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幼妻の場合(10)

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 オリビアがカステル侯爵邸から戻ってきたところ、クラークは既に屋敷に帰ってきていた。
 なぜか彼はエントランスにいた。大きな窓から外の光を取り込み、白い床が反射している。その床の上に、彼は立っていた。すぐ側にソファがあるにも関わらず、立っていたのだ。

「どこに行っていたんだ?」

 オリビアの姿を見つけたクラークが、鋭く睨みつけてきた。

「ポリー様のところに。お茶会に誘われておりましたので。今朝、旦那様にもそうお伝えしたと思っていたのですが」
「そ、そうか……。そうだったかもしれないな」

 なぜかクラークの右手が怪しくくねくねと動いている。だが、そのまま手は彼の脇にピタリと収まった。

「ポリー様から、流行りの映画について教えていただきました。旦那様は、どのような映画がお好きですか?」

 オリビアがそう尋ねると、クラークの引き締まっていた口元が緩んだ。

「ここではなんだから、場所を変えよう」

 クラークが腕を出してきたのは、エスコートするためだと思った。

(この腕を、とってもいいのかしら?)

 じっとオリビアはクラークの腕を見つめていたが、彼はそれを取り下げるようなことはしなかった。
 そっとオリビアはクラークの腕に、自分の腕を絡めてみた。

 社交界嫌いのクラークは、あまり公の場に積極的に顔を出そうとはしない。だから、二人でこのように並んで歩くことも少ない。まして、彼の腕をとるとなれば、八か月前に開かれたパーティー以来である。

 クラークは黙って、隣のオリビアを見下ろしてくる。

(え、と……。もしかして、間違った行動をしてしまったのかしら……)

 クラークがオリビアのことを、女性として見ていないことを、オリビア自身もなんとなく感じとっていた。それでもこのようにされたら、腕をとれという意味であると思ってしまうだろう。

「少し、縮んだか?」
「え、と……?」
「いや、少し背が低くなったような気がするのだが」

 それはクラークの背が伸びたのでは、と思ったオリビアであるが、彼の成長期もとっくに過ぎているはず。
 だからといって、オリビアも背が縮むような年齢でもないはずだ。

「あ……。今日は、ヒールの低い靴を履いているからですね」

 八か月前のパーティーでは、少しでも大人っぽく見られるようにと、あれこれ作戦を練った。練った結果、カトリーナご推薦の「ヒールは高いけれど安定している靴」を履くことによって、クラークと理想の身長差を保とうとしたのだ。
 だが今日は、ポリーの屋敷でお茶を嗜んできただけ。歩きやすい靴を選んでしまったため、パーティーのときよりも背が低く見えたのだろう。

「そうか……」

 クラークの動きはどことなくぎこちない。
 やはり、オリビアには大人な女性としての魅力が足りないのだろう。もう少し、メリハリのある身体であったら、クラークを身体で落とせたかもしれないのに。

 何よりも、彼が夜這いしてこないことがそれの証拠である。と、オリビアは常々そう思っている。
 クラークが戻って来て五日。昼間は一緒にいることのできない時間も多いが、夜は共に過ごしている。

 何よりも一つのベッドで共に寝ているのだ。
 カトリーナご推薦の際どいナイトドレスを着ていたとしても、クラークは「風邪をひくといけない」と言い、ガウンをパサリと羽織らせる。

(敵は、なかなか手強いわ)

 その言葉はポリーも口にしていた。

(やはり、時期を見計らってカトリーナ様にも相談しなければ……)

 結婚して二年。
 オリビアも成人を迎えた。
 遠征先から夫も戻ってきた。
 愛してもらうには充分な条件が揃ったと思っている。
 それでも彼がオリビアを求めようとしないのは、やはり貧相な身体なのだろうか。

(いえ……。だけど、胸も大きくなるようにと、カトリーナ様から教えてもらったマッサージもしているし。例の香油も使っているし……)

 オリビアはクラークを横目でちらっと見つめたが、彼は唇を真っすぐに引き締めたまま、どこかに向かっている。

(あら、サロンではない? 一体、どこでお話をするつもりなの)

 結局、向かった先は二人の部屋であった。

「二人きりで話をしたかったからな」
 ソファに並んで座る。
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