上 下
73 / 76

夫42歳、妻23歳、娘7歳(12)

しおりを挟む
 オネルヴァは背を丸めて、着ている服を脱ぐ。だが、困った。先に入られてしまったら、どうやってそこまで行けばいいのか。

 すべてをさらけだしたものの、振り返ることができない。顔だけ振り向くと、ゆったりと湯に入っているイグナーツと目が合う。

「早くきなさい。寒いだろう」

 恥ずかしい部分を手で覆うようにしながら、浴槽へと近づく。真っ白い浴槽はとても広くて、二人で入っても問題はないのだが。

「今さら恥ずかしがる必要もないだろう」

 こういった余裕のある様子が悔しい。
 イグナーツの手が伸びてきて、オネルヴァの身体を支える。その手に誘われるがまま身体を預けたら、彼に胸に背中を向けるような形で座らされた。これではまるで、イグナーツが椅子のようである。

 耳元で彼は言葉を続ける。それは先ほどのこと。戻ってから教えると約束したあの内容。
 イグナーツたちは、カトリオーナたちが修道院から逃げ出した情報を得ていた。それを助けたのはシステラ族の生き残りである。

 これらはミラーンがシステラ族から仕入れた情報でもある。システラ族の中には争いを望まない者もいる。そういった者とミラーンが手を結び、互いに情報のやりとりをしていたのだ。

「ミラーンさんは諜報員なのですか?」
「俺の信頼できる部下だからな。なんでもできるんだ」

 そう言った彼の声は、どこか誇らしげに聞こえた。

 二人で風呂に入ったが、イグナーツは最初の言葉通り、それ以上のことは何もしてこなかった。ただ、オネルヴァの身体と心をあたためただけ。
 ほくほくと湯気が漂うような身体のまま、二人で寝台にもぐりこんだ。
 こうやって抱き合って眠るだけなのに、身体も心も満たされた気分になるのが不思議だった。

 ――産まれてきてくれて、ありがとう。

 眠りへと誘われていくなか、彼のその言葉が忘れられない。



 目が覚めると、日はずいぶんと高くまで昇っていた。隣で寝ていたはずのイグナーツの姿はない。慌ててヘニーを呼ぶ。

「ごめんなさい。寝過ごしたようで」

 身支度を整えながら謝罪の言葉を口にするが、ヘニーはすべてをお見通しであるかのように微笑んだ。
 イグナーツは北の関所に向かったと言う。それから、アルヴィドがここを訪問する件もなくなってしまったとのこと。昨夜のことを考えれば、仕方のないことかもしれない。

「お母さま、おはようございます」

 オネルヴァが食堂に入ると、先に食事を終えたエルシーがぱっと顔を輝かせた。彼女の前のテーブルには何もないことから、食事を終えてもここでずっと待っていたのだろう。隣の椅子にはうさぎのぬいぐるみが行儀よく座っている。

「おはよう、エルシー。遅くなってごめんなさい。エルシーは朝食を終えたのかしら?」
「はい。たくさん食べました」
「まぁ。それはよかったですね」

 オネルヴァは、エルシーの隣に座った。もちろん、うさぎのぬいぐるみが座っていないほうの隣だ。

 オネルヴァの分の朝食が並べられる。
 そこに、昨日立ち寄ったジナース酒蔵の葡萄水が並べられたのは、誰の気遣いなのだろう。




*~*~刈りの月五日~*~*

『きょうは アルおにいさまが あそびにきてくれるひでした
 だけど おしごとがいそがしくて これなくなりました

 アルおにいさまは キシュアスというくににいます
 おかあさまも キシュアスというくにからきました

 エルシーもキシュアスというくににいってみたいです』
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,328pt お気に入り:2,254

罪人の騎士は銀竜に溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:67

願いは一つだけです。あなたの、邪魔はしません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,769pt お気に入り:45

オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:30,208pt お気に入り:2,941

王子殿下はブリュレが好きらしい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:1,935

処理中です...