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妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻(4)
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◇◆◇◆ ◇◆◇◆
オネルヴァを屋敷に迎えてから、四日が経った。
迎えた次の日に、結婚誓約書を議会に提出した。議会で承認されたのち、あの国王の手元に届く。提出してから三日経っても書類が突っ返されなかったため、それは不備なく受理されたのだろう。
イグナーツは目の前にいるオネルヴァに顔を向けた。
彼女はテーブルマナーをエルシーに教えているところである。
エルシーも幼いなりにマナーが身についていると思っていたのは、親ばかであるイグナーツだけで、オネルヴァから見れば目に余るものがあったようだ。
この数日の間で、エルシーが口元を汚す回数も減っている。苦手な食べ物も食べてみようという姿を見せる。
オネルヴァがきてからたった数日であるのに、エルシーがぐっと成長をしている。
イグナーツの長期休暇も、残すところあと十日程となった。
休暇中であっても、彼はちょくちょくと王城に足を伸ばしている。それはイグナーツが北軍の将軍という地位についているせいだ。
だが、それもそろそろ返上したいと思っている。
これからは軍の裏方に徹し、できるだけエルシーと過ごす時間を確保したいと、そう思っていた。
外から、華やかな声が聞こえてきた。
書類から顔をあげたイグナーツは、左手の親指と人差し指で目頭を押さえる。そろそろ眼鏡を作るべきだろうとは考えているのだが、それもなかなか行動に移せない。
眼鏡をかけた途端「とうとう老眼か」と言われるのを危惧しているのだ。
執務席から音もなく立ち上がると、絨毯を踏みしめて窓際へと近づく。
二階にある執務室から外を見渡すと、下に広がる庭園が見えた。
庭園には庭師が丹精を込めて世話をしている、色とりどりの花が咲いている。
イグナーツはあまり花を愛でないが、オネルヴァは日傘をさして散歩している。彼女の隣にはエルシーもおり、二人の手はしっかりと繋がれているのだ。
執務室にこもって書類とじっと睨み合っているイグナーツであるが、外から声が聞こえると、こうやって窓から庭を見下ろす。
タッセルで束ねたカーテンに隠れるようにして、レースのカーテンの隙間から覗く。
今日も二人は、似たような色合いのドレスを着ている。どうやらエルシーがオネルヴァのドレスに合わせるらしい。遠目から見れば、仲のよい母娘に見える。いや、紙面上は母娘である。
エルシーが彼女にあれほどなつくとは、イグナーツにとっても予想外だった。
やはりエルシーは母親を望んでいたのだろうか。
イグナーツの動揺が伝わったかのようにカーテンが揺れた。
すると、オネルヴァが顔をあげ、こちらに気がついた。
だからといって、さらに身を引いて隠れてしまえば、彼女に変に思われるだろう。
仕方なく、堂々と窓の前に立つ。
彼女は笑顔を向けて頭を下げると、エルシーに何やら話しかけている。するとエルシーも顔を向け、イグナーツの姿を確認すると右手をぶんぶんと元気よく振り始めた。
イグナーツも釣られて、つい右手をひらひらと二回だけ振ったが、すぐに止める。
エルシーはすぐに何かを見つけたようで、オネルヴァの手を引っ張りながら、庭の奥に向かおうとしている。
オネルヴァは、もう一度イグナーツに頭を下げると、エルシーと共に庭の奥へと進んでいった。
イグナーツは振った手を戻せずにいた。宙ぶらりんな位置にある右手をなんとか落ち着けたくて、束ねてあるカーテンを掴む。
胸が苦しい。
なぜこのように苦しいのかわからない。
ドクンと、心臓が大きく震えたような気がした。
この状況は、けしてよい状況とは言えない。
身体の底からボコボコと音を立てて魔力が湧き出てくる前兆である。
「くっ……」
苦しくなり胸元を押さえる。その波が引いたのを見計らい、イグナーツは荒々しく執務室の奥の部屋へと向かった。
オネルヴァを屋敷に迎えてから、四日が経った。
迎えた次の日に、結婚誓約書を議会に提出した。議会で承認されたのち、あの国王の手元に届く。提出してから三日経っても書類が突っ返されなかったため、それは不備なく受理されたのだろう。
イグナーツは目の前にいるオネルヴァに顔を向けた。
彼女はテーブルマナーをエルシーに教えているところである。
エルシーも幼いなりにマナーが身についていると思っていたのは、親ばかであるイグナーツだけで、オネルヴァから見れば目に余るものがあったようだ。
この数日の間で、エルシーが口元を汚す回数も減っている。苦手な食べ物も食べてみようという姿を見せる。
オネルヴァがきてからたった数日であるのに、エルシーがぐっと成長をしている。
イグナーツの長期休暇も、残すところあと十日程となった。
休暇中であっても、彼はちょくちょくと王城に足を伸ばしている。それはイグナーツが北軍の将軍という地位についているせいだ。
だが、それもそろそろ返上したいと思っている。
これからは軍の裏方に徹し、できるだけエルシーと過ごす時間を確保したいと、そう思っていた。
外から、華やかな声が聞こえてきた。
書類から顔をあげたイグナーツは、左手の親指と人差し指で目頭を押さえる。そろそろ眼鏡を作るべきだろうとは考えているのだが、それもなかなか行動に移せない。
眼鏡をかけた途端「とうとう老眼か」と言われるのを危惧しているのだ。
執務席から音もなく立ち上がると、絨毯を踏みしめて窓際へと近づく。
二階にある執務室から外を見渡すと、下に広がる庭園が見えた。
庭園には庭師が丹精を込めて世話をしている、色とりどりの花が咲いている。
イグナーツはあまり花を愛でないが、オネルヴァは日傘をさして散歩している。彼女の隣にはエルシーもおり、二人の手はしっかりと繋がれているのだ。
執務室にこもって書類とじっと睨み合っているイグナーツであるが、外から声が聞こえると、こうやって窓から庭を見下ろす。
タッセルで束ねたカーテンに隠れるようにして、レースのカーテンの隙間から覗く。
今日も二人は、似たような色合いのドレスを着ている。どうやらエルシーがオネルヴァのドレスに合わせるらしい。遠目から見れば、仲のよい母娘に見える。いや、紙面上は母娘である。
エルシーが彼女にあれほどなつくとは、イグナーツにとっても予想外だった。
やはりエルシーは母親を望んでいたのだろうか。
イグナーツの動揺が伝わったかのようにカーテンが揺れた。
すると、オネルヴァが顔をあげ、こちらに気がついた。
だからといって、さらに身を引いて隠れてしまえば、彼女に変に思われるだろう。
仕方なく、堂々と窓の前に立つ。
彼女は笑顔を向けて頭を下げると、エルシーに何やら話しかけている。するとエルシーも顔を向け、イグナーツの姿を確認すると右手をぶんぶんと元気よく振り始めた。
イグナーツも釣られて、つい右手をひらひらと二回だけ振ったが、すぐに止める。
エルシーはすぐに何かを見つけたようで、オネルヴァの手を引っ張りながら、庭の奥に向かおうとしている。
オネルヴァは、もう一度イグナーツに頭を下げると、エルシーと共に庭の奥へと進んでいった。
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胸が苦しい。
なぜこのように苦しいのかわからない。
ドクンと、心臓が大きく震えたような気がした。
この状況は、けしてよい状況とは言えない。
身体の底からボコボコと音を立てて魔力が湧き出てくる前兆である。
「くっ……」
苦しくなり胸元を押さえる。その波が引いたのを見計らい、イグナーツは荒々しく執務室の奥の部屋へと向かった。
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