6 / 76
夫41歳、妻22歳、娘6歳(4)
しおりを挟む
先代から仕えている執事のパトリックの口調は、まるで我が子を自慢するかのようである。
「そうか……」
なぜか悔しい。イグナーツの知らないことをパトリックが知っているのが悔しい。
「エルシーは、お父さまにお手紙を書きました」
もじもじと身体をくねらせながら、恥ずかしそうにイグナーツの前に手紙を差し出した。
イグナーツはふるふると手を震わせながらそれを受け取ると、パトリックに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。
「エルシー。着替えてくる。夕食は一緒にとろう」
「はい」
エルシーは顔中に笑みを浮かべて大きく返事をした。
イグナーツが私室に戻ろうとすれば、侍女がエルシーの手を引いて、別室に連れて行こうとしていた。もしかしたら、食事のために着替えをするのかもしれない。今のドレスも似合っていたが、次はどのような格好を見せてくれるのか。
心の中でニヤニヤとしていたが、イグナーツはパトリックに伝えるべき内容を思い出す。
「パトリック、俺の部屋に……」
優秀な執事は、黙って指示に従う。
懐かしい私室に足を踏み入れたイグナーツは、エルシーからもらった手紙を机の上におくと、軍服の首元を緩めた。やっと息をつけた感じがする。
上着をパトリックに預け、着替えを受け取る。
着替えを終えたイグナーツは、ソファにどさりと身体を埋めた。
「お茶を準備いたします」
軍服を丁寧に吊るし終えたパトリックは、すぐにティーセットのワゴンを運び入れた。
イグナーツも若くはないが、パトリックはもっと若くない。なによりも、イグナーツの父親から仕えているのだ。
「無理はするな」
ついそのような言葉が口から出てしまう。
「とうとう旦那様も、私を年寄り扱いするようになりましたか」
からりと笑ったパトリックは、イグナーツの前にお茶を差し出した。
「お前も座れ」
イグナーツが顎でしゃくりながらそう言えば、彼も断れない。
失礼しますと、パトリックは向かい側に座った。
だがイグナーツから誘ったわりには、なかなか言い出しにくい。とりあえず目の前のお茶に手を伸ばし、喉を潤してから切り出すことにした。
「結婚をすることになった……」
ひっと息を呑んだパトリックは、これでもかというくらい大きく目を見開いた。何か言いたそうに口をぱくぱくとさせているが、言葉は出てこない。
「そんなに、驚くことか?」
ひゅっと空気の漏れる声が聞こえた。パトリックはなんとか必死で呼吸しようとしており、はぁと大きく息を吐いた。
「旦那様がとうとう……。このパトリック、旦那様のお子様をこの腕に抱くのが夢でした。もしや、その夢が叶うのでしょうか」
パトリックにそのような夢があったとは、イグナーツも知らなかった。だが、こうやって感傷に浸られていたら、話はすすまない。
「その相手が問題だ。そして王命だから、断れない」
自分の意思ではないという強調をしておく。そう、この結婚は王命である。
「どなたですか?」
今にも泣きそうであったパトリックも、イグナーツの言葉で相手が気になったようだ。少しだけ、身を乗り出してきた。
「キシュアス王国元第二王女、今は第一王女になるのか?」
その言葉に、パトリックは眉間に深く皺を刻んだ。ただでさえ皺の多い顔に、さらに皺が増える。
「お前……。もしかして、知っていたのか?」
パトリックはソファに深く座り直した。
「何を、ですか?」
「キシュアスに王女が二人いたことを」
パトリックが非常に長く息を吐く。それがイグナーツから見たら、わざとらしい。
「そうですね。先代がそのような話を口にしていたことがありましたので。二人目の王女が誕生したと聞いていたのに、いつの間にかいなくなっていると……。なるほど、そのお方が旦那様のお相手なのですね?」
「ああ。キシュアスから見たら、こちらに嫁がせるのは人質のようなものだろう」
「そうなりますね。ですが我々は、キシュアスの王女様であっても、喜んで奥様として受け入れます。たとえ旦那様がそれを望んでいなくても」
やはりイグナーツの気持ちは知られていた。
「そうか……」
なぜか悔しい。イグナーツの知らないことをパトリックが知っているのが悔しい。
「エルシーは、お父さまにお手紙を書きました」
もじもじと身体をくねらせながら、恥ずかしそうにイグナーツの前に手紙を差し出した。
イグナーツはふるふると手を震わせながらそれを受け取ると、パトリックに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。
「エルシー。着替えてくる。夕食は一緒にとろう」
「はい」
エルシーは顔中に笑みを浮かべて大きく返事をした。
イグナーツが私室に戻ろうとすれば、侍女がエルシーの手を引いて、別室に連れて行こうとしていた。もしかしたら、食事のために着替えをするのかもしれない。今のドレスも似合っていたが、次はどのような格好を見せてくれるのか。
心の中でニヤニヤとしていたが、イグナーツはパトリックに伝えるべき内容を思い出す。
「パトリック、俺の部屋に……」
優秀な執事は、黙って指示に従う。
懐かしい私室に足を踏み入れたイグナーツは、エルシーからもらった手紙を机の上におくと、軍服の首元を緩めた。やっと息をつけた感じがする。
上着をパトリックに預け、着替えを受け取る。
着替えを終えたイグナーツは、ソファにどさりと身体を埋めた。
「お茶を準備いたします」
軍服を丁寧に吊るし終えたパトリックは、すぐにティーセットのワゴンを運び入れた。
イグナーツも若くはないが、パトリックはもっと若くない。なによりも、イグナーツの父親から仕えているのだ。
「無理はするな」
ついそのような言葉が口から出てしまう。
「とうとう旦那様も、私を年寄り扱いするようになりましたか」
からりと笑ったパトリックは、イグナーツの前にお茶を差し出した。
「お前も座れ」
イグナーツが顎でしゃくりながらそう言えば、彼も断れない。
失礼しますと、パトリックは向かい側に座った。
だがイグナーツから誘ったわりには、なかなか言い出しにくい。とりあえず目の前のお茶に手を伸ばし、喉を潤してから切り出すことにした。
「結婚をすることになった……」
ひっと息を呑んだパトリックは、これでもかというくらい大きく目を見開いた。何か言いたそうに口をぱくぱくとさせているが、言葉は出てこない。
「そんなに、驚くことか?」
ひゅっと空気の漏れる声が聞こえた。パトリックはなんとか必死で呼吸しようとしており、はぁと大きく息を吐いた。
「旦那様がとうとう……。このパトリック、旦那様のお子様をこの腕に抱くのが夢でした。もしや、その夢が叶うのでしょうか」
パトリックにそのような夢があったとは、イグナーツも知らなかった。だが、こうやって感傷に浸られていたら、話はすすまない。
「その相手が問題だ。そして王命だから、断れない」
自分の意思ではないという強調をしておく。そう、この結婚は王命である。
「どなたですか?」
今にも泣きそうであったパトリックも、イグナーツの言葉で相手が気になったようだ。少しだけ、身を乗り出してきた。
「キシュアス王国元第二王女、今は第一王女になるのか?」
その言葉に、パトリックは眉間に深く皺を刻んだ。ただでさえ皺の多い顔に、さらに皺が増える。
「お前……。もしかして、知っていたのか?」
パトリックはソファに深く座り直した。
「何を、ですか?」
「キシュアスに王女が二人いたことを」
パトリックが非常に長く息を吐く。それがイグナーツから見たら、わざとらしい。
「そうですね。先代がそのような話を口にしていたことがありましたので。二人目の王女が誕生したと聞いていたのに、いつの間にかいなくなっていると……。なるほど、そのお方が旦那様のお相手なのですね?」
「ああ。キシュアスから見たら、こちらに嫁がせるのは人質のようなものだろう」
「そうなりますね。ですが我々は、キシュアスの王女様であっても、喜んで奥様として受け入れます。たとえ旦那様がそれを望んでいなくても」
やはりイグナーツの気持ちは知られていた。
43
お気に入りに追加
1,289
あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる