上 下
51 / 76

妻を愛している夫と夫を気にする妻(7)

しおりを挟む
「……オネルヴァ?」

 イグナーツのものとは違う男性の声が、彼女の名を呼んだ。
 噴水の向こう側に、数人の人影が見えたが、それでも金色の髪の持ち主だけははっきりとわかった。

「アルヴィド……お兄様……」

 オネルヴァの声に反応したのは、イグナーツであった。彼も後ろを振り返る。

 アルヴィドは周囲にいた人に言葉をかけてそこから抜け出すと、オネルヴァへゆっくりと歩み近づいてくる。残された人々は、何かしら歓談しながら別の場所へと足を向ける。

 エルシーと握られている手に、きゅっと力を込められた。

「オネルヴァ、元気そうだな」
「あっ……はい。あの……こちらが……」

 イグナーツとエルシーを紹介せねばという気持ちが働いた。だが、イグナーツはオネルヴァとエルシーを背にして、アルヴィドと向かい合う。

「お初にお目にかかる。イグナーツ・プレンバリだ」
「あぁ……あなたが……。初めまして、アルヴィド・ラーデマケラスです」

 空気がピンと張り詰めた感じがした。

 オネルヴァの手からエルシーが離れる。

「初めまして。エルシー・プレンバリです」

 ドレスの裾を持ち上げて、淑女のように挨拶をするエルシーの一言で、ふわっと風が凪いだように感じた。
 それでもアルヴィドの視線は鋭い。まるでイグナーツとエルシーを値踏みしているかのような、そんな雰囲気である。

「エルシー。こちらは、わたくしの兄ですのよ」

 オネルヴァは努めて明るい口調でそう言った。エルシーは首を傾げる。

「お母さまのお兄さま?」
「えぇ。エルシーから見れば、伯父になりますね」

 ここまで口にして、アルヴィドがエルシーから「伯父さん」と呼ばれるのを想像してしまう。

「アルお兄様と、呼ぶのはどうかしら」

 オネルヴァ自身も、アルヴィドが「伯父さん」と呼ばれることに戸惑いがあった。伯父に間違いはないのだが、それを言葉にしてしまうのは何かが違う気がする。

「アルお兄さま……?」

 気まずい空気を吹き飛ばしてくれるだろうことを、オネルヴァは密かに期待していた。

 キシュアス王国にいたときに、アルヴィドのこのような表情を見たことがない。険しい顔をしながらも、その目の奥にはどこか優しい光が灯っていたのだ。

 だが今は違う。その優しい光は消えたまま。
 そしてイグナーツも厳しい表情をしている。

 キシュアス王国とゼセール王国。二つの国の問題と言われてしまえば、オネルヴァの知らない何かがあるのだろうとは思うが、彼女からしたら義兄と夫である。
 どちらも大事な家族なのだ。

「よろしく、エルシー」

 アルヴィドの一言で、ふわりと穏やかな風が吹いたような気がした。

「オネルヴァ。そろそろアーシュラ王女殿下もいらっしゃる。向こうに戻ろうか」

 イグナーツがオネルヴァの背に手を回し、抱き寄せる。突然の行為にオネルヴァは驚きを隠せない。

「だ、旦那様……?」
「あぁ、すまない。いつもの癖でつい」

 イグナーツがこのようにオネルヴァを抱き寄せるのは、今までにも何度もあった。だが、彼は人前でこのようなことをする男ではない。それに、いつもの癖というほどこういった行為があるわけでもない。

 オネルヴァは静かにイグナーツの腕をとる。

「アルお兄さま。エルシーと手をつないでください」

 エルシーの発言に、オネルヴァはヒヤヒヤとした。アルヴィドから感じられた冷たい視線を考えると、彼が断るのではないか。それによって、エルシーが傷つくのではないかと瞬時に考えた。

「エルシーもお母さまのように、エスコートされたいです」

 可愛らしい願望に、アルヴィドの顔も思わず綻んだように見えた。

「そうか。では、お姫様。お手をどうぞ」

 アルヴィドとエルシーの手がしっかりと繋がれた様子を見届けると、オネルヴァもほっと胸をなでおろした。
 目の前をアルヴィドとエルシーが並んで歩いている。その数歩後ろを、イグナーツとオネルヴァが並んで歩いていた。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

処理中です...