上 下
52 / 76

妻を愛している夫と夫を気にする妻(8)

しおりを挟む
 向かう先は、ガーデンパーティーのメイン会場である。そろそろ本日の主役であるアーシュラが姿を現す。そこでお祝いの言葉を述べるのだ。

「旦那様?」

 オネルヴァは隣で肩を並べるイグナーツを見上げた。彼は真っすぐ前を見つめており、何を考えているのかさっぱりわからない。

 エルシーを見失ってしまったことを咎められるのかと思ったが、そうでもなかった。

「なんだ?」

 無視はされなかった。

「いえ……。エルシーのこと、申し訳ありませんでした」
「いや。まあ、そうだな。とにかく、心配したんだ。君たちが、何か事件に巻き込まれたのではないかと……」
「……はい。ご迷惑をおかけしました……」

 甘い花の香りにまぎれて、食欲をそそるようなご馳走のにおいも漂い始める。

「あのときの君は、きっとこんな気持ちになったのだろうなと、俺も知ることができた」

 あのとき――。それがどれを指すのかオネルヴァにはわからなかった。

 パーティーのメイン会場に着くと、リオノーラとシャーロットの姿も確認できた。シャーロットと手を繋いでいたジョザイアは、エルシーの姿を見つけると、その手を振り解き、すたすたと背筋を伸ばして近づいてくる。

「エルシー」

 なぜかジョザイアはむっと唇を引き締め、エルシーに向かって手を伸ばす。

 エルシーは驚いて、目を丸くする。アルヴィドを見上げてから、助けを求めるようにしてオネルヴァとイグナーツを見つめる。

 アルヴィドは腰を折って、エルシーの耳元で何かを囁いた。エルシーが頷いたかと思うと、ぱっとアルヴィドと手を離す。そして、ジョザイアと手を繋いでシャーロットのほうへと歩いていく。

「振られてしまった」
 アルヴィドがおどけたような仕草で、オネルヴァの隣に立つ。すると、イグナーツは少しだけオネルヴァを引き寄せた。

「誰だ?」

 オネルヴァの耳に、彼の熱い息が触れる。

 誰だ――。その意味を少しだけ考える。

「東のバニスター閣下のご子息のジョザイアですよ」

 イグナーツは難しい顔をして、それ以上は何も言わなかった。

「どうやら、閣下は娘を取られたのが面白くないのでしょう」

 アルヴィドの言葉で納得する。イグナーツがエルシーを可愛がっているのは、もちろんオネルヴァも知っている。

「ですが、旦那様もエルシーに友達ができたほうがいいと、おっしゃっていたではありませんか」

 ここに来る馬車の中で、そのようなことをイグナーツは口にしていたはずだ。

「まぁ、そうは言ったが……。あの子は男じゃないか」

 イグナーツの言う通り、ジョザイアは男児である。

「そうですが?」

 アルヴィドがくつくつと笑っている。

「お兄様?」
「いや……。閣下はなかなか気難しい男のようだ」

 その言葉にイグナーツは、ひくっとこめかみを動かした。

「オネルヴァ。では、また後で」

 そう言ったアルヴィドはひらひらと手を振り、文官たちが集まっている輪の中へと消えていく。

 その様子を、イグナーツは眉頭に力を入れて見つめていた。そんな彼に、オネルヴァももちろん気が付いていた。

 パーティーの主役であるアーシュラ王女が入場し、オネルヴァもイグナーツと共にお祝いの言葉をかける。
 アーシュラの隣には国王と王妃が寄り添っていた。

 オネルヴァがゼセール国王と顔を合わせるのも初めてであった。イグナーツは国王と幾言か話をしており、オネルヴァは黙ってその様子を見ていた。

 だが、その国王の視線がオネルヴァを捕らえる。

「それ以上、見るな。もういいだろう?」
「ああ。お前のそんな表情かおを見ることができたから、満足だ。ミラーンが言っていた通りで安心したよ」

 オネルヴァはイグナーツに引っ張られるようにしてその場を後にした。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

雇われ妻の求めるものは

中田カナ
恋愛
若き雇われ妻は領地繁栄のため今日も奮闘する。(全7話) ※小説家になろう/カクヨムでも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...