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妻を愛している夫と夫を気にする妻(7)
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「……オネルヴァ?」
イグナーツのものとは違う男性の声が、彼女の名を呼んだ。
噴水の向こう側に、数人の人影が見えたが、それでも金色の髪の持ち主だけははっきりとわかった。
「アルヴィド……お兄様……」
オネルヴァの声に反応したのは、イグナーツであった。彼も後ろを振り返る。
アルヴィドは周囲にいた人に言葉をかけてそこから抜け出すと、オネルヴァへゆっくりと歩み近づいてくる。残された人々は、何かしら歓談しながら別の場所へと足を向ける。
エルシーと握られている手に、きゅっと力を込められた。
「オネルヴァ、元気そうだな」
「あっ……はい。あの……こちらが……」
イグナーツとエルシーを紹介せねばという気持ちが働いた。だが、イグナーツはオネルヴァとエルシーを背にして、アルヴィドと向かい合う。
「お初にお目にかかる。イグナーツ・プレンバリだ」
「あぁ……あなたが……。初めまして、アルヴィド・ラーデマケラスです」
空気がピンと張り詰めた感じがした。
オネルヴァの手からエルシーが離れる。
「初めまして。エルシー・プレンバリです」
ドレスの裾を持ち上げて、淑女のように挨拶をするエルシーの一言で、ふわっと風が凪いだように感じた。
それでもアルヴィドの視線は鋭い。まるでイグナーツとエルシーを値踏みしているかのような、そんな雰囲気である。
「エルシー。こちらは、わたくしの兄ですのよ」
オネルヴァは努めて明るい口調でそう言った。エルシーは首を傾げる。
「お母さまのお兄さま?」
「えぇ。エルシーから見れば、伯父になりますね」
ここまで口にして、アルヴィドがエルシーから「伯父さん」と呼ばれるのを想像してしまう。
「アルお兄様と、呼ぶのはどうかしら」
オネルヴァ自身も、アルヴィドが「伯父さん」と呼ばれることに戸惑いがあった。伯父に間違いはないのだが、それを言葉にしてしまうのは何かが違う気がする。
「アルお兄さま……?」
気まずい空気を吹き飛ばしてくれるだろうことを、オネルヴァは密かに期待していた。
キシュアス王国にいたときに、アルヴィドのこのような表情を見たことがない。険しい顔をしながらも、その目の奥にはどこか優しい光が灯っていたのだ。
だが今は違う。その優しい光は消えたまま。
そしてイグナーツも厳しい表情をしている。
キシュアス王国とゼセール王国。二つの国の問題と言われてしまえば、オネルヴァの知らない何かがあるのだろうとは思うが、彼女からしたら義兄と夫である。
どちらも大事な家族なのだ。
「よろしく、エルシー」
アルヴィドの一言で、ふわりと穏やかな風が吹いたような気がした。
「オネルヴァ。そろそろアーシュラ王女殿下もいらっしゃる。向こうに戻ろうか」
イグナーツがオネルヴァの背に手を回し、抱き寄せる。突然の行為にオネルヴァは驚きを隠せない。
「だ、旦那様……?」
「あぁ、すまない。いつもの癖でつい」
イグナーツがこのようにオネルヴァを抱き寄せるのは、今までにも何度もあった。だが、彼は人前でこのようなことをする男ではない。それに、いつもの癖というほどこういった行為があるわけでもない。
オネルヴァは静かにイグナーツの腕をとる。
「アルお兄さま。エルシーと手をつないでください」
エルシーの発言に、オネルヴァはヒヤヒヤとした。アルヴィドから感じられた冷たい視線を考えると、彼が断るのではないか。それによって、エルシーが傷つくのではないかと瞬時に考えた。
「エルシーもお母さまのように、エスコートされたいです」
可愛らしい願望に、アルヴィドの顔も思わず綻んだように見えた。
「そうか。では、お姫様。お手をどうぞ」
アルヴィドとエルシーの手がしっかりと繋がれた様子を見届けると、オネルヴァもほっと胸をなでおろした。
目の前をアルヴィドとエルシーが並んで歩いている。その数歩後ろを、イグナーツとオネルヴァが並んで歩いていた。
イグナーツのものとは違う男性の声が、彼女の名を呼んだ。
噴水の向こう側に、数人の人影が見えたが、それでも金色の髪の持ち主だけははっきりとわかった。
「アルヴィド……お兄様……」
オネルヴァの声に反応したのは、イグナーツであった。彼も後ろを振り返る。
アルヴィドは周囲にいた人に言葉をかけてそこから抜け出すと、オネルヴァへゆっくりと歩み近づいてくる。残された人々は、何かしら歓談しながら別の場所へと足を向ける。
エルシーと握られている手に、きゅっと力を込められた。
「オネルヴァ、元気そうだな」
「あっ……はい。あの……こちらが……」
イグナーツとエルシーを紹介せねばという気持ちが働いた。だが、イグナーツはオネルヴァとエルシーを背にして、アルヴィドと向かい合う。
「お初にお目にかかる。イグナーツ・プレンバリだ」
「あぁ……あなたが……。初めまして、アルヴィド・ラーデマケラスです」
空気がピンと張り詰めた感じがした。
オネルヴァの手からエルシーが離れる。
「初めまして。エルシー・プレンバリです」
ドレスの裾を持ち上げて、淑女のように挨拶をするエルシーの一言で、ふわっと風が凪いだように感じた。
それでもアルヴィドの視線は鋭い。まるでイグナーツとエルシーを値踏みしているかのような、そんな雰囲気である。
「エルシー。こちらは、わたくしの兄ですのよ」
オネルヴァは努めて明るい口調でそう言った。エルシーは首を傾げる。
「お母さまのお兄さま?」
「えぇ。エルシーから見れば、伯父になりますね」
ここまで口にして、アルヴィドがエルシーから「伯父さん」と呼ばれるのを想像してしまう。
「アルお兄様と、呼ぶのはどうかしら」
オネルヴァ自身も、アルヴィドが「伯父さん」と呼ばれることに戸惑いがあった。伯父に間違いはないのだが、それを言葉にしてしまうのは何かが違う気がする。
「アルお兄さま……?」
気まずい空気を吹き飛ばしてくれるだろうことを、オネルヴァは密かに期待していた。
キシュアス王国にいたときに、アルヴィドのこのような表情を見たことがない。険しい顔をしながらも、その目の奥にはどこか優しい光が灯っていたのだ。
だが今は違う。その優しい光は消えたまま。
そしてイグナーツも厳しい表情をしている。
キシュアス王国とゼセール王国。二つの国の問題と言われてしまえば、オネルヴァの知らない何かがあるのだろうとは思うが、彼女からしたら義兄と夫である。
どちらも大事な家族なのだ。
「よろしく、エルシー」
アルヴィドの一言で、ふわりと穏やかな風が吹いたような気がした。
「オネルヴァ。そろそろアーシュラ王女殿下もいらっしゃる。向こうに戻ろうか」
イグナーツがオネルヴァの背に手を回し、抱き寄せる。突然の行為にオネルヴァは驚きを隠せない。
「だ、旦那様……?」
「あぁ、すまない。いつもの癖でつい」
イグナーツがこのようにオネルヴァを抱き寄せるのは、今までにも何度もあった。だが、彼は人前でこのようなことをする男ではない。それに、いつもの癖というほどこういった行為があるわけでもない。
オネルヴァは静かにイグナーツの腕をとる。
「アルお兄さま。エルシーと手をつないでください」
エルシーの発言に、オネルヴァはヒヤヒヤとした。アルヴィドから感じられた冷たい視線を考えると、彼が断るのではないか。それによって、エルシーが傷つくのではないかと瞬時に考えた。
「エルシーもお母さまのように、エスコートされたいです」
可愛らしい願望に、アルヴィドの顔も思わず綻んだように見えた。
「そうか。では、お姫様。お手をどうぞ」
アルヴィドとエルシーの手がしっかりと繋がれた様子を見届けると、オネルヴァもほっと胸をなでおろした。
目の前をアルヴィドとエルシーが並んで歩いている。その数歩後ろを、イグナーツとオネルヴァが並んで歩いていた。
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