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妻を愛している夫と夫を気にする妻(6)

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 カシャン――。

 オネルヴァが手にしていたカップが滑り落ちると足元で割れた。こぼれたお茶は、地面に吸い込まれ、そこだけ色を変えていく。

 すぐさまメイドが駆けつけてその場を片づけてくれたが、オネルヴァの頭の中は真っ白になり、少しだけ呼吸が苦しくなる。

「オネルヴァ様?」

 リオノーラの声で我に返る。

「エルシーを探してまいります」
「エルシーいなくなったの、僕のせい……一緒に、かくれんぼしていたから……」

 ジョザイアはしゅんと肩を落としている。問い詰めたいところでもあったが、今はエルシーを探すのが先である。

「エルシーはどちらに?」

 逸る気持ちを落ち着かせ、ジョザイアから話を聞く。

 庭園は幾何学的な形を作りながら、子どもの背丈のあるほどの花木が立ち並ぶ。大人であれば遠くを見渡せるが、子どもであれば花木に紛れてしまうのも可能だ。

 ジョザイアから場所を聞き出したオネルヴァは、周囲が止めるのも聞かずに、その場を後にする。

 初めて訪れる場所。エルシーの目線であれば、先を見通すこともできずに不安になるだろう。
 ジョザイアが言うには、花のアーチによって飾りつけられた小路の先には噴水があり、その周辺で遊んでいたとのことだった。

 噴水には水がためられている。水の怖さは、オネルヴァ自身よくわかっている。幾度となく、そういうことをされていたからだ。

「エルシー?」

 探し人の名を呼ぶ。

 カサカサと草花が風によって擦れる音がする。人が集まっている場所からは離れてきたが、それでも風にのって声が流れてくる。

「エルシー?」

 ジョザイアが言っていた噴水が目の前に見えてきた。チョロチョロと水の流れる音が、聞こえてくる。

 噴水の前に辿り着くと、青い空からさんさんと太陽の光が降り注いでいた。その眩しさに思わず目を細くする。それでも鍔の大き目の帽子が日陰を作っているのが、せめてもの救いだった。

 空の明るさは噴水にも反射して、その存在を輝かせていた。
 カサリと、近くの花が音を立てる。

「お母さま?」
「エルシー」

 彼女は軍服姿の女性と手を繋いでいた。

「お母さま」

 女性の手をぱっと離したエルシーは、オネルヴァの元へ駆け寄ってきた。身を低くして、オネルヴァは彼女を抱きしめる。

「あぁ……エルシー。心配したのですよ」
「ごめんなさい、お母さま」
「あの……ありがとうございます」

 エルシーの側にいた女性軍人に向かって礼を口にした。

「どうやら、迷子になられたようでして。広い庭園ですからね」
「ジョザイアとかくれんぼしていたら、わからなくなっちゃった」
「あの、失礼ですが。奥様は……」

 エルシーと一緒にいた彼女はイグナーツの部下だった。イグナーツによく似た女の子がいたから、声をかけたと言う。

「あ。実は、閣下にも……」

 さらに、同僚に頼んでイグナーツに連絡をいれてもらっているらしい。それはエルシーを見失って心配しているだろうという配慮のためでもあった。

 そして彼女は、エルシーと共に会場へと戻るところであったと言う。

「本当に、ありがとうございます」
「子供たちにとっては、遊び場のようなところですから」

 もしかしたら、彼女自身にもそういった思い出があるのかもしれない。

「あら? 閣下がこちらまでいらっしゃるのは、想定外でした。では、持ち場に戻らせていただきます」

 びしっと頭を下げた彼女は、足音が近づくよりも素早い動きで向こう側へと消えていく。

 響くブーツ音に振り返る。

「旦那様……」
「お父さま……」

 慌ててやってきたに違いない。人前では表情を崩さない彼が、呼吸を乱している。隣には、先ほどの女性と同じような軍服を着ている男性の姿もあった。

 イグナーツが幾言か言葉をかけると、彼はすっとその場を離れていく。

「君たちは……何をやっているんだ。あちらの会場にいたのではないのか?」

 低い声が、オネルヴァの身体の奥に突き刺さった。
 エルシーと共にいた以上、母親であるオネルヴァには彼女の行動に責任を持つ必要がある。

「申し訳……ございません」

 オネルヴァは消え入るような声で、頭を下げた。

「いや、謝ってもらいたいわけではない。ただ……心配をしたんだ」

 イグナーツの手が伸びてきた。

 オネルヴァはびくっと身体を強張らせ、エルシーと繋がれた手にも力が込められる。
 伸びてきた彼の手は宙で止まる。

 チロチロと噴水が先ほどから音を立てていた。
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