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妻子が可愛い夫と夫がよくわからない妻(2)
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オネルヴァは彼女の手をきゅっと握りしめた。柔らかくて小さな手は、たちまちオネルヴァの心をぽかぽかと温かくする。
「エルシーは、こうやってお母さまと手をつなぐのが夢でした」
屈託のない笑顔でそう言われてしまうと、オネルヴァは戸惑いすら覚える。
ここにいていいのだろうか。なぜ彼らはこんなにも優しいのだろうか。
「お母さま。どうかしましたか?」
エルシーが下から顔を真剣な眼差しで覗いてくる。
「あっ、いいえ。どうもしません。わたくしが、エルシーのお母様で、よろしいのでしょうか?」
するとエルシーは茶色の目をくりくりっと大きく開いた。
「はい。エルシーはお母さまがよいです。お母さまはお父さまが好きな人、ですよね?」
そう問われると、どうなのだろう。
なにしろ、今日、初めて出会った相手だ。二人きりになったのも、先ほど部屋を案内されたとき。
「そうなると、よいのですが……」
これから生涯を共にするのであれば、嫌われるよりも好かれたほうがいい。
「エルシーはお母さまのことが大好きです」
真っすぐに言葉にされてしまうと、目頭が熱くなる。思わず、その場で立ち止まった。
「お母さま……。なぜ、泣いているのですか? エルシー、悪い子ですか?」
そう指摘され、オネルヴァは自分が涙を流していることに気がついた。
慌てて、頬を濡らす涙を拭う。側にいるヘニーとリサも慌てる。
「何事だ」
カツカツと響く足音を立ててやってきたのは、イグナーツである。
ヘニーとリサは、さっと身を引いた。
「お父さま」
「何があった?」
エルシーはオネルヴァの手を離し、イグナーツの足にひしっとしがみつく。
彼は娘の肩に優しく手を回しながらも、オネルヴァの顔を覗き込んできた。
「いえ……。なんでもありません」
「なんでもなくても、君は泣くのか? エルシーが、何かしたのか?」
「申し訳、ありません。エルシーは悪くありません。すべては、わたくしが悪いのです」
イグナーツは困って娘を見下ろす。エルシーも父親を見上げるが、首を横に振る。
「あなたもここに来たばかりで疲れているだろう。食事も部屋に運ばせるから、部屋に戻りなさい」
「いえ。大丈夫です」
「大丈夫という顔をしていないから、そう言っている。大丈夫だと言うのであれば、泣いた理由を話しなさい。そうでなければ、ここにいる皆が納得しない」
オネルヴァは涙が止まるように、唇を引き締めた。不覚にも泣いてしまったことで、この場にいるたくさんの人に迷惑をかけている。
「嬉しかったのです……」
その言葉に、イグナーツは眉をひそめた。
「エルシーに好きだと言われて、嬉しかったのです」
だから自然と涙が零れた。誰かに好きだと言われたことなど、記憶のある限り、初めてである。
「初めてでしたので……」
「そうか」
呆れてしまっただろうか。
オネルヴァは恐る恐る顔をあげた。彼は困ったように目尻を下げている。
ずきっと胸の奥が痛んだ。なぜ、胸が痛むのかもわからない。
「エルシーを受け入れてくれてありがとう。俺にとってもかけがえのない存在だ」
「わたくしのほうこそ、エルシーと出会える機会を作っていただき、ありがとうございます」
右手にあたたかくて柔らかいものが触れる。
「お母さま?」
エルシーが満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう、エルシー」
エルシーはもう片方の手でイグナーツの手を握りしめた。
「エルシーは、こうやってお父さまとお母さまと手をつなぎたかったんです」
うふふと声をあげている。
イグナーツは呆れたように鼻で笑った。
「では、このまま食堂に向かおうか」
エルシーを真ん中にして、その両端にはイグナーツとオネルヴァ。端から見たら仲のよい親子に見えるだろう。むしろオネルヴァは、そう見えることを願っている。そして、そう思っている自身に、戸惑いを覚えた。
「エルシーは、こうやってお母さまと手をつなぐのが夢でした」
屈託のない笑顔でそう言われてしまうと、オネルヴァは戸惑いすら覚える。
ここにいていいのだろうか。なぜ彼らはこんなにも優しいのだろうか。
「お母さま。どうかしましたか?」
エルシーが下から顔を真剣な眼差しで覗いてくる。
「あっ、いいえ。どうもしません。わたくしが、エルシーのお母様で、よろしいのでしょうか?」
するとエルシーは茶色の目をくりくりっと大きく開いた。
「はい。エルシーはお母さまがよいです。お母さまはお父さまが好きな人、ですよね?」
そう問われると、どうなのだろう。
なにしろ、今日、初めて出会った相手だ。二人きりになったのも、先ほど部屋を案内されたとき。
「そうなると、よいのですが……」
これから生涯を共にするのであれば、嫌われるよりも好かれたほうがいい。
「エルシーはお母さまのことが大好きです」
真っすぐに言葉にされてしまうと、目頭が熱くなる。思わず、その場で立ち止まった。
「お母さま……。なぜ、泣いているのですか? エルシー、悪い子ですか?」
そう指摘され、オネルヴァは自分が涙を流していることに気がついた。
慌てて、頬を濡らす涙を拭う。側にいるヘニーとリサも慌てる。
「何事だ」
カツカツと響く足音を立ててやってきたのは、イグナーツである。
ヘニーとリサは、さっと身を引いた。
「お父さま」
「何があった?」
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彼は娘の肩に優しく手を回しながらも、オネルヴァの顔を覗き込んできた。
「いえ……。なんでもありません」
「なんでもなくても、君は泣くのか? エルシーが、何かしたのか?」
「申し訳、ありません。エルシーは悪くありません。すべては、わたくしが悪いのです」
イグナーツは困って娘を見下ろす。エルシーも父親を見上げるが、首を横に振る。
「あなたもここに来たばかりで疲れているだろう。食事も部屋に運ばせるから、部屋に戻りなさい」
「いえ。大丈夫です」
「大丈夫という顔をしていないから、そう言っている。大丈夫だと言うのであれば、泣いた理由を話しなさい。そうでなければ、ここにいる皆が納得しない」
オネルヴァは涙が止まるように、唇を引き締めた。不覚にも泣いてしまったことで、この場にいるたくさんの人に迷惑をかけている。
「嬉しかったのです……」
その言葉に、イグナーツは眉をひそめた。
「エルシーに好きだと言われて、嬉しかったのです」
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「初めてでしたので……」
「そうか」
呆れてしまっただろうか。
オネルヴァは恐る恐る顔をあげた。彼は困ったように目尻を下げている。
ずきっと胸の奥が痛んだ。なぜ、胸が痛むのかもわからない。
「エルシーを受け入れてくれてありがとう。俺にとってもかけがえのない存在だ」
「わたくしのほうこそ、エルシーと出会える機会を作っていただき、ありがとうございます」
右手にあたたかくて柔らかいものが触れる。
「お母さま?」
エルシーが満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう、エルシー」
エルシーはもう片方の手でイグナーツの手を握りしめた。
「エルシーは、こうやってお父さまとお母さまと手をつなぎたかったんです」
うふふと声をあげている。
イグナーツは呆れたように鼻で笑った。
「では、このまま食堂に向かおうか」
エルシーを真ん中にして、その両端にはイグナーツとオネルヴァ。端から見たら仲のよい親子に見えるだろう。むしろオネルヴァは、そう見えることを願っている。そして、そう思っている自身に、戸惑いを覚えた。
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