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夫42歳、妻23歳、娘7歳(2)
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灰色の雲がうっすらと空に広がっていた。どこか不安な心を映し出すかのような空である。
「では閣下。奥様とお嬢様をお預かりします」
ミラーンが楽しそうに目尻を下げて口にすると、イグナーツの目尻は逆につり上がっていく。
「頼んだぞ?」
「その顔は頼むとは言っておりませんよね?」
イグナーツから幾度となくミラーンの愚痴を聞かされていたオネルヴァは、そんな二人の様子を微笑ましく見守っている。イグナーツは文句を言いながらも、彼を信頼している。そういった二人の関係が羨ましい。
「では、エルシー。馬車に乗りましょう」
「オネルヴァ、手を」
イグナーツの手を取り、馬車へと乗り込む。
「それでは、閣下。これには私が同乗しますので、ご安心ください」
「安心できない。やっぱり俺がいくから、お前が公爵の相手をしろ」
「ここにきて、そういうことを言うのはやめましょうよぉ」
ツンツンとオネルヴァは袖を引っ張られた。隣に座ったエルシーだ。
「お母さま。お父さまとミラーンさんが喧嘩しています」
二人の言い合いが、エルシーには喧嘩をしているように見えたようだ。
「旦那様とミラーンさんは喧嘩をしているわけではないのですよ。二人でじゃれ合っているだけです。でも、ほら、仲がよいほど喧嘩もすると、絵本にも書いてありましたでしょう? だからお二人は仲良しなのです」
「では、お母さまとお父さまも喧嘩をするのですか?」
真面目な顔でそう問われると、また返答に困る。
「そういうときもありますね」
そんな会話をにこやかに聞いているのは、二人の前に座っているヘニーである。
この馬車は、オネルヴァがこちらへ来た時よりも小さく簡素なものであった。
「お待たせしまして、申し訳ありません」
なんとかイグナーツの説得に成功したのか、やれやれといった様子でミラーンが乗り込んできた。
「エルシー。オネルヴァを頼む」
ミラーンの後ろから、イグナーツが顔だけ出してそう一言伝えると、エルシーは満面の笑みを浮かべた。
イグナーツに見送られて馬車は動き出す。エルシーは窓から身を乗り出して、手を振っていた。あまりにも身体を出すものだから、窓から落ちるのではないかとオネルヴァはひやひやしながら、彼女の身体を支えていた。
「ちょっと乗り心地の悪い馬車で申し訳ありません」
キシュアス王国からやって来たときよりも、小さな馬車であるのはオネルヴァも気がついた。
「今回の件は、キシュアスが絡んでいるため、あまり派手には動けないのです。奥様がこちらに来られたときと状況も異なっておりますから」
ミラーンの言わんとしていることをなんとなく察する。
オネルヴァは一部からは人質のようなものと今でも思われている。そこにアルヴィドが現れ、彼が北の領地を見学するためにオネルヴァまで動いたとなれば、と深く考える者もいるだろう。オネルヴァとアルヴィドでは立場が異なり、ここにいる意味も異なるのだ。
「ですが、護衛はきちんとついております。目立たぬように、少し離れた場所についておりますので」
「ありがとうございます」
さまざまな人の気遣いに、つんと胸が痛んだ。
「では閣下。奥様とお嬢様をお預かりします」
ミラーンが楽しそうに目尻を下げて口にすると、イグナーツの目尻は逆につり上がっていく。
「頼んだぞ?」
「その顔は頼むとは言っておりませんよね?」
イグナーツから幾度となくミラーンの愚痴を聞かされていたオネルヴァは、そんな二人の様子を微笑ましく見守っている。イグナーツは文句を言いながらも、彼を信頼している。そういった二人の関係が羨ましい。
「では、エルシー。馬車に乗りましょう」
「オネルヴァ、手を」
イグナーツの手を取り、馬車へと乗り込む。
「それでは、閣下。これには私が同乗しますので、ご安心ください」
「安心できない。やっぱり俺がいくから、お前が公爵の相手をしろ」
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ツンツンとオネルヴァは袖を引っ張られた。隣に座ったエルシーだ。
「お母さま。お父さまとミラーンさんが喧嘩しています」
二人の言い合いが、エルシーには喧嘩をしているように見えたようだ。
「旦那様とミラーンさんは喧嘩をしているわけではないのですよ。二人でじゃれ合っているだけです。でも、ほら、仲がよいほど喧嘩もすると、絵本にも書いてありましたでしょう? だからお二人は仲良しなのです」
「では、お母さまとお父さまも喧嘩をするのですか?」
真面目な顔でそう問われると、また返答に困る。
「そういうときもありますね」
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この馬車は、オネルヴァがこちらへ来た時よりも小さく簡素なものであった。
「お待たせしまして、申し訳ありません」
なんとかイグナーツの説得に成功したのか、やれやれといった様子でミラーンが乗り込んできた。
「エルシー。オネルヴァを頼む」
ミラーンの後ろから、イグナーツが顔だけ出してそう一言伝えると、エルシーは満面の笑みを浮かべた。
イグナーツに見送られて馬車は動き出す。エルシーは窓から身を乗り出して、手を振っていた。あまりにも身体を出すものだから、窓から落ちるのではないかとオネルヴァはひやひやしながら、彼女の身体を支えていた。
「ちょっと乗り心地の悪い馬車で申し訳ありません」
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「今回の件は、キシュアスが絡んでいるため、あまり派手には動けないのです。奥様がこちらに来られたときと状況も異なっておりますから」
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オネルヴァは一部からは人質のようなものと今でも思われている。そこにアルヴィドが現れ、彼が北の領地を見学するためにオネルヴァまで動いたとなれば、と深く考える者もいるだろう。オネルヴァとアルヴィドでは立場が異なり、ここにいる意味も異なるのだ。
「ですが、護衛はきちんとついております。目立たぬように、少し離れた場所についておりますので」
「ありがとうございます」
さまざまな人の気遣いに、つんと胸が痛んだ。
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