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弟の身代わりに
6.
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パーティ会場はもちろん王城の大広間だ。将来の騎士たちの門出を祝い、従騎士を終えた者たちに労いの言葉をかける。それがこの従騎士修了パーティである。参加者はほとんどが騎士を目指す者。ヨアヒムのような義務として従騎士を務めていたような者たちは、参加しない者の方が多い。何しろ、義務として務めていただけだから。
ユルゲンがヨハンナをエスコートして会場に現れると、ざわめきがより強くなった。あのユルゲンが連れている妹ではない女性は誰だ、と。ユルゲンはヨハンナを連れ、国王に挨拶をする。遠縁の娘であることを伝えると、国王は「婚約者か」と茶々を入れてきた。
それに対しては。
「いずれ、そのうち。今、口説いている最中ですので」
と答える。全否定してしまっては、ユルゲンを将来の夫にしたいという女性が幅広い年齢層で詰め寄ってくることが目に見えているからだ。そこに口説き中という一言を添えれば、ユルゲンが彼女に夢中になっていて他の女性には興味がありません、という威嚇もできると思っていた。
「ヨアヒム。悪いが、一曲だけは付き合ってくれ」
耳打ちするかのようにユルゲンが耳元でそっと囁いた。その低い声で囁かれてしまうと、ヨハンナの背筋にぞわりと多足虫が這うような感覚が走った。
「俺がリードするから、全てを任せて欲しい」
ヨハンナは黙って頷いた。一応、ヨハンナも付き合い程度のダンスはできる。だが、ユルゲンはヨハンナをヨアヒムと思っているから、ダンスの女性パートは踊ることができないと思っているのだろう。もしかしたら、ヨハンナの下手糞なダンスでちょうど釣り合いがとれるかもしれない。
ダンスの最中もヨハンナはなんとなく視線を感じていた。それは好奇の目であったり、嫉妬の目であったり。その視線に耐えながらも早く時間が過ぎ去ることだけを思っていた。
曲が終われば義務を終えたかのようにその輪からすすっと立ち去るユルゲン。もちろん、ヨハンナの手を引いて。
「喉が渇いていないか? 飲み物をもらってくる」
このユルゲンという男も普段の騎士として仕事をこなしているときと雰囲気が違う。いや、ヨハンナはそのときから知っていた。彼が不器用ながら気遣いに溢れている男であることに。恐らくヨハンナが女性だから気付いたのだろう。男性であったのなら「口うるさい上官」としか思わない。
ヨハンナは両手に飲み物を持ってきたユルゲンに笑顔を向けた。だが、すぐにその視線を鋭くする。
「ユルゲン様。そちらの飲み物はどちらから?」
「ああ、あそこの給仕から」
彼が視線で伝えた先には一人の給仕。さらに、その斜め後ろには妖艶に微笑んでいる淑女がいる。
「ユルゲン様。そちらの飲み物、恐らく薬が混ぜられています」
ヨハンナはトーンを落とし、彼にしか聞こえないような声でそっと囁く。
「何?」
「しっ。あちらのご令嬢が、ユルゲン様を狙っているのでしょう」
あちらの御令嬢とは給仕の後ろにいる妖艶な美女。
「恐らく、左手のグラスに。私がそちらを飲みますので、飲み終わったら倒れた振りをします。そうしたら、私を抱いてこの会場から去ってもらえないでしょうか」
「君は、見ただけでわかるのか?」
「ええ、職業柄」
そこでヨハンナもあの御令嬢に負けまいと妖艶に笑んだ。
あの給仕がユルゲンの左手に薬の混ざったグラスを渡したのは、彼が右利きだからだろう。だから、無意識のうちに右手で相手にグラスを渡すだろうと、あの御令嬢と給仕は考えたようだ。人の無意識を利用するところは冴えているなと感心できるところではあるが、だからといってユルゲンに薬を盛ることは褒められたものではない。
ユルゲンが左手のグラスをヨハンナに手渡すと、あの御令嬢が反応した。やはり、と思ったヨハンナはユルゲンがグラスに口をつけたのを見届けてから一気にそれを飲み干した。飲み終えた、グラスをテーブルの上に置くと、ユルゲンに寄り掛かるようにして身体を預けた。
ふんわりとヨハンナを抱き上げたユルゲンは、周囲の人に何か言葉をかけてその会場を後にする。ヨハンナにはあの悔しそうな表情を浮かべているご令嬢の姿が視界の隅に見えた。
ユルゲンがヨハンナをエスコートして会場に現れると、ざわめきがより強くなった。あのユルゲンが連れている妹ではない女性は誰だ、と。ユルゲンはヨハンナを連れ、国王に挨拶をする。遠縁の娘であることを伝えると、国王は「婚約者か」と茶々を入れてきた。
それに対しては。
「いずれ、そのうち。今、口説いている最中ですので」
と答える。全否定してしまっては、ユルゲンを将来の夫にしたいという女性が幅広い年齢層で詰め寄ってくることが目に見えているからだ。そこに口説き中という一言を添えれば、ユルゲンが彼女に夢中になっていて他の女性には興味がありません、という威嚇もできると思っていた。
「ヨアヒム。悪いが、一曲だけは付き合ってくれ」
耳打ちするかのようにユルゲンが耳元でそっと囁いた。その低い声で囁かれてしまうと、ヨハンナの背筋にぞわりと多足虫が這うような感覚が走った。
「俺がリードするから、全てを任せて欲しい」
ヨハンナは黙って頷いた。一応、ヨハンナも付き合い程度のダンスはできる。だが、ユルゲンはヨハンナをヨアヒムと思っているから、ダンスの女性パートは踊ることができないと思っているのだろう。もしかしたら、ヨハンナの下手糞なダンスでちょうど釣り合いがとれるかもしれない。
ダンスの最中もヨハンナはなんとなく視線を感じていた。それは好奇の目であったり、嫉妬の目であったり。その視線に耐えながらも早く時間が過ぎ去ることだけを思っていた。
曲が終われば義務を終えたかのようにその輪からすすっと立ち去るユルゲン。もちろん、ヨハンナの手を引いて。
「喉が渇いていないか? 飲み物をもらってくる」
このユルゲンという男も普段の騎士として仕事をこなしているときと雰囲気が違う。いや、ヨハンナはそのときから知っていた。彼が不器用ながら気遣いに溢れている男であることに。恐らくヨハンナが女性だから気付いたのだろう。男性であったのなら「口うるさい上官」としか思わない。
ヨハンナは両手に飲み物を持ってきたユルゲンに笑顔を向けた。だが、すぐにその視線を鋭くする。
「ユルゲン様。そちらの飲み物はどちらから?」
「ああ、あそこの給仕から」
彼が視線で伝えた先には一人の給仕。さらに、その斜め後ろには妖艶に微笑んでいる淑女がいる。
「ユルゲン様。そちらの飲み物、恐らく薬が混ぜられています」
ヨハンナはトーンを落とし、彼にしか聞こえないような声でそっと囁く。
「何?」
「しっ。あちらのご令嬢が、ユルゲン様を狙っているのでしょう」
あちらの御令嬢とは給仕の後ろにいる妖艶な美女。
「恐らく、左手のグラスに。私がそちらを飲みますので、飲み終わったら倒れた振りをします。そうしたら、私を抱いてこの会場から去ってもらえないでしょうか」
「君は、見ただけでわかるのか?」
「ええ、職業柄」
そこでヨハンナもあの御令嬢に負けまいと妖艶に笑んだ。
あの給仕がユルゲンの左手に薬の混ざったグラスを渡したのは、彼が右利きだからだろう。だから、無意識のうちに右手で相手にグラスを渡すだろうと、あの御令嬢と給仕は考えたようだ。人の無意識を利用するところは冴えているなと感心できるところではあるが、だからといってユルゲンに薬を盛ることは褒められたものではない。
ユルゲンが左手のグラスをヨハンナに手渡すと、あの御令嬢が反応した。やはり、と思ったヨハンナはユルゲンがグラスに口をつけたのを見届けてから一気にそれを飲み干した。飲み終えた、グラスをテーブルの上に置くと、ユルゲンに寄り掛かるようにして身体を預けた。
ふんわりとヨハンナを抱き上げたユルゲンは、周囲の人に何か言葉をかけてその会場を後にする。ヨハンナにはあの悔しそうな表情を浮かべているご令嬢の姿が視界の隅に見えた。
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