立たしさから馴染みの居酒屋でベロンベロンになるまで飲んでしまった。
 馴染み居酒屋は地下にある。いつものアズサなら、階段を踏み外すなどそんな漫画のようなベタな展開にはならないし、エレベーターを使うという判断もできる。
 だけどその日はベロンベロンだった。だから気分よくふらふらの足取りで階段をあがった。最後の一段を踏みしめたら地上に出る、そのときに足の力が抜けて、のぼってきた階段を転げ落ちた。
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