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母の身代わりに

5.

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 王太子殿下の婚約発表というめでたい祝いの席。参加している者たちは各々に話に花を咲かせ、踊り、そして飲んでいた。エリーサは人の多さに、ただただ耐えることしかできなかったのだ。
 だが、耐えることにも限界はあり、パーティがお開きになる前に、その会場を離れることになった。というのも、そんな彼女の様子にブロルが目ざとく気付いたから。

「田舎者は、このような華やかな場所に来てはならないのよ」
 口元をハンカチで押さえながら、エリーサは言った。初めてのパーティだが、最悪な印象だ。エスコートをしてくれたブロルにも迷惑をかけてしまったことだろう。

「誰だって初めてはそういうものだ。緊張と人の多さに当てられる。少しずつ慣れていけばいい」
 エリーサの背中を優しく撫でながら、ブロルは言う。
「辛いなら、俺に寄り掛かれ」
 その言葉に素直に従う。触れ合ったところから彼の体温を感じてしまえば、静かに微睡む。不思議なことに、今だけはいつも五月蠅く鳴る心臓が落ち着いていた。

 はっとエリーサが気が付けば、見慣れぬ部屋。

「気が付いたか?」
 目の前には正装を解いたブロル。どうやらエリーサはソファに寄り掛かるようにして眠っていたようだ。

「ここは?」
 まだぼんやりとする頭を抱えながら、ゆっくりと姿勢を正す。

「俺の部屋。辛いなら、まだ休んでいろ」
 辛いのは、ずっと身体を締め付けているコルセットだ。だが、それを目の前の彼に言うべきか悩んでいた。
「大丈夫か?」

「え、えぇ……。でも、そろそろ帰らないと」

「君の屋敷には使いを出したから心配するな。今日はここに泊っていけばいい。今、部屋を準備しているから」

「そう……。ありがとう……」

「君が素直だと、気持ち悪いな」

 だが、やはりコルセットの締め付けと言うのは、体調のすぐれないエリーサには負担がかかるものだった。意を決してブロルにお願いをする。

「ブロル……。ごめんなさい、どなたか人を呼んでもらってもよろしいかしら? その、ドレスが苦しくて……」

 それを聞いた彼は苦笑する。
「そうか、女性のドレスは締め付けるらしいからな」
 言いながら、彼はエリーサの隣へとすり寄ってきた。
「苦しいなら、俺が脱がせてやる」

「え、ちょ、ちょっと。脱いだら、一人では着れないのよ」

「大丈夫だ、そこに別なドレスが準備してあるから」

「別なドレスって……」
 彼が示した先にはナイトドレス。つまり、身体を休めるときに身に着けるドレス。

「エリーサ。このドレス。とてもよく似合っているよ……。これ、俺が選んだんだ。君に着てもらいたくて」
 ブロルは後ろの鈎に手をかけながら耳元で囁いてくる。その囁きが腹の底にまで響き、ぴくっと身体が震えてしまう。落ち着いていたはずの心臓が、ドドドと騒ぎ始めてしまう。

「え? あなたが選んだの?」

「そう。君は、このような状況において、俺から何をされるのかと不安にはならないのか?」

「何をするつもりなの?」

「君は、男が女にドレスを送る意味を知らないのか?」
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