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妻を奪われた夫と夫に会いたい妻(5)
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◇◆◇◆ ◇◆◇◆
カタカタと揺れる馬車内で、隣に座っているオネルヴァはうとうととしていた。先ほどから、頭が不安定にあっちにいったりこっちにいったりとしているのだ。
イグナーツは、そんな彼女から目を離せずにいる。
ミラーンに呼ばれ、別室でよくない報告を聞いた。だが、それに対して人を動かせる状況でもなく、まずは情報収集を優先させることとの結論で、その場は解散となった。
バルコニーに一人残してきたオネルヴァのことが心配で、終わり次第そこへ戻ると、彼はアルヴィドと楽しそうに踊っていた。
従兄妹同士、まして義理の兄妹とわかっていても、彼女の笑顔を引き出している彼に対抗心が芽生えたのは否定できない。
彼女の隣に相応しいのは、年齢も見た目も釣り合った彼のような男なのではないかと、心の中で比べていたのも事実。
「ん……。あ、すみません。眠っていましたか?」
「ああ、気にするな。疲れただろう? 俺は疲れた」
「あ、はい……そうですね。本当に、このように人がたくさん集まるような場に出たのは、初めてでしたので」
「楽しめたか?」
彼女の気持ちが知りたかった。
「はい。お料理も美味しかったし、何よりも、旦那様と踊れたのが楽しかったです」
微かに綻んだ口元すら、愛おしいと感じる。
「あの……旦那様は『幸せ』ですか?」
彼女が唐突にそのような質問をする意図がわからなかった。もしかしたら、この結婚によって『不幸』になったとでも、言いたいのだろうか。
だが、それには心当たりはある。
彼女にとってのイグナーツの第一印象は最悪だろう。自身の戒めのために口にした言葉であるが、あれがどれだけ彼女にとってひどい言葉であるかの自覚はあった。それに、彼女の意思も確認しないまま『エルシーの母親役』を与えてしまった。
どこかで謝罪しなければならないと思いつつ、彼女の優しさに甘えてしまったのも事実。
「アルヴィドお兄様から聞かれたのです。幸せか、と。それに答えることができませんでした」
彼女の言葉で喉を上下させた。
「君は今、幸せではないのか?」
気がついたらそう尋ねていた。彼女の膝の上で握りしめられている手を、そっと右手で握りしめる。答えを聞くのが少しだけ怖い。
「わたくしには、よくわからないのです。その『幸せ』というものが……」
彼女がキシュアス王国でどのような仕打ちを受けていたか。オネルヴァ自身の口から聞いたことはない。イグナーツも彼女から聞きたいとも思わなかった。
嫌な思い出であるならば、わざわざそれを掘り起こす必要もないだろう。だが、この結婚を打診されたときに、国王からたっぷりと情報はもらっていた。
ああいった環境であれば、そう思っても仕方ないのかもしれない。
「旦那様。わたくしに教えていただけないでしょうか。『幸せ』とはどんなものか」
難しい質問である。
「それとも、旦那様は『幸せ』ですか?」
それには自信を持って答えることができる。
「ああ。幸せだな」
「どうしてですか?」
この質問のされ方は、数年前のエルシーを思い出す。「どうして?」「なんで?」を繰り返して、一つ答えるとまたすぐに「どうして?」と聞いてくる。
あのときは、ヘニーやパトリックにも協力してもらい、エルシーの「どうして」攻撃に耐えたものだ。
「エルシーがいて……君がいてくれるからな」
彼女の深い緑色の目が大きく開かれた。驚き、困惑、戸惑い。何を思っているのかはわからない。ただ、彼女に逃げられたくなくて、掴んでいる手は逃さない。
「旦那様は、エルシーとわたくしがいるだけで『幸せ』なのですか?」
「ああ……。いつまでもこの時間が続けばいいと思っている。だが、エルシーだってずっと子供というわけではないだろう? 成人して、結婚することを考えると、寂しくなる。だから今、この時間がずっと続けばいいと思っている」
彼女の艶やかな唇が、何か言いかけようとして開きかけた。だが、すぐに閉じる。
オネルヴァは顔を逸らし、膝の上で繋がれた手をじっと見つめていた。
馬車が止まった。
イグナーツは彼女の手を取り、そこから降りた。
「お帰りなさいませ」
玄関ホールでは、遅い時間にもかかわらずパトリックとヘニーが出迎えてくれた。
「エルシーは?」
「おやすみになられました」
オネルヴァもヘニーを従えて、自室へと向かったようだ。
カタカタと揺れる馬車内で、隣に座っているオネルヴァはうとうととしていた。先ほどから、頭が不安定にあっちにいったりこっちにいったりとしているのだ。
イグナーツは、そんな彼女から目を離せずにいる。
ミラーンに呼ばれ、別室でよくない報告を聞いた。だが、それに対して人を動かせる状況でもなく、まずは情報収集を優先させることとの結論で、その場は解散となった。
バルコニーに一人残してきたオネルヴァのことが心配で、終わり次第そこへ戻ると、彼はアルヴィドと楽しそうに踊っていた。
従兄妹同士、まして義理の兄妹とわかっていても、彼女の笑顔を引き出している彼に対抗心が芽生えたのは否定できない。
彼女の隣に相応しいのは、年齢も見た目も釣り合った彼のような男なのではないかと、心の中で比べていたのも事実。
「ん……。あ、すみません。眠っていましたか?」
「ああ、気にするな。疲れただろう? 俺は疲れた」
「あ、はい……そうですね。本当に、このように人がたくさん集まるような場に出たのは、初めてでしたので」
「楽しめたか?」
彼女の気持ちが知りたかった。
「はい。お料理も美味しかったし、何よりも、旦那様と踊れたのが楽しかったです」
微かに綻んだ口元すら、愛おしいと感じる。
「あの……旦那様は『幸せ』ですか?」
彼女が唐突にそのような質問をする意図がわからなかった。もしかしたら、この結婚によって『不幸』になったとでも、言いたいのだろうか。
だが、それには心当たりはある。
彼女にとってのイグナーツの第一印象は最悪だろう。自身の戒めのために口にした言葉であるが、あれがどれだけ彼女にとってひどい言葉であるかの自覚はあった。それに、彼女の意思も確認しないまま『エルシーの母親役』を与えてしまった。
どこかで謝罪しなければならないと思いつつ、彼女の優しさに甘えてしまったのも事実。
「アルヴィドお兄様から聞かれたのです。幸せか、と。それに答えることができませんでした」
彼女の言葉で喉を上下させた。
「君は今、幸せではないのか?」
気がついたらそう尋ねていた。彼女の膝の上で握りしめられている手を、そっと右手で握りしめる。答えを聞くのが少しだけ怖い。
「わたくしには、よくわからないのです。その『幸せ』というものが……」
彼女がキシュアス王国でどのような仕打ちを受けていたか。オネルヴァ自身の口から聞いたことはない。イグナーツも彼女から聞きたいとも思わなかった。
嫌な思い出であるならば、わざわざそれを掘り起こす必要もないだろう。だが、この結婚を打診されたときに、国王からたっぷりと情報はもらっていた。
ああいった環境であれば、そう思っても仕方ないのかもしれない。
「旦那様。わたくしに教えていただけないでしょうか。『幸せ』とはどんなものか」
難しい質問である。
「それとも、旦那様は『幸せ』ですか?」
それには自信を持って答えることができる。
「ああ。幸せだな」
「どうしてですか?」
この質問のされ方は、数年前のエルシーを思い出す。「どうして?」「なんで?」を繰り返して、一つ答えるとまたすぐに「どうして?」と聞いてくる。
あのときは、ヘニーやパトリックにも協力してもらい、エルシーの「どうして」攻撃に耐えたものだ。
「エルシーがいて……君がいてくれるからな」
彼女の深い緑色の目が大きく開かれた。驚き、困惑、戸惑い。何を思っているのかはわからない。ただ、彼女に逃げられたくなくて、掴んでいる手は逃さない。
「旦那様は、エルシーとわたくしがいるだけで『幸せ』なのですか?」
「ああ……。いつまでもこの時間が続けばいいと思っている。だが、エルシーだってずっと子供というわけではないだろう? 成人して、結婚することを考えると、寂しくなる。だから今、この時間がずっと続けばいいと思っている」
彼女の艶やかな唇が、何か言いかけようとして開きかけた。だが、すぐに閉じる。
オネルヴァは顔を逸らし、膝の上で繋がれた手をじっと見つめていた。
馬車が止まった。
イグナーツは彼女の手を取り、そこから降りた。
「お帰りなさいませ」
玄関ホールでは、遅い時間にもかかわらずパトリックとヘニーが出迎えてくれた。
「エルシーは?」
「おやすみになられました」
オネルヴァもヘニーを従えて、自室へと向かったようだ。
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