28 / 44
姉の身代わりに
3.
しおりを挟む
ブレンダン王太子殿下とオーガストは弟と兄のように仲の良い関係らしい。それにエリンとオーガストは同い年で、学院でも同じクラスであった。
たまに食堂のテラスで、その三人が楽しそうに談笑しているのを見かけた。
ブレンダンもオーガストも、その視線の先にはエリンがいた。
――二人とも、お姉様が好きなのね。正当なマキオン公爵家の娘だし、あの美貌だし、同じ女性でも憧れるのだから、仕方ないわね。
そんなことを想いながらリーゼルは遠くからそれを見つめると、彼らに気付かれる前にその場を離れる。
リーゼルは学院で孤立していた。マキオン家の名を名乗りながら、マキオン家の血を継がない娘。
それでも二つ年上の義理の姉が学院に通っている間はまだよかった。エリンが率先してリーゼルをいじり、それに取り巻きが同調する形だったからだ。エリンにやられるのはいつものことだし、慣れているし、対応の仕方もなんとなく心得ている。たまにエリンの真似をして手を出してくる者たちもいたが、エリンからの仕打ちに比べたらかわいいものだ。
だけど、エリンが学院を卒業すると「エリン様の代わりに私たちが」というエリン信者によって、エリンよりも酷いいじめを受けていた。教科書を隠されるのはもちろんのこと、破かれ、投げ捨てられる。すれ違いざまに押してくる、転ばせようとする、髪の毛を引っ張られる。怪我をするかしないか、ギリギリな身体的接触。それでも怪我をしたことは一度や二度ではない。
それを家族に知られないように、必死で隠し通そうとしていたリーゼル。
だが、なぜか教科書を破かれてしまった事をエリンに知られてしまったようで。ある日、エリンが使っていたと思われる教科書が部屋の机の上に置いてあった。
礼を言うと。
「あなたに意地悪するのは私の特権ですもの。私以外にあなたをいじめるような人物がいることが許せないだけよ」
とエリンは高笑いしていた。
その後、不思議なことにその教科書にいたずらをされることは無くなった。恐らく教科書に大きくエリンのサインが書いてあったからだろう。エリンが使っているときには無かったそのサインが、教科書の表と裏に大きく書かれていた。嫌がらせではないか、と思えるくらいに両面にいっぱいに。
だけど、学院は勉強するところ。そう思っていたリーゼルは教科書さえ無事であれば、それはそれでいいと思っていた。
そもそもこうやって学院に通い、勉強させてもらっていることに感謝をしなければならないと、そう思っていた。
だからこそ学院に通っていた五年間、特にいい思い出という思い出は無い。ただ、周囲からの嫌がらせに必死で耐え、勉強に励む日々。それもこれも父親が望む家へ嫁ぐため、と。
恋をしたかったかと問われれば、恋と呼ばれるようなものをしたかったのかもしれない。いや、少しは恋心を持っていたのかもしれない。その、オーガストという男に。
きっかけは些細な事。本当に些細な事。
階段をおりていたときに、いつものように誰かに押された。階段は踊り場まであと三段。これくらいなら、怪我もしないだろうと相手も思ったのかもしれない。それでも不安定な場所で背中を押されたら、踏ん張る先が無いから落ちるしかない。
「大丈夫か?」
踊り場の硬い床の上に落ちるはずだったその身体は、逞しい腕に抱かれていた。恐らく、転びそうになったリーゼルを助けてくれたのだろう。
「はい。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「こういうときは、礼を言うべきなのではないか?」
オーガストのその言葉に驚いて、思わずリーゼルは彼の顔を見上げた。
「俺は迷惑をかけられたとは思っていない。むしろ、君に怪我が無くて良かったと思っている」
「あ、はい。助けてくださってありがとうございます」
リーゼルが少し頬を薄紅色に染め上げると、オーガストは満足そうに笑っていた。
「ちょっと、オーガスト。何やってるの。そんなどんくさい妹、放っておきなさい。次、教室移動よ。さっさと行く」
「すまない」
姉のエリンに呼ばれたオーガストは、その姉の背を追うように大股で歩いていく。リーゼルにはその彼の背を見つめることしかできなかった。
たまに食堂のテラスで、その三人が楽しそうに談笑しているのを見かけた。
ブレンダンもオーガストも、その視線の先にはエリンがいた。
――二人とも、お姉様が好きなのね。正当なマキオン公爵家の娘だし、あの美貌だし、同じ女性でも憧れるのだから、仕方ないわね。
そんなことを想いながらリーゼルは遠くからそれを見つめると、彼らに気付かれる前にその場を離れる。
リーゼルは学院で孤立していた。マキオン家の名を名乗りながら、マキオン家の血を継がない娘。
それでも二つ年上の義理の姉が学院に通っている間はまだよかった。エリンが率先してリーゼルをいじり、それに取り巻きが同調する形だったからだ。エリンにやられるのはいつものことだし、慣れているし、対応の仕方もなんとなく心得ている。たまにエリンの真似をして手を出してくる者たちもいたが、エリンからの仕打ちに比べたらかわいいものだ。
だけど、エリンが学院を卒業すると「エリン様の代わりに私たちが」というエリン信者によって、エリンよりも酷いいじめを受けていた。教科書を隠されるのはもちろんのこと、破かれ、投げ捨てられる。すれ違いざまに押してくる、転ばせようとする、髪の毛を引っ張られる。怪我をするかしないか、ギリギリな身体的接触。それでも怪我をしたことは一度や二度ではない。
それを家族に知られないように、必死で隠し通そうとしていたリーゼル。
だが、なぜか教科書を破かれてしまった事をエリンに知られてしまったようで。ある日、エリンが使っていたと思われる教科書が部屋の机の上に置いてあった。
礼を言うと。
「あなたに意地悪するのは私の特権ですもの。私以外にあなたをいじめるような人物がいることが許せないだけよ」
とエリンは高笑いしていた。
その後、不思議なことにその教科書にいたずらをされることは無くなった。恐らく教科書に大きくエリンのサインが書いてあったからだろう。エリンが使っているときには無かったそのサインが、教科書の表と裏に大きく書かれていた。嫌がらせではないか、と思えるくらいに両面にいっぱいに。
だけど、学院は勉強するところ。そう思っていたリーゼルは教科書さえ無事であれば、それはそれでいいと思っていた。
そもそもこうやって学院に通い、勉強させてもらっていることに感謝をしなければならないと、そう思っていた。
だからこそ学院に通っていた五年間、特にいい思い出という思い出は無い。ただ、周囲からの嫌がらせに必死で耐え、勉強に励む日々。それもこれも父親が望む家へ嫁ぐため、と。
恋をしたかったかと問われれば、恋と呼ばれるようなものをしたかったのかもしれない。いや、少しは恋心を持っていたのかもしれない。その、オーガストという男に。
きっかけは些細な事。本当に些細な事。
階段をおりていたときに、いつものように誰かに押された。階段は踊り場まであと三段。これくらいなら、怪我もしないだろうと相手も思ったのかもしれない。それでも不安定な場所で背中を押されたら、踏ん張る先が無いから落ちるしかない。
「大丈夫か?」
踊り場の硬い床の上に落ちるはずだったその身体は、逞しい腕に抱かれていた。恐らく、転びそうになったリーゼルを助けてくれたのだろう。
「はい。ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「こういうときは、礼を言うべきなのではないか?」
オーガストのその言葉に驚いて、思わずリーゼルは彼の顔を見上げた。
「俺は迷惑をかけられたとは思っていない。むしろ、君に怪我が無くて良かったと思っている」
「あ、はい。助けてくださってありがとうございます」
リーゼルが少し頬を薄紅色に染め上げると、オーガストは満足そうに笑っていた。
「ちょっと、オーガスト。何やってるの。そんなどんくさい妹、放っておきなさい。次、教室移動よ。さっさと行く」
「すまない」
姉のエリンに呼ばれたオーガストは、その姉の背を追うように大股で歩いていく。リーゼルにはその彼の背を見つめることしかできなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
580
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる