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妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻(8)

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「君がそんなに不安になるのであれば、こちらも本音を口にしよう」

 ぴくっとオネルヴァの身体が震えた。

「君が『無力』でありながら君を迎えたのはエルシーのためだ」
「エルシーのため、ですか?」

 ああ、と彼は大きく頷く。

「俺に妻は必要ない。だが、エルシーに母親は必要だ。君に求めるのは、エルシーの母親役。母親としての役割を果たしてくれれば、俺は何も言わない。例え君が『無力』であったとしても」

 オネルヴァは、膝の上においていた両手で、思わずドレスをぎゅっと握りしめた。

「それが、わたくしがここに存在する理由ですか?」
「そうだ。幸いなことに、エルシーも君になついている。それに、君がここに来てから、エルシーも明るくなったし、勉強にも前向きに取り組んでいる」

 エルシーはオネルヴァのことを「お母さま、お母さま」と慕ってくれている。

「はい」

 そうやって理由を与えられたほうが、『無力』であっても、気兼ねなくここにいられる。

「ありがとうございます」

 オネルヴァの言葉にイグナーツは何も返さない。ただ、黙々とケーキを食べていた。
 オネルヴァも自ら取り分けたケーキを一口食べた。彼女が取り分けたケーキは、イグナーツの半分にも満たない量だった。

「オネルヴァ」
「は、はい」

 突然名を呼ばれ、身を強張らせる。

「前にも言ったが。君は食が細すぎる。エルシーよりも食べていないだろう?」
「エルシーは育ち盛りですから」
「それでも、君だって立派な成人した大人の女性だ。俺が知っている女性よりも、明らかに食べる量は少ない。ヘニーからも、君の食事量を心配する声があがってきている」
「申し訳、ありません……」
「いや、謝罪することではない。君が向こうでどのような暮らしをしていたかはわからないが……。ここではきちっと食べて、エルシーの見本になってもらうような女性でいてもらいたい。そのような女性が貧相であっては困るからな」

 まるで今のオネルヴァが貧相に見えるかのような発言である。驚いて、目を真ん丸に見開いた。

「いや、そういう意味ではなく……。まあ、例えだ、例え」

 イグナーツが慌てているため、オネルヴァはくすりと微笑んだ。

「ありがとうございます」

 慌てる彼が、なぜか可愛らしいと思えてしまった。

 二人は黙々とケーキを食べた。

 オネルヴァが一国の王女であったにもかかわらず、こうやって料理ができるのも、あそこでの幽閉生活が長かったせいだ。勉強する時間だけはたくさんあった。

「旦那様。エルシーが手紙を読んで、すぐにお返事が欲しいと言っておりました」

 二人だけの静かなティータイムを終えようとしたときに、オネルヴァはいつまでたっても手紙を読まないイグナーツに向かってそう言った。

「すぐに? 何か、大事なことが書かれているのか?」

 あとでこっそりと読もうとしていたにちがいない。エルシーからの手紙を手にしたイグナーツは立ち上がり、執務席の引き出しからペーパーナイフを取り出すと、丁寧に閉じられていた封筒をピリピリと開ける。

 中から出てきたのは便箋一枚。それでも幼いエルシーが書いたと考えれば、立派なものだ。
 手紙に目を走らせているイグナーツの眉間に、次第に深く皺が刻まれていく。

「どうか、されましたか?」

 ドレスを握りしめながら、オネルヴァは尋ねた。

「いや……。エルシーが人参を食べられるようになったら、なんでも言うことをきくと言っていたからな。その件だ」
「夜、一緒に寝たいと、エルシーは言っておりましたね」
「ああ……。それはいつだ、と書かれている」
「まぁ」

 エルシーの手紙の愛らしさに、オネルヴァは目尻を下げた。だが、イグナーツは困惑しているようにも見える。

「早いほうがよいかと思います。まして、約束事ですから」

 オネルヴァが声をかけると、イグナーツが手紙から顔をあげた。

「そうか。そうだな。今夜……か……」

 ぽろっと彼がこぼした言葉を、オネルヴァは拾い取った。

「そのようにエルシーにお伝えしてもよろしいですか?」
「いや、あ。そうだな。だが、どこで寝る? 三人でとなれば、それなりに広い寝台が必要だろう?」

 だが一人は子どもだ。大人二人眠れる場所であれば、充分でもある。

「でしたら、あの寝室ですか?」

 オネルヴァが小首を傾げて尋ねると、イグナーツは首を横に振る。

「駄目だ。あの部屋は、まだ使っていない。使っていないのをエルシーに知られたら、俺たちが不仲であると不安になるだろう」
「でしたら、エルシーのお部屋がいいですね。エルシーの寝台でも、充分に広いですから」

 オネルヴァが言った通り、エルシーが使っている寝台も大人二人が眠れるような広さの寝台である。そこにエルシーが一人で眠っているのだから、寂しくも感じるのだろう。

「そうだな。そうするか……」

 渋々と口にしたような彼であるが、その口元は盛大ににやけていた。
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