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妻が気になる夫と娘が気になる妻(5)

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 オネルヴァの視線に観念したのか、イグナーツの乾いた唇がゆっくりと開き始めた。

「口づけをするときは、鼻で息をすればいい……」

 驚いて、目を瞬いた。もしかして彼はそれをずっと伝えたかったのだろうか。

「息をしなければ、これ以上の深い口づけはできない……」

 口づけとは、唇と唇を合わせるものではないのだろうか。深いというのであれば、もっとぎゅっと密着させることを指すのか。

「深い口づけ、ですか?」

 よくわからず、オネルヴァはそう声に出していた。

「あ、あぁ……。できれば君と、それを試してみたいのだが……」

 イグナーツは視線を逸らした。そうなるとオネルヴァまで急に恥ずかしくなってしまう。

「は、はい……」

 声が掠れないように、必死になって返事をすると、彼の顔が動いた。

「い、いいのか?」
「は、はい……」
「いや、だが……。俺と君は夫婦でありながらも、形だけのものだ」
「ですが、家族です……。口づけ一つで旦那様が助かるのであれば……。今よりも深い口づけをすれば、旦那様の魔力も落ち着かれるのですよね?」

 そうでなければ、彼も口づけしたいとは言わないだろう。だから、これはただの口づけではないのだ。人命救助のために必要な口づけである。

 オネルヴァは何度も心の中で自分にそう言い聞かせる。

「そうだ……。この口づけは、俺の魔力の安定のために必要な行為だと。そう思ってもらえればいい……」

 彼の大きな手がオネルヴァの頬を包み込んだ。両手でしっかりと、そしてどこか優しい彼の手によって包まれると、心臓が高鳴ってしまう。

「目を、閉じてもらえないか?」
「は、はい……」

 深い口づけに興味のあったオネルヴァは、じっとイグナーツを見つめていたのだ。だが、それにはさすがの彼も恥ずかしいらしい。

 オネルヴァは目を閉じた。すぐさま唇に熱が触れる。
 だが、今回は触れるだけではない。彼の唇によって、食まれて舐められる。
 その感触に驚き、喉の奥から声が漏れた。すぅっと熱が離れる。

「オネルヴァ。少し、唇を開いてもらえないか?」

 目を閉じたまま彼女は頷いたが、唇を開けて何をするかがまったくわからなかった。とりあえず言われた通りに、ぴったりと上と下をくっつけていた唇に、少しだけ隙間を作る。

 少しだけの隙間から、肉厚のざらりとしたものが口腔内に入ってきた。これは、彼の舌である。驚きのあまり、オネルヴァは自身の舌を奥に引っ込めようとしたが、すぐに絡めとられてしまう。

 粘膜と粘膜が触れ合っているだけなのに、ぞくりとした感覚が背筋を襲う。
 ざらざらとしている彼の舌は、腹を空かせた獣のように荒々しい。

 息をする暇もない。新鮮な空気を求めようとすれば、艶めかしい声が零れる。自身から発せられる声とは思えないほど、艶やかであり淫らな声だ。
 これが彼の言っていた深い口づけなのだろう。少しずつ呼吸が苦しくなり、頭の中も霞がかかったようにぼんやりと蕩け始める。

 他人と舐め合うだけの行為なのに、身体の芯から熱が生まれ始める。それは徐々に身体中へ広がっていき、官能を高める。

 鼻で息をすればいいとは言われたが、それすらままならないほど激しく絡めてくる。
 唾液を飲み干すことすらできず、口の端から赤子のようにたらりとそれが流れ出る。それすら、彼はぺろりと舐め上げた。

 それが終わりの合図だった。

「……すまない……。がっつきすぎた。大丈夫か?」

 激しく肩を上下させているオネルヴァは、呼吸が苦しくてまともに返事もできず、首を縦に振ってそれに応える。

「そうか……。水でも飲むか?」

 先ほどまで、あれほど苦しそうにしていたイグナーツが、今ではケロっとした表情を浮かべている。オネルヴァと少しでも離れただけで、自我を失いそうになっていたはずなのに。

「旦那様。お体のほうは、大丈夫なのでしょうか? その……魔力は?」
「あぁ。オネルヴァのおかげで助かった。今ではだいぶ落ち着いている。だが、君のほうが苦しそうな表情をしている」

 イグナーツは、「待っていなさい」と声をかけると、寝台から降りてグラスに水を注いだ。
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