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夫42歳、妻23歳、娘7歳(10)
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急に恥ずかしくなり、かけてもらった上着をきつく握りしめる。そこから伝わる彼のぬくもりに、少しだけ心が凪いだ。
「オネルヴァ、すまない。君を巻き込んでしまった……」
カトリオーナに打たれて頬をイグナーツが優しくなであげると、すっと痛みが引いていく。
「ミラーンさんは……」
それが一番わからなかった。彼はカトリオーナの言いなりで、そしてイグナーツを助けた。
イグナーツとシステラ族は敵対していて、カトリオーナはシステラ族と手を組んでいた。その双方に関係しているミラーンの立場がわからない。
「ミラーンには敵に寝返った振りをしてもらった。ミラーンの母親はシステラ族だからな。自分が適任だと、ミラーンが自らそう口にした」
「そうだったのですね……」
オネルヴァも、ミラーンが本当にイグナーツを裏切ってしまったのだろうかと疑ってはいた。彼の言動が、どこか心に引っかかるものがあったからだ。
「オネルヴァ……。今、これだけは君に伝えたい」
「なんでしょう?」
「産まれてきてくれて、ありがとう……。俺と出会ってくれて、ありがとう」
我慢していた涙が、一気に溢れた。
オネルヴァが閉じ込められていたのは、システラ族が数年前まで住んでいた屋敷であった。イグナーツの治めている領地からは、馬車で一時間ほど離れたところの朽ちた街にあった屋敷。その地下の牢である。
「もうここには誰も住んでいないが、内戦の前にはシステラ族が住んでいた。ミラーンはここの出身だ」
システラ族は、ゼセール王国にきてからいくつかに分断した。そのうちの一つがここに拠点を張ったのだ。
「あの内戦によって、生活を奪われたのはシステラ族も同じだ。特に、ここに住んでいた者たちは力のない者が多く、争いを望んでいなかった。だから、俺たちが保護した。ミラーンの母親も、今は別の場所に住んでいる」
ヘニーも言っていた。生き残ったシステラ族は細々と生きていると。
「先ほどのシステラ族は……」
「あれは俺たちの失態といってもいいだろう。処刑し損ねた奴らだ。もしくは、誰かが彼らを逃がしたか……。それは、これから明らかになるだろうな」
イグナーツに抱かれながら外に出ると、空には星が瞬いていた。この空はあのときに見た空とよく似ている。
「アルヴィドお兄様がわたくしを離宮から連れ出してくださったときも、このように星がたくさん見えました」
「そうか……」
オネルヴァはイグナーツに身体を預けた。
「それよりも……。旦那様は、どうしてこちらに? それにアルヴィドお兄様も。明日、来られる予定ではなかったのですか?」
「そうだな。まずはその辺をきちんと説明しなければならないな。だが、屋敷に戻ってからでもいいか? 移動は、馬なんだ」
イグナーツは軽やかに馬にまたがると、オネルヴァの身体を引き上げた。オネルヴァは彼の身体にすっぽりと覆われる。
「危ないから、しっかりと捕まっていなさい」
何に捕まっていいかわからないオネルヴァは、イグナーツの腕をきつく握りしめた。
馬車で一時間であれば、早馬ではもっと早く着く。暗闇の中、頬を冷たい風が吹きつける。それでも、目の前にぽつぽつと明かりが見えるようになると、他の人がいる安堵感に包まれる。
本邸に着いたのは、日も替わろうとしている時間帯であった。
「オネルヴァ、すまない。君を巻き込んでしまった……」
カトリオーナに打たれて頬をイグナーツが優しくなであげると、すっと痛みが引いていく。
「ミラーンさんは……」
それが一番わからなかった。彼はカトリオーナの言いなりで、そしてイグナーツを助けた。
イグナーツとシステラ族は敵対していて、カトリオーナはシステラ族と手を組んでいた。その双方に関係しているミラーンの立場がわからない。
「ミラーンには敵に寝返った振りをしてもらった。ミラーンの母親はシステラ族だからな。自分が適任だと、ミラーンが自らそう口にした」
「そうだったのですね……」
オネルヴァも、ミラーンが本当にイグナーツを裏切ってしまったのだろうかと疑ってはいた。彼の言動が、どこか心に引っかかるものがあったからだ。
「オネルヴァ……。今、これだけは君に伝えたい」
「なんでしょう?」
「産まれてきてくれて、ありがとう……。俺と出会ってくれて、ありがとう」
我慢していた涙が、一気に溢れた。
オネルヴァが閉じ込められていたのは、システラ族が数年前まで住んでいた屋敷であった。イグナーツの治めている領地からは、馬車で一時間ほど離れたところの朽ちた街にあった屋敷。その地下の牢である。
「もうここには誰も住んでいないが、内戦の前にはシステラ族が住んでいた。ミラーンはここの出身だ」
システラ族は、ゼセール王国にきてからいくつかに分断した。そのうちの一つがここに拠点を張ったのだ。
「あの内戦によって、生活を奪われたのはシステラ族も同じだ。特に、ここに住んでいた者たちは力のない者が多く、争いを望んでいなかった。だから、俺たちが保護した。ミラーンの母親も、今は別の場所に住んでいる」
ヘニーも言っていた。生き残ったシステラ族は細々と生きていると。
「先ほどのシステラ族は……」
「あれは俺たちの失態といってもいいだろう。処刑し損ねた奴らだ。もしくは、誰かが彼らを逃がしたか……。それは、これから明らかになるだろうな」
イグナーツに抱かれながら外に出ると、空には星が瞬いていた。この空はあのときに見た空とよく似ている。
「アルヴィドお兄様がわたくしを離宮から連れ出してくださったときも、このように星がたくさん見えました」
「そうか……」
オネルヴァはイグナーツに身体を預けた。
「それよりも……。旦那様は、どうしてこちらに? それにアルヴィドお兄様も。明日、来られる予定ではなかったのですか?」
「そうだな。まずはその辺をきちんと説明しなければならないな。だが、屋敷に戻ってからでもいいか? 移動は、馬なんだ」
イグナーツは軽やかに馬にまたがると、オネルヴァの身体を引き上げた。オネルヴァは彼の身体にすっぽりと覆われる。
「危ないから、しっかりと捕まっていなさい」
何に捕まっていいかわからないオネルヴァは、イグナーツの腕をきつく握りしめた。
馬車で一時間であれば、早馬ではもっと早く着く。暗闇の中、頬を冷たい風が吹きつける。それでも、目の前にぽつぽつと明かりが見えるようになると、他の人がいる安堵感に包まれる。
本邸に着いたのは、日も替わろうとしている時間帯であった。
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