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夫42歳、妻23歳、娘7歳(8)
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ビリリと音を立てて、萌黄色のワンピースが引き裂かれた。シルクのシュミーズが露わになる。
「こいつらの前で、お前を犯してやる。お前の母親は、あの修道院から逃げ出すために、俺に身体を差し出したんだよ。一国の王妃だった女がな。だが、システラが独立したら俺の嫁にしてやると約束してやった」
彼の狙いは、システラ族の独立。つまりシステラという国を作りたいのだろう。話を聞いている限り、この男が代表だ。そして、その妻の座におさまろうとしているのがカトリオーナ。だからミラーンが先ほどから妃殿下と呼んでいたのだ。
虫唾が走る。
「お前の旦那に恨みを持っている奴は、この世にたくさんいるんだよ」
男の顔が近づいてくる。
「……やっ」
思い切り手を伸ばして男の顔を退け、足を振り上げて彼の身体をどかそうとする。
「邪魔な手足だな」
パチン――。
男が指を鳴らした途端、手足は拘束された。
システラ族は魔力が強い。こうやって人を拘束するのも容易く、戦が長引きたくさんの犠牲が出た原因とも聞いている。
見えない紐でしばられたかのように、オネルヴァの両手首は頭の上で揃えて固定された。足もはしたなく大きく開いた状態で、縛り付けられたかのように動かない。
「母親とどっちが具合がいいか、確かめてやる」
「……やっ……。ミラーンさん……」
それでも彼に助けを乞いでしまう。
「どうして……?」
「どうして? お前もそう思うよな? 俺もそう思った。あのとき、俺らに剣を向けてきたこいつが、どうしてこっち側に来たのかってな。簡単だよ。もともとこいつはこっち側の人間だっただけだ」
「母親がシステラ族なのです」
ミラーンの告白に、オネルヴァの胸がぎゅっと縮まった。
イグナーツはミラーンを信頼していた。だからこそ、オネルヴァの側に彼をつけてくれた。
「それに言ったでしょう? 奥様には、閣下をおびき寄せるための囮になっていただきたいと」
できるだけ落ち着こう。そう思って呼吸をしていても、心臓は勝手に速くなっていく。
「なぁ? こいつから聞いたが、将軍はお前にぞっこんらしいなぁ? いい年こいて、年若い女に溺れているってな」
下着の上から胸を乱暴に掴まれた。
「……っ」
「いいな。その顔。そうやって、将軍を誘ったのか?」
抵抗したいのに、魔法によって拘束されている四肢は動かない。
スカートの下から、男の大きな手が入ってきた。太腿をなでまわし、下着の上から陰部に触れてくる。
きつく目を閉じ、顔を逸らす。
母親の視線も刺さる。この男は、本当に人前で犯そうとしている。そうやって、オネルヴァの心をずたずたに引きちぎろうとしているのだ。
そうなったらもう、イグナーツの側にはいられない。エルシーの母親でもいられない。
人前で犯された女を誰も側に置きたいとは思わないだろう。まして、母親だなんて。
はらりと目尻から涙がこぼれる。せっかく手に入れた幸せが、指の隙間からこぼれていってしまう。
「泣くなよ。すぐによくしてやるから……」
男が膝をついて、覆いかぶさってきた。
「……いやぁっ」
おもいっきり膝を立てて、彼の急所を狙う。間違いなく相手も油断していた。
「うぉっ」
男が悶え苦しんでいる隙に、身体を起こして立ち上がる。
「なっ……くぅ……」
痛みと混乱で男はわなないている。
オネルヴァはブーツに隠していた飛び出しナイフを手にすると、素早くカトリオーナの背後に回った。
「オネルヴァ……。あなた、何をしているかわかっているの?」
ナイフの先は、カトリオーナ首元に当てられている。
「わかっています。わたくしの『無力』が罪であるならば、わたくしを『無力』として産んだあなたも罪です。共に、罪をつぐないましょう」
「オネルヴァ……」
ナイフの先がカトリオーナの柔肌に沈む。
脅しではないと他の者も思っている。誰も動けずに、その様子を見守っていた。
だが、急所を蹴られた男だけはうんうんと唸っており、その唸り声が不気味に響いている。
「あなたたち。オネルヴァを拘束しなさい。魔法でなんとかできるでしょう?」
顔色一つ変えずに、カトリオーナは叫ぶ。
「無駄ですよ。わたくしは『無力』ですから。魔力を吸収するのです。先ほどだって、拘束された振りをしただけ」
ミラーンが一歩近づいた。だがそれに反応したオネルヴァはすっとナイフの先を動かした。カトリオーナの薄い皮が切れ、つつっと赤い血が流れる。
「奥様。おやめください。奥様が人殺しとなれば、閣下も悲しむでしょう」
「もともとわたくしは人質としてこちらに嫁いできたのです。人質の女が何をしたところで、誰も悲しまないでしょう? キシュアスにとってわたくしの存在は『罪』だったのです。そしてその『罪』を産んだ母親も同罪です。この命をもって『罪』を償います」
「オネルヴァ……本気、なの?」
カトリオーナが静かに問う。
「まさか、冗談だと思っているのですか? キシュアスの王は代わったのです。前の王に通ずる者が生きていてはならないのです。お母様、わたくしと共に死んでください」
*~*~刈りの月四日~*~*
『きょうはおかあさまと おさけをつくっているところをけんがくしました
くだもので おさけやおみずをつくっています
おおきなたるが たくさんならんでいました
ぶどうのおみずは とてもおいしかったです
おかあさまは おしごとがあるみたいで かえってきません
おとうさまも まだきません』
「こいつらの前で、お前を犯してやる。お前の母親は、あの修道院から逃げ出すために、俺に身体を差し出したんだよ。一国の王妃だった女がな。だが、システラが独立したら俺の嫁にしてやると約束してやった」
彼の狙いは、システラ族の独立。つまりシステラという国を作りたいのだろう。話を聞いている限り、この男が代表だ。そして、その妻の座におさまろうとしているのがカトリオーナ。だからミラーンが先ほどから妃殿下と呼んでいたのだ。
虫唾が走る。
「お前の旦那に恨みを持っている奴は、この世にたくさんいるんだよ」
男の顔が近づいてくる。
「……やっ」
思い切り手を伸ばして男の顔を退け、足を振り上げて彼の身体をどかそうとする。
「邪魔な手足だな」
パチン――。
男が指を鳴らした途端、手足は拘束された。
システラ族は魔力が強い。こうやって人を拘束するのも容易く、戦が長引きたくさんの犠牲が出た原因とも聞いている。
見えない紐でしばられたかのように、オネルヴァの両手首は頭の上で揃えて固定された。足もはしたなく大きく開いた状態で、縛り付けられたかのように動かない。
「母親とどっちが具合がいいか、確かめてやる」
「……やっ……。ミラーンさん……」
それでも彼に助けを乞いでしまう。
「どうして……?」
「どうして? お前もそう思うよな? 俺もそう思った。あのとき、俺らに剣を向けてきたこいつが、どうしてこっち側に来たのかってな。簡単だよ。もともとこいつはこっち側の人間だっただけだ」
「母親がシステラ族なのです」
ミラーンの告白に、オネルヴァの胸がぎゅっと縮まった。
イグナーツはミラーンを信頼していた。だからこそ、オネルヴァの側に彼をつけてくれた。
「それに言ったでしょう? 奥様には、閣下をおびき寄せるための囮になっていただきたいと」
できるだけ落ち着こう。そう思って呼吸をしていても、心臓は勝手に速くなっていく。
「なぁ? こいつから聞いたが、将軍はお前にぞっこんらしいなぁ? いい年こいて、年若い女に溺れているってな」
下着の上から胸を乱暴に掴まれた。
「……っ」
「いいな。その顔。そうやって、将軍を誘ったのか?」
抵抗したいのに、魔法によって拘束されている四肢は動かない。
スカートの下から、男の大きな手が入ってきた。太腿をなでまわし、下着の上から陰部に触れてくる。
きつく目を閉じ、顔を逸らす。
母親の視線も刺さる。この男は、本当に人前で犯そうとしている。そうやって、オネルヴァの心をずたずたに引きちぎろうとしているのだ。
そうなったらもう、イグナーツの側にはいられない。エルシーの母親でもいられない。
人前で犯された女を誰も側に置きたいとは思わないだろう。まして、母親だなんて。
はらりと目尻から涙がこぼれる。せっかく手に入れた幸せが、指の隙間からこぼれていってしまう。
「泣くなよ。すぐによくしてやるから……」
男が膝をついて、覆いかぶさってきた。
「……いやぁっ」
おもいっきり膝を立てて、彼の急所を狙う。間違いなく相手も油断していた。
「うぉっ」
男が悶え苦しんでいる隙に、身体を起こして立ち上がる。
「なっ……くぅ……」
痛みと混乱で男はわなないている。
オネルヴァはブーツに隠していた飛び出しナイフを手にすると、素早くカトリオーナの背後に回った。
「オネルヴァ……。あなた、何をしているかわかっているの?」
ナイフの先は、カトリオーナ首元に当てられている。
「わかっています。わたくしの『無力』が罪であるならば、わたくしを『無力』として産んだあなたも罪です。共に、罪をつぐないましょう」
「オネルヴァ……」
ナイフの先がカトリオーナの柔肌に沈む。
脅しではないと他の者も思っている。誰も動けずに、その様子を見守っていた。
だが、急所を蹴られた男だけはうんうんと唸っており、その唸り声が不気味に響いている。
「あなたたち。オネルヴァを拘束しなさい。魔法でなんとかできるでしょう?」
顔色一つ変えずに、カトリオーナは叫ぶ。
「無駄ですよ。わたくしは『無力』ですから。魔力を吸収するのです。先ほどだって、拘束された振りをしただけ」
ミラーンが一歩近づいた。だがそれに反応したオネルヴァはすっとナイフの先を動かした。カトリオーナの薄い皮が切れ、つつっと赤い血が流れる。
「奥様。おやめください。奥様が人殺しとなれば、閣下も悲しむでしょう」
「もともとわたくしは人質としてこちらに嫁いできたのです。人質の女が何をしたところで、誰も悲しまないでしょう? キシュアスにとってわたくしの存在は『罪』だったのです。そしてその『罪』を産んだ母親も同罪です。この命をもって『罪』を償います」
「オネルヴァ……本気、なの?」
カトリオーナが静かに問う。
「まさか、冗談だと思っているのですか? キシュアスの王は代わったのです。前の王に通ずる者が生きていてはならないのです。お母様、わたくしと共に死んでください」
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くだもので おさけやおみずをつくっています
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