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夫41歳、妻22歳、娘6歳(4)
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先代から仕えている執事のパトリックの口調は、まるで我が子を自慢するかのようである。
「そうか……」
なぜか悔しい。イグナーツの知らないことをパトリックが知っているのが悔しい。
「エルシーは、お父さまにお手紙を書きました」
もじもじと身体をくねらせながら、恥ずかしそうにイグナーツの前に手紙を差し出した。
イグナーツはふるふると手を震わせながらそれを受け取ると、パトリックに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。
「エルシー。着替えてくる。夕食は一緒にとろう」
「はい」
エルシーは顔中に笑みを浮かべて大きく返事をした。
イグナーツが私室に戻ろうとすれば、侍女がエルシーの手を引いて、別室に連れて行こうとしていた。もしかしたら、食事のために着替えをするのかもしれない。今のドレスも似合っていたが、次はどのような格好を見せてくれるのか。
心の中でニヤニヤとしていたが、イグナーツはパトリックに伝えるべき内容を思い出す。
「パトリック、俺の部屋に……」
優秀な執事は、黙って指示に従う。
懐かしい私室に足を踏み入れたイグナーツは、エルシーからもらった手紙を机の上におくと、軍服の首元を緩めた。やっと息をつけた感じがする。
上着をパトリックに預け、着替えを受け取る。
着替えを終えたイグナーツは、ソファにどさりと身体を埋めた。
「お茶を準備いたします」
軍服を丁寧に吊るし終えたパトリックは、すぐにティーセットのワゴンを運び入れた。
イグナーツも若くはないが、パトリックはもっと若くない。なによりも、イグナーツの父親から仕えているのだ。
「無理はするな」
ついそのような言葉が口から出てしまう。
「とうとう旦那様も、私を年寄り扱いするようになりましたか」
からりと笑ったパトリックは、イグナーツの前にお茶を差し出した。
「お前も座れ」
イグナーツが顎でしゃくりながらそう言えば、彼も断れない。
失礼しますと、パトリックは向かい側に座った。
だがイグナーツから誘ったわりには、なかなか言い出しにくい。とりあえず目の前のお茶に手を伸ばし、喉を潤してから切り出すことにした。
「結婚をすることになった……」
ひっと息を呑んだパトリックは、これでもかというくらい大きく目を見開いた。何か言いたそうに口をぱくぱくとさせているが、言葉は出てこない。
「そんなに、驚くことか?」
ひゅっと空気の漏れる声が聞こえた。パトリックはなんとか必死で呼吸しようとしており、はぁと大きく息を吐いた。
「旦那様がとうとう……。このパトリック、旦那様のお子様をこの腕に抱くのが夢でした。もしや、その夢が叶うのでしょうか」
パトリックにそのような夢があったとは、イグナーツも知らなかった。だが、こうやって感傷に浸られていたら、話はすすまない。
「その相手が問題だ。そして王命だから、断れない」
自分の意思ではないという強調をしておく。そう、この結婚は王命である。
「どなたですか?」
今にも泣きそうであったパトリックも、イグナーツの言葉で相手が気になったようだ。少しだけ、身を乗り出してきた。
「キシュアス王国元第二王女、今は第一王女になるのか?」
その言葉に、パトリックは眉間に深く皺を刻んだ。ただでさえ皺の多い顔に、さらに皺が増える。
「お前……。もしかして、知っていたのか?」
パトリックはソファに深く座り直した。
「何を、ですか?」
「キシュアスに王女が二人いたことを」
パトリックが非常に長く息を吐く。それがイグナーツから見たら、わざとらしい。
「そうですね。先代がそのような話を口にしていたことがありましたので。二人目の王女が誕生したと聞いていたのに、いつの間にかいなくなっていると……。なるほど、そのお方が旦那様のお相手なのですね?」
「ああ。キシュアスから見たら、こちらに嫁がせるのは人質のようなものだろう」
「そうなりますね。ですが我々は、キシュアスの王女様であっても、喜んで奥様として受け入れます。たとえ旦那様がそれを望んでいなくても」
やはりイグナーツの気持ちは知られていた。
「そうか……」
なぜか悔しい。イグナーツの知らないことをパトリックが知っているのが悔しい。
「エルシーは、お父さまにお手紙を書きました」
もじもじと身体をくねらせながら、恥ずかしそうにイグナーツの前に手紙を差し出した。
イグナーツはふるふると手を震わせながらそれを受け取ると、パトリックに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。
「エルシー。着替えてくる。夕食は一緒にとろう」
「はい」
エルシーは顔中に笑みを浮かべて大きく返事をした。
イグナーツが私室に戻ろうとすれば、侍女がエルシーの手を引いて、別室に連れて行こうとしていた。もしかしたら、食事のために着替えをするのかもしれない。今のドレスも似合っていたが、次はどのような格好を見せてくれるのか。
心の中でニヤニヤとしていたが、イグナーツはパトリックに伝えるべき内容を思い出す。
「パトリック、俺の部屋に……」
優秀な執事は、黙って指示に従う。
懐かしい私室に足を踏み入れたイグナーツは、エルシーからもらった手紙を机の上におくと、軍服の首元を緩めた。やっと息をつけた感じがする。
上着をパトリックに預け、着替えを受け取る。
着替えを終えたイグナーツは、ソファにどさりと身体を埋めた。
「お茶を準備いたします」
軍服を丁寧に吊るし終えたパトリックは、すぐにティーセットのワゴンを運び入れた。
イグナーツも若くはないが、パトリックはもっと若くない。なによりも、イグナーツの父親から仕えているのだ。
「無理はするな」
ついそのような言葉が口から出てしまう。
「とうとう旦那様も、私を年寄り扱いするようになりましたか」
からりと笑ったパトリックは、イグナーツの前にお茶を差し出した。
「お前も座れ」
イグナーツが顎でしゃくりながらそう言えば、彼も断れない。
失礼しますと、パトリックは向かい側に座った。
だがイグナーツから誘ったわりには、なかなか言い出しにくい。とりあえず目の前のお茶に手を伸ばし、喉を潤してから切り出すことにした。
「結婚をすることになった……」
ひっと息を呑んだパトリックは、これでもかというくらい大きく目を見開いた。何か言いたそうに口をぱくぱくとさせているが、言葉は出てこない。
「そんなに、驚くことか?」
ひゅっと空気の漏れる声が聞こえた。パトリックはなんとか必死で呼吸しようとしており、はぁと大きく息を吐いた。
「旦那様がとうとう……。このパトリック、旦那様のお子様をこの腕に抱くのが夢でした。もしや、その夢が叶うのでしょうか」
パトリックにそのような夢があったとは、イグナーツも知らなかった。だが、こうやって感傷に浸られていたら、話はすすまない。
「その相手が問題だ。そして王命だから、断れない」
自分の意思ではないという強調をしておく。そう、この結婚は王命である。
「どなたですか?」
今にも泣きそうであったパトリックも、イグナーツの言葉で相手が気になったようだ。少しだけ、身を乗り出してきた。
「キシュアス王国元第二王女、今は第一王女になるのか?」
その言葉に、パトリックは眉間に深く皺を刻んだ。ただでさえ皺の多い顔に、さらに皺が増える。
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「そうですね。先代がそのような話を口にしていたことがありましたので。二人目の王女が誕生したと聞いていたのに、いつの間にかいなくなっていると……。なるほど、そのお方が旦那様のお相手なのですね?」
「ああ。キシュアスから見たら、こちらに嫁がせるのは人質のようなものだろう」
「そうなりますね。ですが我々は、キシュアスの王女様であっても、喜んで奥様として受け入れます。たとえ旦那様がそれを望んでいなくても」
やはりイグナーツの気持ちは知られていた。
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