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秘密を知られた夫と秘密を知った妻(3)

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◇◆◇◆ ◇◆◇◆

 着替えを終えたオネルヴァがエントランスに向かうと、そこには同じように着替えを終えたエルシーが待っていた。

「お母さま」

 オネルヴァの姿を見つけた彼女が、ひしっと抱きついてくる。

「あら。エルシーは甘えん坊さんになってしまったのですね」
「だって、来てくれなかったらどうしようと思っていたのです」
「まぁ。エルシーとの約束ですし、誘ったのはわたくしですから。約束はきちんと守りますよ」

 オネルヴァがそう言っても、離れがたいのか彼女はドレスの裾にしがみついたままだ。

「エルシー。それでは歩けませんよ。さあ、手を繋ぎましょう」

 手を差し出すと、エルシーがしっかりと握りしめてきた。
 その様子を見ていたリサとヘニーも、ほっと胸を撫でおろしている。

 オネルヴァはヘニーたちに目配せをして、外へ出る。

 この時間に外に出るのは、こちらにやってきてからは初めてであった。
 澄んだ空気が、肌に触れる。それでも朝日は眩しく、目を細くする。日傘を差し、庭園を歩く。
 今朝は少し冷え込んだようだ。朝露に濡れる草木が、太陽の光を反射してつやつやと輝いていた。

「お母さま、こちらの花が咲いています」
「この花は、朝方に咲く花なのです。太陽が高くなると、なぜか花を閉じてしまいます」

 そういった知識も、あの離宮に閉じ込められていたときに読んだ本によるものだ。

「恥ずかしがり屋さんなんですね」

 エルシーの言葉に思わず笑みをこぼす。

 ここにきて十日程経った。これほどまでよくしてもらって、恐縮してしまう。今までとの生活の差が激しいからだ。

「お母さま、こちらの花も咲いています」
「この花は乾燥させて、匂い袋に利用されていますよ」
「匂い袋は、エルシーも作れますか?」

 茶色の目を大きく見開き、オネルヴァを見上げてくる。

「そうですね。一緒に作ってみましょうか?」
「はい」

 元気よく頷くエルシーが眩しく見えた。彼女の母親という役を与えられたオネルヴァだが、実際のところ、母親というものがよくわかっていない。

 なによりもオネルヴァ自身が、母親から何かをされた記憶がないからだ。

 気がついたらあの離宮にいた。身の世話をしてくれたのは乳母。だがその乳母も、オネルヴァが十歳を過ぎた頃に、忽然と姿を消した。

 それ以降、オネルヴァは自身のことは自身で行うようになる。必要なものは定期的に運ばれてきたが、掃除や洗濯はもちろんオネルヴァが行っていた。
 そして、礼儀作法を身につけるための授業を定期的に受ける。
 それがオネルヴァの生活だった。

 それでも今は、右手に小さな温もりがある。オネルヴァをお母さま、お母さまと慕ってくれるエルシーだ。
 彼女の母親役として、合格だろうか。それをイグナーツに聞いてみたいような気がした。

「そろそろ朝食の時間になりますね。戻りましょうか」
「はい」

 オネルヴァは右手の温もりをしっかりと握りしめ、屋敷に向かって歩き出した。
 身支度を整えて食堂に向かうと、イグナーツがすでにそこに座っていた。

「エルシー、散歩はどうだった?」
「お母さまと一緒に、匂い袋を作る約束をしました」
「そうか。それはよかったな」
「今度はお父さまも一緒にお散歩しましょう」

 パトリックが椅子を引いたところで、エルシーはちょこんと座った。

「オネルヴァ」
「は、はい……」

 イグナーツの低い声で名を呼ばれるのは、嫌いではない。

「俺の休暇も今日で終わる。明日からは、俺が留守の間、ここを頼む。もちろん、エルシーのことも」
「はい」

 彼のことは嫌いではないが、緊張はする。今も、トクトクと心臓がうるさい。

 食事が運ばれてきたため、会話は途切れた。
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