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妻を奪われた夫と夫に会いたい妻(7)
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オネルヴァの両目からは、静かに涙が流れている。
イグナーツは彼女を抱きしめたまま、熱く息を吐いた。
「ああ、だから。俺は今、幸せだ。君が隣にいてくれるからな。これからも、俺の妻として、俺を支えてくれないか?」
妻は不要だと言っていたイグナーツから感じていた優しさの原因がわかった。
それはオネルヴァ自身が、この結婚が形だけのもの、彼の妻としての立場も形だけのものと思っていたのと同じ理由だ。
そう思い込むことで、お互いの立場を守っていた。
理由は明確である。今の関係を失うのが怖いから。
だが、そう思えることが『幸せ』なのだろう。『幸せ』だからこそ、今を壊したくない。この時間がずっと続けばいい。
「はい……わたくしでよろしければ……っ」
唇を塞がれた。
突然の行為に、オネルヴァも戸惑う。彼はいつも口づけの許可を求めてくる。こんな強引な口づけは知らない。
「すまない」
唇が自由になった途端、彼はいつものように謝罪の言葉を口にした。
「エルシーが大きくなったら、君を解放すべきだと思っていた。君だって、こんな年上の俺よりも、もっと年代の近い者と一緒になったほうがいいだろうと、そう思っていた。だから俺は、ずっと我慢していた……」
「我慢、ですか?」
「君を、名実ともに、俺の妻としてもいいだろうか?」
その言葉の意味を考える。彼の形だけの妻ではないということだろう。
「は、はい……」
「ほ、本当か?」
「つまり、これからわたくしは旦那様の形だけの妻ではないということですよね?」
そう口にしてみたが、形だけの妻とそうでない妻の違いすらわからない。
イグナーツが不在のときは、この屋敷の女主人としてやるべきことをやっていたつもりではある。そういった内容を、もっと深く、もっと濃くこなせという意味なのだろうか。
「そうだ……。俺は、君を抱きたいと思っている」
「今も、こうやって抱きしめてもらっております」
オネルヴァがはにかむと、イグナーツは困ったように目尻を下げた。
「君は……そういった教育は受けていないのか?」
「教育、ですか? 家庭教師の先生はおりましたが……」
イグナーツの目が、不規則に動いている。顔も、少しだけ赤くなっているようにも見える。
「できれば、俺は……君との間に子を授かりたいと、そう思っている……」
「エルシーも、弟妹が欲しいと言っておりました。ですが、そればかりは授かり者と聞いておりますので……」
「そうだな……。つまり、だ。その子を授かるような行為を君に求めたいのだが、よいだろうか?」
オネルヴァは驚き、目をぱちぱちといつもより激しく瞬いた。
「子を授かる、行為……ですか?」
てっきり子供は、愛し合う夫婦のもとに神様が授けてくれるものだと思っていた。
だから、愛のないオネルヴァとイグナーツの形だけの結婚では、子を授かることはないと思い、エルシーに曖昧に答えていたのだ。
「あの……子を授かる行為とは……」
オネルヴァの問いに、イグナーツはまた困ったように眉根を寄せた。
「そうか……。君は知らないのか……」
「申し訳ありません」
「いや、謝るべきものではない。ただ、いきなり実践というのは、いかがなものだろうか……」
「だ、大丈夫です。その……旦那様が教えてくだされば……」
イグナーツは、軽くコホンと咳ばらいをした。
「君は、たまに大胆なことを口走るな。いや、知らないから、なのか?」
「え、と……。それはどういった……?」
この部屋には二人きりであるにもかかわらず、イグナーツは彼女の耳に唇を近づけ、簡単に説明した。
「つまり、旦那様とわたくしの身体をつなげると? そういった場所があると?」
「そういうことだ」
彼の言葉を信じるのであれば、子を授かるためには必要な行為のようだ。
だがそれを知らなかったオネルヴァは、もちろんそのような行為に及んだことはない。
「よ、よろしくお願いします……初めてですので、至らない点も多々あるかと思いますが……」
「君のそういった真面目なところも、愛らしい。俺にまかせてほしい……」
彼は身体を起こすと、オネルヴァの身体をまたぐようにして腰の両脇あたりに膝をついた。
両頬は彼の大きな手によって包まれる。そのまま顔が近づいてきて、唇が重なろうとした瞬間、彼が言葉を放つ。
「これは……俺の魔力を無効化するための治癒行為ではない……。君を、愛するための行為だ」
「は、はい……」
*~*~収穫の月二十六日~*~*
『きのう パーティーだったので おかあさまはねぼうしました
おこしにいこうとしたら おとうさまにとめられました
だからきょうは おとうさまとおさんぽしました
きょうのおとうさまは ちょっとだけたのしそうでした
きっと エルシーとのおさんぽが たのしいのだとおもいます
こんどは おかあさまもいっしょに さんにんでおさんぽしたいです』
イグナーツは彼女を抱きしめたまま、熱く息を吐いた。
「ああ、だから。俺は今、幸せだ。君が隣にいてくれるからな。これからも、俺の妻として、俺を支えてくれないか?」
妻は不要だと言っていたイグナーツから感じていた優しさの原因がわかった。
それはオネルヴァ自身が、この結婚が形だけのもの、彼の妻としての立場も形だけのものと思っていたのと同じ理由だ。
そう思い込むことで、お互いの立場を守っていた。
理由は明確である。今の関係を失うのが怖いから。
だが、そう思えることが『幸せ』なのだろう。『幸せ』だからこそ、今を壊したくない。この時間がずっと続けばいい。
「はい……わたくしでよろしければ……っ」
唇を塞がれた。
突然の行為に、オネルヴァも戸惑う。彼はいつも口づけの許可を求めてくる。こんな強引な口づけは知らない。
「すまない」
唇が自由になった途端、彼はいつものように謝罪の言葉を口にした。
「エルシーが大きくなったら、君を解放すべきだと思っていた。君だって、こんな年上の俺よりも、もっと年代の近い者と一緒になったほうがいいだろうと、そう思っていた。だから俺は、ずっと我慢していた……」
「我慢、ですか?」
「君を、名実ともに、俺の妻としてもいいだろうか?」
その言葉の意味を考える。彼の形だけの妻ではないということだろう。
「は、はい……」
「ほ、本当か?」
「つまり、これからわたくしは旦那様の形だけの妻ではないということですよね?」
そう口にしてみたが、形だけの妻とそうでない妻の違いすらわからない。
イグナーツが不在のときは、この屋敷の女主人としてやるべきことをやっていたつもりではある。そういった内容を、もっと深く、もっと濃くこなせという意味なのだろうか。
「そうだ……。俺は、君を抱きたいと思っている」
「今も、こうやって抱きしめてもらっております」
オネルヴァがはにかむと、イグナーツは困ったように目尻を下げた。
「君は……そういった教育は受けていないのか?」
「教育、ですか? 家庭教師の先生はおりましたが……」
イグナーツの目が、不規則に動いている。顔も、少しだけ赤くなっているようにも見える。
「できれば、俺は……君との間に子を授かりたいと、そう思っている……」
「エルシーも、弟妹が欲しいと言っておりました。ですが、そればかりは授かり者と聞いておりますので……」
「そうだな……。つまり、だ。その子を授かるような行為を君に求めたいのだが、よいだろうか?」
オネルヴァは驚き、目をぱちぱちといつもより激しく瞬いた。
「子を授かる、行為……ですか?」
てっきり子供は、愛し合う夫婦のもとに神様が授けてくれるものだと思っていた。
だから、愛のないオネルヴァとイグナーツの形だけの結婚では、子を授かることはないと思い、エルシーに曖昧に答えていたのだ。
「あの……子を授かる行為とは……」
オネルヴァの問いに、イグナーツはまた困ったように眉根を寄せた。
「そうか……。君は知らないのか……」
「申し訳ありません」
「いや、謝るべきものではない。ただ、いきなり実践というのは、いかがなものだろうか……」
「だ、大丈夫です。その……旦那様が教えてくだされば……」
イグナーツは、軽くコホンと咳ばらいをした。
「君は、たまに大胆なことを口走るな。いや、知らないから、なのか?」
「え、と……。それはどういった……?」
この部屋には二人きりであるにもかかわらず、イグナーツは彼女の耳に唇を近づけ、簡単に説明した。
「つまり、旦那様とわたくしの身体をつなげると? そういった場所があると?」
「そういうことだ」
彼の言葉を信じるのであれば、子を授かるためには必要な行為のようだ。
だがそれを知らなかったオネルヴァは、もちろんそのような行為に及んだことはない。
「よ、よろしくお願いします……初めてですので、至らない点も多々あるかと思いますが……」
「君のそういった真面目なところも、愛らしい。俺にまかせてほしい……」
彼は身体を起こすと、オネルヴァの身体をまたぐようにして腰の両脇あたりに膝をついた。
両頬は彼の大きな手によって包まれる。そのまま顔が近づいてきて、唇が重なろうとした瞬間、彼が言葉を放つ。
「これは……俺の魔力を無効化するための治癒行為ではない……。君を、愛するための行為だ」
「は、はい……」
*~*~収穫の月二十六日~*~*
『きのう パーティーだったので おかあさまはねぼうしました
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だからきょうは おとうさまとおさんぽしました
きょうのおとうさまは ちょっとだけたのしそうでした
きっと エルシーとのおさんぽが たのしいのだとおもいます
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