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夫42歳、妻23歳、娘7歳(12)
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オネルヴァは背を丸めて、着ている服を脱ぐ。だが、困った。先に入られてしまったら、どうやってそこまで行けばいいのか。
すべてをさらけだしたものの、振り返ることができない。顔だけ振り向くと、ゆったりと湯に入っているイグナーツと目が合う。
「早くきなさい。寒いだろう」
恥ずかしい部分を手で覆うようにしながら、浴槽へと近づく。真っ白い浴槽はとても広くて、二人で入っても問題はないのだが。
「今さら恥ずかしがる必要もないだろう」
こういった余裕のある様子が悔しい。
イグナーツの手が伸びてきて、オネルヴァの身体を支える。その手に誘われるがまま身体を預けたら、彼に胸に背中を向けるような形で座らされた。これではまるで、イグナーツが椅子のようである。
耳元で彼は言葉を続ける。それは先ほどのこと。戻ってから教えると約束したあの内容。
イグナーツたちは、カトリオーナたちが修道院から逃げ出した情報を得ていた。それを助けたのはシステラ族の生き残りである。
これらはミラーンがシステラ族から仕入れた情報でもある。システラ族の中には争いを望まない者もいる。そういった者とミラーンが手を結び、互いに情報のやりとりをしていたのだ。
「ミラーンさんは諜報員なのですか?」
「俺の信頼できる部下だからな。なんでもできるんだ」
そう言った彼の声は、どこか誇らしげに聞こえた。
二人で風呂に入ったが、イグナーツは最初の言葉通り、それ以上のことは何もしてこなかった。ただ、オネルヴァの身体と心をあたためただけ。
ほくほくと湯気が漂うような身体のまま、二人で寝台にもぐりこんだ。
こうやって抱き合って眠るだけなのに、身体も心も満たされた気分になるのが不思議だった。
――産まれてきてくれて、ありがとう。
眠りへと誘われていくなか、彼のその言葉が忘れられない。
目が覚めると、日はずいぶんと高くまで昇っていた。隣で寝ていたはずのイグナーツの姿はない。慌ててヘニーを呼ぶ。
「ごめんなさい。寝過ごしたようで」
身支度を整えながら謝罪の言葉を口にするが、ヘニーはすべてをお見通しであるかのように微笑んだ。
イグナーツは北の関所に向かったと言う。それから、アルヴィドがここを訪問する件もなくなってしまったとのこと。昨夜のことを考えれば、仕方のないことかもしれない。
「お母さま、おはようございます」
オネルヴァが食堂に入ると、先に食事を終えたエルシーがぱっと顔を輝かせた。彼女の前のテーブルには何もないことから、食事を終えてもここでずっと待っていたのだろう。隣の椅子にはうさぎのぬいぐるみが行儀よく座っている。
「おはよう、エルシー。遅くなってごめんなさい。エルシーは朝食を終えたのかしら?」
「はい。たくさん食べました」
「まぁ。それはよかったですね」
オネルヴァは、エルシーの隣に座った。もちろん、うさぎのぬいぐるみが座っていないほうの隣だ。
オネルヴァの分の朝食が並べられる。
そこに、昨日立ち寄ったジナース酒蔵の葡萄水が並べられたのは、誰の気遣いなのだろう。
*~*~刈りの月五日~*~*
『きょうは アルおにいさまが あそびにきてくれるひでした
だけど おしごとがいそがしくて これなくなりました
アルおにいさまは キシュアスというくににいます
おかあさまも キシュアスというくにからきました
エルシーもキシュアスというくににいってみたいです』
すべてをさらけだしたものの、振り返ることができない。顔だけ振り向くと、ゆったりと湯に入っているイグナーツと目が合う。
「早くきなさい。寒いだろう」
恥ずかしい部分を手で覆うようにしながら、浴槽へと近づく。真っ白い浴槽はとても広くて、二人で入っても問題はないのだが。
「今さら恥ずかしがる必要もないだろう」
こういった余裕のある様子が悔しい。
イグナーツの手が伸びてきて、オネルヴァの身体を支える。その手に誘われるがまま身体を預けたら、彼に胸に背中を向けるような形で座らされた。これではまるで、イグナーツが椅子のようである。
耳元で彼は言葉を続ける。それは先ほどのこと。戻ってから教えると約束したあの内容。
イグナーツたちは、カトリオーナたちが修道院から逃げ出した情報を得ていた。それを助けたのはシステラ族の生き残りである。
これらはミラーンがシステラ族から仕入れた情報でもある。システラ族の中には争いを望まない者もいる。そういった者とミラーンが手を結び、互いに情報のやりとりをしていたのだ。
「ミラーンさんは諜報員なのですか?」
「俺の信頼できる部下だからな。なんでもできるんだ」
そう言った彼の声は、どこか誇らしげに聞こえた。
二人で風呂に入ったが、イグナーツは最初の言葉通り、それ以上のことは何もしてこなかった。ただ、オネルヴァの身体と心をあたためただけ。
ほくほくと湯気が漂うような身体のまま、二人で寝台にもぐりこんだ。
こうやって抱き合って眠るだけなのに、身体も心も満たされた気分になるのが不思議だった。
――産まれてきてくれて、ありがとう。
眠りへと誘われていくなか、彼のその言葉が忘れられない。
目が覚めると、日はずいぶんと高くまで昇っていた。隣で寝ていたはずのイグナーツの姿はない。慌ててヘニーを呼ぶ。
「ごめんなさい。寝過ごしたようで」
身支度を整えながら謝罪の言葉を口にするが、ヘニーはすべてをお見通しであるかのように微笑んだ。
イグナーツは北の関所に向かったと言う。それから、アルヴィドがここを訪問する件もなくなってしまったとのこと。昨夜のことを考えれば、仕方のないことかもしれない。
「お母さま、おはようございます」
オネルヴァが食堂に入ると、先に食事を終えたエルシーがぱっと顔を輝かせた。彼女の前のテーブルには何もないことから、食事を終えてもここでずっと待っていたのだろう。隣の椅子にはうさぎのぬいぐるみが行儀よく座っている。
「おはよう、エルシー。遅くなってごめんなさい。エルシーは朝食を終えたのかしら?」
「はい。たくさん食べました」
「まぁ。それはよかったですね」
オネルヴァは、エルシーの隣に座った。もちろん、うさぎのぬいぐるみが座っていないほうの隣だ。
オネルヴァの分の朝食が並べられる。
そこに、昨日立ち寄ったジナース酒蔵の葡萄水が並べられたのは、誰の気遣いなのだろう。
*~*~刈りの月五日~*~*
『きょうは アルおにいさまが あそびにきてくれるひでした
だけど おしごとがいそがしくて これなくなりました
アルおにいさまは キシュアスというくににいます
おかあさまも キシュアスというくにからきました
エルシーもキシュアスというくににいってみたいです』
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