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秘密を知られた夫と秘密を知った妻(5)
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◇◆◇◆ ◇◆◇◆
軍事施設は王城敷地内にある。
将軍であるイグナーツの執務室は、司令部と呼ばれる建物内にある。訓練場と呼ばれる中庭と小さな建物を挟んだ向かい側にある建物は本部と呼ばれており、下位の階級の者たちが常駐している。
どちらも白亜の外壁の王城とは異なり、のっそりと重みのある焦げ茶の角ばった建物である。
イグナーツ率いる北軍は、王都に常駐している者と、北の関所付近に常駐している者と二つに分けられる。北の国境を見張り、入国手続きなどを行っているのも北軍の役割であるからだ。そのため、イグナーツは王都と国境を行ったりきたりするのが多い。
休暇中もちょくちょくと王城に足を運んでいたイグナーツであるが、軍の司令部に来たのはキシュアスから戻ってきた日以降であった。
懐かしい感じのする執務席にゆったりと腰を落ち着ける。壁を背にして黒紅のでっぷりとした机が置いてあるのは、外から背後を狙われないようにするためだ。
外光を取り入れる小さな窓は、座って左側の高い位置に配置されている。右利きのイグナーツにとっては、手の影が邪魔にならずに文字が書けるため、都合がいい。
「俺が不在の間、ご苦労だったな」
イグナーツがそう声をかけた相手は、柔和な笑みを浮かべているミラーンである。オネルヴァの迎えを彼に頼んだのも、自身が留守の間に北軍を任せたのも、イグナーツがすべてにおいて信頼を寄せている人物だからだ。
「キシュアスから手紙が届いております。先に、私のほうで内容を確認いたしましたが、急ぎの案件ではないと判断したものです」
「ああ、助かる」
そうは言ってみたものの、目の前の書類の束にはげんなりとしていた。期日に余裕のある案件がこんもりと置かれている。
「閣下。今日はこちらの確認だけで終わりそうですね」
確信犯であるかのように、ミラーンはハハッと笑った。
司令部の会議に顔を出せば、東軍、西軍、南軍の幹部たちは口元をニヤニヤと緩めているし、とにかく居心地の悪い場所でもあった。
会議が終われば、また執務室で山のような書類を確認する。
イグナーツとしては、時間を見つけて訓練場の様子を見に行きたかった。だが、目の前の書類を目にすれば、それは無理であろうという現実をつきつけられ、鬱々とする。
将軍という立場は、身体を動かすよりも頭を使う仕事が主だ。軍の一つを束ね、まとめあげるのだから仕方ないともいえよう。
復帰初日は、ほとんどが書類仕事で終わってしまった。会議以外は、ずっと執務席に座りっぱなしである。
イグナーツに不満がたまっているのは、ミラーンも気がついたようだ。たまに何か言いたそうに口を開きかけるが、そこから言葉が出てくることはなかった。イグナーツが書類仕事をためこんでいたというのであれば、その後、その書類はミラーンの処理を必要とするからだ。つまり、ミラーンもイグナーツ同様に忙しい。
気がつけば、太陽はだいぶ西に傾いていた。
室内は薄暗くなり始め、魔石灯がぽつぽつと灯り始める。
「お前は、先に帰ってもいいぞ」
「私も帰りたいところではあるのですが、そのような状態の閣下を一人にするのも気が引けるといいますか。心配といいますか……」
「ん? どうかしたのか?」
「どうかしたのか、ではありませんよ。自覚がないとは恐ろしい」
ミラーンはこれ見よがしに、大きくため息をついた。
「閣下の魔力が不安定です。その状態が長く続けば、魔力に飲まれますよ? 適度に解放してください」
ミラーンはイグナーツの魔力の状態を知っている。他の誰よりも強い魔力を持ち、場合によっては魔力によって侵されてしまうその状況を知っているし、その状態を目の当たりにしたこともある。
「ああ。そうだな。本当は、あいつらの様子を見るためにも訓練場へ行こうと思っていたんだ」
行きたかったけれど行けなかった。訓練場は、夜間は閉鎖する。
「休暇の間はどうされていたのですか? あぁ、休暇中だから、気持ち的にゆとりがあったのですね?」
魔力が体内に留まるのは、外的要因も原因の一つとも言われている。とにかく、イグナーツのように魔力の強い者は、定期的に外に魔力を出さなければならない。
「なにも訓練場で強い魔術を使うだけが魔力の解放方法ではないからな。休暇中もそれなりに解放はしていた。今日もその方法を使うから、大丈夫だ」
イグナーツの魔力の解放の仕方は二つある。
軍事施設は王城敷地内にある。
将軍であるイグナーツの執務室は、司令部と呼ばれる建物内にある。訓練場と呼ばれる中庭と小さな建物を挟んだ向かい側にある建物は本部と呼ばれており、下位の階級の者たちが常駐している。
どちらも白亜の外壁の王城とは異なり、のっそりと重みのある焦げ茶の角ばった建物である。
イグナーツ率いる北軍は、王都に常駐している者と、北の関所付近に常駐している者と二つに分けられる。北の国境を見張り、入国手続きなどを行っているのも北軍の役割であるからだ。そのため、イグナーツは王都と国境を行ったりきたりするのが多い。
休暇中もちょくちょくと王城に足を運んでいたイグナーツであるが、軍の司令部に来たのはキシュアスから戻ってきた日以降であった。
懐かしい感じのする執務席にゆったりと腰を落ち着ける。壁を背にして黒紅のでっぷりとした机が置いてあるのは、外から背後を狙われないようにするためだ。
外光を取り入れる小さな窓は、座って左側の高い位置に配置されている。右利きのイグナーツにとっては、手の影が邪魔にならずに文字が書けるため、都合がいい。
「俺が不在の間、ご苦労だったな」
イグナーツがそう声をかけた相手は、柔和な笑みを浮かべているミラーンである。オネルヴァの迎えを彼に頼んだのも、自身が留守の間に北軍を任せたのも、イグナーツがすべてにおいて信頼を寄せている人物だからだ。
「キシュアスから手紙が届いております。先に、私のほうで内容を確認いたしましたが、急ぎの案件ではないと判断したものです」
「ああ、助かる」
そうは言ってみたものの、目の前の書類の束にはげんなりとしていた。期日に余裕のある案件がこんもりと置かれている。
「閣下。今日はこちらの確認だけで終わりそうですね」
確信犯であるかのように、ミラーンはハハッと笑った。
司令部の会議に顔を出せば、東軍、西軍、南軍の幹部たちは口元をニヤニヤと緩めているし、とにかく居心地の悪い場所でもあった。
会議が終われば、また執務室で山のような書類を確認する。
イグナーツとしては、時間を見つけて訓練場の様子を見に行きたかった。だが、目の前の書類を目にすれば、それは無理であろうという現実をつきつけられ、鬱々とする。
将軍という立場は、身体を動かすよりも頭を使う仕事が主だ。軍の一つを束ね、まとめあげるのだから仕方ないともいえよう。
復帰初日は、ほとんどが書類仕事で終わってしまった。会議以外は、ずっと執務席に座りっぱなしである。
イグナーツに不満がたまっているのは、ミラーンも気がついたようだ。たまに何か言いたそうに口を開きかけるが、そこから言葉が出てくることはなかった。イグナーツが書類仕事をためこんでいたというのであれば、その後、その書類はミラーンの処理を必要とするからだ。つまり、ミラーンもイグナーツ同様に忙しい。
気がつけば、太陽はだいぶ西に傾いていた。
室内は薄暗くなり始め、魔石灯がぽつぽつと灯り始める。
「お前は、先に帰ってもいいぞ」
「私も帰りたいところではあるのですが、そのような状態の閣下を一人にするのも気が引けるといいますか。心配といいますか……」
「ん? どうかしたのか?」
「どうかしたのか、ではありませんよ。自覚がないとは恐ろしい」
ミラーンはこれ見よがしに、大きくため息をついた。
「閣下の魔力が不安定です。その状態が長く続けば、魔力に飲まれますよ? 適度に解放してください」
ミラーンはイグナーツの魔力の状態を知っている。他の誰よりも強い魔力を持ち、場合によっては魔力によって侵されてしまうその状況を知っているし、その状態を目の当たりにしたこともある。
「ああ。そうだな。本当は、あいつらの様子を見るためにも訓練場へ行こうと思っていたんだ」
行きたかったけれど行けなかった。訓練場は、夜間は閉鎖する。
「休暇の間はどうされていたのですか? あぁ、休暇中だから、気持ち的にゆとりがあったのですね?」
魔力が体内に留まるのは、外的要因も原因の一つとも言われている。とにかく、イグナーツのように魔力の強い者は、定期的に外に魔力を出さなければならない。
「なにも訓練場で強い魔術を使うだけが魔力の解放方法ではないからな。休暇中もそれなりに解放はしていた。今日もその方法を使うから、大丈夫だ」
イグナーツの魔力の解放の仕方は二つある。
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