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夫42歳、妻23歳、娘7歳(5)
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目が覚めてカーテンの隙間から外をのぞくと、いつもと違った景色が見えた。
窓の向こう側に広がるのは茜色の屋根。小高い場所にあるこの本邸は街を上から見下ろすように建っているため、この部屋からは家屋が見える。同じ色合いのものが規則的でありながらも、ところどころ乱雑に並んでいる様子が、この街並みの面白さでもある。ときおり、大きさの違う建物が点在していて、あれはなんだろうと思う。
背中から布が擦れ合う音が聞こえた。
「お母さま?」
どうやらエルシーが目覚めたらしい。
「おはようございます、エルシー。よく眠れましたか?」
「はい」
「では、ヘニーを呼びましょうね」
ベルを鳴らすと、すぐにヘニーが侍女を連れてやって来た。
ヘニーがカーテンを開けると、まばゆい光が差し込んでくる。昨日とかわって今日は天気がよさそうだ。
着替えを終え、食事を済ませる。
オネルヴァは、ヘニーと共にアルヴィドを受け入れる準備を始める。
といっても、ここに足を運ぶのはアルヴィドとその護衛だけであるため、決めることは数多くない。食事をどうするか、どう過ごしてもらうか。それが主な内容であった。
メニューの予定を教えてもらい、食料庫の在庫を確認する。滞在してもらう部屋にも足を運び、内装などにもあれこれと指示を出す。イグナーツもアルヴィドと共にこちらに来るだろうから、基本的な内容はイグナーツに任せればいい。
だが、ここに滞在している間、アルヴィドに不満があってはならないようにしたい。それは、イグナーツのためにも。そして、この国のためにも。
そうやってあれこれと確認して、相談して、計画を立てているだけで一日が終わってしまった。
アルヴィドがやってくるのは、明後日と聞いている。ここで数日滞在した後、そのまま北の関所へと向かい、キシュアス王国へと戻るとのこと。
「お母さま。お仕事、終わりましたか?」
サロンでお茶を飲んでいると、うさぎのぬいぐるみを抱きしめたエルシーが遠慮がちに声をかけてきた。
窓から差し込む陽光は、長い影を作っている。
「ええ、今日のお仕事は終わりました。エルシーも一緒にお菓子を食べますか?」
「はい」
オネルヴァがにっこりと微笑めば、エルシーも同じように満面の笑みを浮かべる。そして、隣にちょこんと座った。
「明後日には、アル兄さまもこちらにいらっしゃいますからね」
「お客様がおうちにくるのは、初めてです」
ヘニーはエルシーのために、ホットミルクを準備してくれた。
「そうなのですね?」
イグナーツの立場を考えれば、不思議でもないのかもしれない。軍の仕事で屋敷を空けることも多く、オネルヴァが嫁ぐまでは独り身だった。
「奥様、お嬢様。明日の午後であれば、街を見学するためのお時間が取れますよ」
そう口にしながら、ヘニーはエルシーの前にケーキを並べた。ケーキの小皿を手にしたエルシーは、ヘニーの言葉の意味を確認するかのように首を傾げる。
オネルヴァは微笑んでエルシーに言葉をかける。
「旦那様がよく街に足を運ばれるとお聞きして、わたくしも行ってみたいと思ったのです」
「エルシーもいきたいです」
元気に声をあげたエルシーの口の端には、ケーキのクリームがついていた。オネルヴァはそれを拭った指を、ぺろっと舐める。
「あら、エルシーの食べているケーキは美味しいですね」
「奥様もお食べになりますか?」
「いえ。わたくしはこちらのお菓子で十分です。これ以上食べてしまうと、せっかくのお夕食が食べられなくなってしまいますから」
ヘニーはオネルヴァの答えなどわかっていたはずだ。だから、あえて彼女にはケーキを出さなかった。少しずつ食べる量も増えてきているオネルヴァだが、それでも他の者と比べると食は細い。
「今日のお夕飯は、エルシーお嬢様の大好きな人参のスープですよ?」
ヘニーの言葉にエルシーは顔を歪ませた。
窓の向こう側に広がるのは茜色の屋根。小高い場所にあるこの本邸は街を上から見下ろすように建っているため、この部屋からは家屋が見える。同じ色合いのものが規則的でありながらも、ところどころ乱雑に並んでいる様子が、この街並みの面白さでもある。ときおり、大きさの違う建物が点在していて、あれはなんだろうと思う。
背中から布が擦れ合う音が聞こえた。
「お母さま?」
どうやらエルシーが目覚めたらしい。
「おはようございます、エルシー。よく眠れましたか?」
「はい」
「では、ヘニーを呼びましょうね」
ベルを鳴らすと、すぐにヘニーが侍女を連れてやって来た。
ヘニーがカーテンを開けると、まばゆい光が差し込んでくる。昨日とかわって今日は天気がよさそうだ。
着替えを終え、食事を済ませる。
オネルヴァは、ヘニーと共にアルヴィドを受け入れる準備を始める。
といっても、ここに足を運ぶのはアルヴィドとその護衛だけであるため、決めることは数多くない。食事をどうするか、どう過ごしてもらうか。それが主な内容であった。
メニューの予定を教えてもらい、食料庫の在庫を確認する。滞在してもらう部屋にも足を運び、内装などにもあれこれと指示を出す。イグナーツもアルヴィドと共にこちらに来るだろうから、基本的な内容はイグナーツに任せればいい。
だが、ここに滞在している間、アルヴィドに不満があってはならないようにしたい。それは、イグナーツのためにも。そして、この国のためにも。
そうやってあれこれと確認して、相談して、計画を立てているだけで一日が終わってしまった。
アルヴィドがやってくるのは、明後日と聞いている。ここで数日滞在した後、そのまま北の関所へと向かい、キシュアス王国へと戻るとのこと。
「お母さま。お仕事、終わりましたか?」
サロンでお茶を飲んでいると、うさぎのぬいぐるみを抱きしめたエルシーが遠慮がちに声をかけてきた。
窓から差し込む陽光は、長い影を作っている。
「ええ、今日のお仕事は終わりました。エルシーも一緒にお菓子を食べますか?」
「はい」
オネルヴァがにっこりと微笑めば、エルシーも同じように満面の笑みを浮かべる。そして、隣にちょこんと座った。
「明後日には、アル兄さまもこちらにいらっしゃいますからね」
「お客様がおうちにくるのは、初めてです」
ヘニーはエルシーのために、ホットミルクを準備してくれた。
「そうなのですね?」
イグナーツの立場を考えれば、不思議でもないのかもしれない。軍の仕事で屋敷を空けることも多く、オネルヴァが嫁ぐまでは独り身だった。
「奥様、お嬢様。明日の午後であれば、街を見学するためのお時間が取れますよ」
そう口にしながら、ヘニーはエルシーの前にケーキを並べた。ケーキの小皿を手にしたエルシーは、ヘニーの言葉の意味を確認するかのように首を傾げる。
オネルヴァは微笑んでエルシーに言葉をかける。
「旦那様がよく街に足を運ばれるとお聞きして、わたくしも行ってみたいと思ったのです」
「エルシーもいきたいです」
元気に声をあげたエルシーの口の端には、ケーキのクリームがついていた。オネルヴァはそれを拭った指を、ぺろっと舐める。
「あら、エルシーの食べているケーキは美味しいですね」
「奥様もお食べになりますか?」
「いえ。わたくしはこちらのお菓子で十分です。これ以上食べてしまうと、せっかくのお夕食が食べられなくなってしまいますから」
ヘニーはオネルヴァの答えなどわかっていたはずだ。だから、あえて彼女にはケーキを出さなかった。少しずつ食べる量も増えてきているオネルヴァだが、それでも他の者と比べると食は細い。
「今日のお夕飯は、エルシーお嬢様の大好きな人参のスープですよ?」
ヘニーの言葉にエルシーは顔を歪ませた。
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