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妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻(3)

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 案内された食堂には、翡翠色のテーブルクロスがかけてあるダイニングテーブルが真ん中に置いてあり、その周りに赤銅色の椅子が並べられている。天井も高く、解放感に溢れている。

 イグナーツがさっと椅子を引いた。オネルヴァは驚いて彼を見上げるが、どうやらそこに座れという合図のようだ。彼からこのようなエスコートをされると思っていなかっただけに、驚きと嬉しさが心の中で交じり合う。オネルヴァの席はエルシーの隣である。

「お父さま。エルシーも」

 どうやらエルシーもイグナーツのエスコートを望んでいるらしい。微笑ましいその姿に、つい目を奪われてしまう。仲睦まじい父娘の関係に、オネルヴァの入る余地はあるのか。いや、この関係に自分が入ってしまっていいのだろうか。

 イグナーツは、オネルヴァの右隣り、九十度の位置に座った。

 オネルヴァがテーブルの上のナプキンを取り膝の上にかけると、エルシーが真似をする。
 その仕草も可愛らしいのだが、オネルヴァは何か言いたそうに長く彼女を見つめていた。

「言いたいことがあるなら、きちんと言葉にしなさい」

 イグナーツの言葉に、オネルヴァは身体を震わせる。

「あ、あの……」

 なぜか身体に力が入ってしまう。何か言葉にすると、打たれるのではないかと身体が覚えているのだ。

 イグナーツは怪訝そうに目を細くした。

「もしかして。エルシーのことか?」
「あ、はい……。ナプキンのかけ方が気になりましたので……」

 彼女の言葉の最後は、消え入るようだった。

 イグナーツは、眉間に皺を寄せる。

「君さえよければ、エルシーにそういったマナーを教えてもらえないだろうか?」

 思いがけない提案に、オネルヴァははっと顔をあげる。

「俺たちだけでは、どうしても甘やかしてしまってな。家庭教師をつけてはいるのだが……」

 言いにくそうにしているところから察するに、家庭教師との相性がいいとは言えないのだろう。

「君がこうやって食事のときに指導してくれたほうが、エルシーも言うことを聞きそうだ」

 彼の口元が綻んでいるが、視線の先はエルシーを捕えている。

 オネルヴァも左隣にいる彼女に顔を向けた。目が合う。茶色の大きな目が、オネルヴァをまっすぐに見上げている。その目尻が和らいだ。

「エルシーも、お母さまに教えてもらいたいです。先生は、怖いです」

 しゅんとするエルシーの姿を目にすると、その言葉は偽りのない本心にちがいない。

「わたくしでよければ……」

 ほぼ幽閉状態で過ごしてきたオネルヴァであるが、マナーは厳しくし躾けられている。だからこそ、エルシーの怖い気持ちがなんとなくわかった。

 ぱっとエルシーの顔が輝いた。それを見たイグナーツも微笑んでいる。
 ほわっと周囲の空気が温かくなったような気がした。

 それが合図になったかのように、食事が運ばれてくる。

 エルシーはたどたどしいながらも、ナイフとフォークを動かしている。

「エルシー。こちらの手は動かさずに、添えるだけにするといいですよ」

 オネルヴァがそっと告げると、エルシーも言葉に素直に従う。その様子を、イグナーツが目を細めて見つめている。

 なぜかオネルヴァは居たたまれない気持ちになった。





*~*~苺の月二日~*~*

『おかあさまは とてもやさしいです
 ごほんをよんでくれます
 いっしょにおさんぽをします

 おかあさまは おとうさまがすきになったひとです
 エルシーも おかあさまが だいすきです

 よるになると すこしだけさびしくなります
 だから おかあさまといっしょにねたいけれど
 おとうさまと おかあさまが いっしょにねるから
 じゃましてはだめだと ヘニーにいわれました

 おとうさまと おかあさまが いっしょにねるなら
 エルシーもまぜてほしいです』
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