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妻を奪われた夫と夫に会いたい妻(4)
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関所には立派な石造りの城壁があり、そこに常駐している者たちは城壁の内部で寝泊まりしている。
だが、関所という要の場所であるだけに、よそ者を内部に入れることはできない。そのため、関所を越える者が宿泊を必要とするときには、テントを用いているとのことだった。
「どうかしたのか?」
アルヴィドの顔を見つめたまま、何も言わないオネルヴァに不安になったのか、彼は顔を曇らせた。
「いえ……。わたくしも、領地に足を運んだことがなかったので。機会があれば行ってみたいと、そう思っただけです」
「そうか」
沈黙が落ちた。
アルヴィドと話すときは、会話が途切れてしまう。お互いに、口数が多いほうでもないし、何を話したらいいのかがわからなくなるのだ。
だが、イグナーツといるときはどうだろうか。間にエルシーがいてくれるからか、なんとなく会話は続く。
寝る前も『今日は何をしていたのだ?』と話題を振ってくれるため、代り映えのない一日を彼に伝えているだけなのに、なぜか満ち足りた気持ちになっていた。例え、沈黙があったとしても、その間すら居心地は悪くない。
「オネルヴァ。一つだけ、俺のわがままを聞いてくれないか?」
彼がこのようなことを口にするのは珍しい。アルヴィドがどんな『わがまま』を言うのか、少しだけ気になる。
「はい……。お兄様、どうかしたのですか?」
きょとんとした表情で首をひねったオネルヴァの前に、突然アルヴィドは膝を突いた。そして、すぐさま彼女の手を取る。
「オネルヴァ。どうか俺と一曲、踊ってもらえないか?」
「え?」
「ダンスに誘おうと思って探していたんだ」
先ほども危うく国王からダンスに誘われそうになった。すぐにイグナーツが戻ってきて、まずは彼に断りをいれる必要があると言っていた。
「ですが……旦那様に確認しないと」
「俺と君は家族じゃないか。それくらい、閣下だって許してくれるだろう?」
手を取られ、立ち上がるようにと促される。
「君は、人がたくさんいるところは苦手だろう? それに、ここでも音楽は聞こえる」
中には戻らず、この場で踊るらしい。
抱き寄せられ、腰に手が回る。オネルヴァもそれに応えた。
「君が閣下と踊っている姿を見てね。とても素敵だったよ」
「ありがとうございます。あのように、大勢の前で踊るのは初めてでしたので」
先ほどと感覚が異なるのは、彼らの体格の違いだろうか。
「他の男が、君をダンスに誘いたそうにしていた。だけど、閣下が睨みをきかせていたからね」
「そうなんですね」
「君は、キシュアスにいたときよりも、綺麗になったよ」
「アルヴィドお兄様は、お上手ですわね」
オネルヴァがふふっと笑うと、身体がふわりと浮いた。
「きゃ。アルヴィドお兄様。そのようなこと、突然されたら驚きます」
「オネルヴァが笑っているからね。あそこにいたとき、そういった笑顔を見せてくれなかっただろう」
指摘されて、はっとする。キシュアス王国にいたときは、笑ったことなどなかった。
「そうだったかもしれませんね……」
「君を笑顔にしてくれたのは、閣下かな?」
そこでアルヴィドは、ダンスを止めた。
「だが、閣下は……君のすべてをもう知ったのかな? 例えば、その背中とか……それを知ってもあの態度であれば、君を閣下に任せてよかったと、心からそう思える……」
アルヴィドの言葉にオネルヴァは息を呑んだが、何も言えなかった。アルヴィド自身も、どこか苦しそうに目を細くしている。
「アルヴィドお兄様? どうかされました?」
「君の夫君が怖いくらいにこちらを睨みつけているからね」
それは先ほども聞いた言葉でもある。
「俺は、彼と敵対するつもりはないよ」
そう言ったアルヴィドは、オネルヴァの身体を解放した。そして、イグナーツの側に行くようにと、そっと背中を押す。
「旦那様。お話は終わったのですか?」
オネルヴァは微笑みを湛えて、イグナーツにゆっくり近寄る。彼はバルコニーの入り口付近から動かず、ただこちらを見つめていた。
「ああ……」
「閣下。俺はこれで。どうか、我が可愛い妹のことを、これからも頼みます」
二人をその場に残し、アルヴィドはさっと城内へと戻っていく。
「旦那様? どうかされましたか?」
「いや……。そろそろ戻ろうか」
イグナーツの差し出した腕に、オネルヴァは自身の手を絡めた。
その温もりに、なぜかほっと安心した。
だが、関所という要の場所であるだけに、よそ者を内部に入れることはできない。そのため、関所を越える者が宿泊を必要とするときには、テントを用いているとのことだった。
「どうかしたのか?」
アルヴィドの顔を見つめたまま、何も言わないオネルヴァに不安になったのか、彼は顔を曇らせた。
「いえ……。わたくしも、領地に足を運んだことがなかったので。機会があれば行ってみたいと、そう思っただけです」
「そうか」
沈黙が落ちた。
アルヴィドと話すときは、会話が途切れてしまう。お互いに、口数が多いほうでもないし、何を話したらいいのかがわからなくなるのだ。
だが、イグナーツといるときはどうだろうか。間にエルシーがいてくれるからか、なんとなく会話は続く。
寝る前も『今日は何をしていたのだ?』と話題を振ってくれるため、代り映えのない一日を彼に伝えているだけなのに、なぜか満ち足りた気持ちになっていた。例え、沈黙があったとしても、その間すら居心地は悪くない。
「オネルヴァ。一つだけ、俺のわがままを聞いてくれないか?」
彼がこのようなことを口にするのは珍しい。アルヴィドがどんな『わがまま』を言うのか、少しだけ気になる。
「はい……。お兄様、どうかしたのですか?」
きょとんとした表情で首をひねったオネルヴァの前に、突然アルヴィドは膝を突いた。そして、すぐさま彼女の手を取る。
「オネルヴァ。どうか俺と一曲、踊ってもらえないか?」
「え?」
「ダンスに誘おうと思って探していたんだ」
先ほども危うく国王からダンスに誘われそうになった。すぐにイグナーツが戻ってきて、まずは彼に断りをいれる必要があると言っていた。
「ですが……旦那様に確認しないと」
「俺と君は家族じゃないか。それくらい、閣下だって許してくれるだろう?」
手を取られ、立ち上がるようにと促される。
「君は、人がたくさんいるところは苦手だろう? それに、ここでも音楽は聞こえる」
中には戻らず、この場で踊るらしい。
抱き寄せられ、腰に手が回る。オネルヴァもそれに応えた。
「君が閣下と踊っている姿を見てね。とても素敵だったよ」
「ありがとうございます。あのように、大勢の前で踊るのは初めてでしたので」
先ほどと感覚が異なるのは、彼らの体格の違いだろうか。
「他の男が、君をダンスに誘いたそうにしていた。だけど、閣下が睨みをきかせていたからね」
「そうなんですね」
「君は、キシュアスにいたときよりも、綺麗になったよ」
「アルヴィドお兄様は、お上手ですわね」
オネルヴァがふふっと笑うと、身体がふわりと浮いた。
「きゃ。アルヴィドお兄様。そのようなこと、突然されたら驚きます」
「オネルヴァが笑っているからね。あそこにいたとき、そういった笑顔を見せてくれなかっただろう」
指摘されて、はっとする。キシュアス王国にいたときは、笑ったことなどなかった。
「そうだったかもしれませんね……」
「君を笑顔にしてくれたのは、閣下かな?」
そこでアルヴィドは、ダンスを止めた。
「だが、閣下は……君のすべてをもう知ったのかな? 例えば、その背中とか……それを知ってもあの態度であれば、君を閣下に任せてよかったと、心からそう思える……」
アルヴィドの言葉にオネルヴァは息を呑んだが、何も言えなかった。アルヴィド自身も、どこか苦しそうに目を細くしている。
「アルヴィドお兄様? どうかされました?」
「君の夫君が怖いくらいにこちらを睨みつけているからね」
それは先ほども聞いた言葉でもある。
「俺は、彼と敵対するつもりはないよ」
そう言ったアルヴィドは、オネルヴァの身体を解放した。そして、イグナーツの側に行くようにと、そっと背中を押す。
「旦那様。お話は終わったのですか?」
オネルヴァは微笑みを湛えて、イグナーツにゆっくり近寄る。彼はバルコニーの入り口付近から動かず、ただこちらを見つめていた。
「ああ……」
「閣下。俺はこれで。どうか、我が可愛い妹のことを、これからも頼みます」
二人をその場に残し、アルヴィドはさっと城内へと戻っていく。
「旦那様? どうかされましたか?」
「いや……。そろそろ戻ろうか」
イグナーツの差し出した腕に、オネルヴァは自身の手を絡めた。
その温もりに、なぜかほっと安心した。
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