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妻を愛している夫と夫を気にする妻(8)
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向かう先は、ガーデンパーティーのメイン会場である。そろそろ本日の主役であるアーシュラが姿を現す。そこでお祝いの言葉を述べるのだ。
「旦那様?」
オネルヴァは隣で肩を並べるイグナーツを見上げた。彼は真っすぐ前を見つめており、何を考えているのかさっぱりわからない。
エルシーを見失ってしまったことを咎められるのかと思ったが、そうでもなかった。
「なんだ?」
無視はされなかった。
「いえ……。エルシーのこと、申し訳ありませんでした」
「いや。まあ、そうだな。とにかく、心配したんだ。君たちが、何か事件に巻き込まれたのではないかと……」
「……はい。ご迷惑をおかけしました……」
甘い花の香りにまぎれて、食欲をそそるようなご馳走のにおいも漂い始める。
「あのときの君は、きっとこんな気持ちになったのだろうなと、俺も知ることができた」
あのとき――。それがどれを指すのかオネルヴァにはわからなかった。
パーティーのメイン会場に着くと、リオノーラとシャーロットの姿も確認できた。シャーロットと手を繋いでいたジョザイアは、エルシーの姿を見つけると、その手を振り解き、すたすたと背筋を伸ばして近づいてくる。
「エルシー」
なぜかジョザイアはむっと唇を引き締め、エルシーに向かって手を伸ばす。
エルシーは驚いて、目を丸くする。アルヴィドを見上げてから、助けを求めるようにしてオネルヴァとイグナーツを見つめる。
アルヴィドは腰を折って、エルシーの耳元で何かを囁いた。エルシーが頷いたかと思うと、ぱっとアルヴィドと手を離す。そして、ジョザイアと手を繋いでシャーロットのほうへと歩いていく。
「振られてしまった」
アルヴィドがおどけたような仕草で、オネルヴァの隣に立つ。すると、イグナーツは少しだけオネルヴァを引き寄せた。
「誰だ?」
オネルヴァの耳に、彼の熱い息が触れる。
誰だ――。その意味を少しだけ考える。
「東のバニスター閣下のご子息のジョザイアですよ」
イグナーツは難しい顔をして、それ以上は何も言わなかった。
「どうやら、閣下は娘を取られたのが面白くないのでしょう」
アルヴィドの言葉で納得する。イグナーツがエルシーを可愛がっているのは、もちろんオネルヴァも知っている。
「ですが、旦那様もエルシーに友達ができたほうがいいと、おっしゃっていたではありませんか」
ここに来る馬車の中で、そのようなことをイグナーツは口にしていたはずだ。
「まぁ、そうは言ったが……。あの子は男じゃないか」
イグナーツの言う通り、ジョザイアは男児である。
「そうですが?」
アルヴィドがくつくつと笑っている。
「お兄様?」
「いや……。閣下はなかなか気難しい男のようだ」
その言葉にイグナーツは、ひくっとこめかみを動かした。
「オネルヴァ。では、また後で」
そう言ったアルヴィドはひらひらと手を振り、文官たちが集まっている輪の中へと消えていく。
その様子を、イグナーツは眉頭に力を入れて見つめていた。そんな彼に、オネルヴァももちろん気が付いていた。
パーティーの主役であるアーシュラ王女が入場し、オネルヴァもイグナーツと共にお祝いの言葉をかける。
アーシュラの隣には国王と王妃が寄り添っていた。
オネルヴァがゼセール国王と顔を合わせるのも初めてであった。イグナーツは国王と幾言か話をしており、オネルヴァは黙ってその様子を見ていた。
だが、その国王の視線がオネルヴァを捕らえる。
「それ以上、見るな。もういいだろう?」
「ああ。お前のそんな表情を見ることができたから、満足だ。ミラーンが言っていた通りで安心したよ」
オネルヴァはイグナーツに引っ張られるようにしてその場を後にした。
「旦那様?」
オネルヴァは隣で肩を並べるイグナーツを見上げた。彼は真っすぐ前を見つめており、何を考えているのかさっぱりわからない。
エルシーを見失ってしまったことを咎められるのかと思ったが、そうでもなかった。
「なんだ?」
無視はされなかった。
「いえ……。エルシーのこと、申し訳ありませんでした」
「いや。まあ、そうだな。とにかく、心配したんだ。君たちが、何か事件に巻き込まれたのではないかと……」
「……はい。ご迷惑をおかけしました……」
甘い花の香りにまぎれて、食欲をそそるようなご馳走のにおいも漂い始める。
「あのときの君は、きっとこんな気持ちになったのだろうなと、俺も知ることができた」
あのとき――。それがどれを指すのかオネルヴァにはわからなかった。
パーティーのメイン会場に着くと、リオノーラとシャーロットの姿も確認できた。シャーロットと手を繋いでいたジョザイアは、エルシーの姿を見つけると、その手を振り解き、すたすたと背筋を伸ばして近づいてくる。
「エルシー」
なぜかジョザイアはむっと唇を引き締め、エルシーに向かって手を伸ばす。
エルシーは驚いて、目を丸くする。アルヴィドを見上げてから、助けを求めるようにしてオネルヴァとイグナーツを見つめる。
アルヴィドは腰を折って、エルシーの耳元で何かを囁いた。エルシーが頷いたかと思うと、ぱっとアルヴィドと手を離す。そして、ジョザイアと手を繋いでシャーロットのほうへと歩いていく。
「振られてしまった」
アルヴィドがおどけたような仕草で、オネルヴァの隣に立つ。すると、イグナーツは少しだけオネルヴァを引き寄せた。
「誰だ?」
オネルヴァの耳に、彼の熱い息が触れる。
誰だ――。その意味を少しだけ考える。
「東のバニスター閣下のご子息のジョザイアですよ」
イグナーツは難しい顔をして、それ以上は何も言わなかった。
「どうやら、閣下は娘を取られたのが面白くないのでしょう」
アルヴィドの言葉で納得する。イグナーツがエルシーを可愛がっているのは、もちろんオネルヴァも知っている。
「ですが、旦那様もエルシーに友達ができたほうがいいと、おっしゃっていたではありませんか」
ここに来る馬車の中で、そのようなことをイグナーツは口にしていたはずだ。
「まぁ、そうは言ったが……。あの子は男じゃないか」
イグナーツの言う通り、ジョザイアは男児である。
「そうですが?」
アルヴィドがくつくつと笑っている。
「お兄様?」
「いや……。閣下はなかなか気難しい男のようだ」
その言葉にイグナーツは、ひくっとこめかみを動かした。
「オネルヴァ。では、また後で」
そう言ったアルヴィドはひらひらと手を振り、文官たちが集まっている輪の中へと消えていく。
その様子を、イグナーツは眉頭に力を入れて見つめていた。そんな彼に、オネルヴァももちろん気が付いていた。
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だが、その国王の視線がオネルヴァを捕らえる。
「それ以上、見るな。もういいだろう?」
「ああ。お前のそんな表情を見ることができたから、満足だ。ミラーンが言っていた通りで安心したよ」
オネルヴァはイグナーツに引っ張られるようにしてその場を後にした。
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