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夫41歳、妻22歳、娘6歳(3)
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彼女が眠りながら母親を呼ぶたびに、やるせない思いが心の中を支配した。
イグナーツでは彼女の母親にはなれない。女性特有の身体や繊細な感情など、軍人であるイグナーツにはわからないのだ。
「どちらにしろ、この結婚は君には断れない。だからこそ娘のためだと思って、これを快く受け入れろ」
それが頑なに結婚しないと言い張っていたイグナーツへの、王なりの優しさなのだろう。
「わかった。エルシーのために、この結婚を……受け入れる……」
イグナーツは、腹の底からやっとその言葉を絞り出した。
「よし。そうとなれば、早速向こうに返事をしよう」
そう言っている王だが、初めからこの婚姻は決まっていたようなものだろう。褒賞として、人質として、キシュアス王国の王女をゼセール王国に嫁がせる。
なにしろ、『無力』の王女なのだ。
キシュアス王国では不要な存在だったかもしれないが、イグナーツにとっては喉から手が出るほど必要な存在である。だからこそ、この結婚の打診をされた。それでも彼は、断りたかった。
キシュアス王国内の革命が成功し、王が代わって一か月が過ぎた。あの革命には、ゼセール王国からも援軍を送っており、その指揮を執ったのがイグナーツである。それは、キシュアスがゼセールの北側にある国であるため、援軍として派遣したのがイグナーツ率いる北軍であったからだ。
また、ゼセール王国軍が行ったのは、革命への後押しだけではない。
荒れていた王都テシェバの生活を立て直すために力を貸し、政策を打ち出した。それが軌道にのり、すべてをキシュアス王国の関係者に任せられると判断したところで、軍を引き上げた。
その報告をゼセール王にしたところ、結婚の話である。
キシュアス王国に数か月間滞在していたイグナーツであるが、元第二王女の話はさっぱりと聞こえてこなかった。まして、その第二王女が現国王の養女になったなど、寝耳に水である。
情報をうまく操作されていたのか、隠されていたのか。
とにかく、イグナーツたちのおかげでキシュアス王国も立ち直りの一歩を踏み出した。その功績をたたえ、キシュアス王国内に滞在していた軍関係者は、長い休暇をもらえることになっている。イグナーツもその対象の一人であった。
だが、沸いてきたような結婚の話。休暇中は、この結婚の準備などで忙殺されて終わるのだろう。
やや気が重いまま、イグナーツは帰路につく。
ゼセール王国の王都には、貴族たちの別邸が立ち並ぶ地区と、市民たちの住宅の並ぶ地区がある。王城を中心に扇形に広がる王都は、王城に近い場所ほど貴族たちが多く住んでいた。
その一角にイグナーツの別邸はあった。白い外壁の凹凸の少ない建物で、いかにも別邸とわかるような造りである。この場所には同じような建物が多い。他の建物と差別をしようと思うのであれば、屋根の色や窓枠の色を変えるくらいだろう。イグナーツの別邸は、緑色の屋根と緑色の窓枠が目立つ建物である。
「ただいま帰った」
王都にある別邸では、娘のエルシーが使用人たちに囲まれて暮らしている。
娘をおいて長期間不在にするのには不安があったが、彼女を理由に仕事を疎かにするわけにもいかない。それに、使用人たちは長くイグナーツに仕えており、信用できる者たちだ。
「お父さま、おかえりなさいませ」
フリルのついた薄紅色のドレスに身を包んだエルシーが、パタパタと駆け寄ってきた。二つに結わえているふわふわと輝く金色の髪は、イグナーツのくたびれた灰色の髪とは似ても似つかない。彼女の髪は母親の血を受け継いだものである。ただ茶色の大きな目だけは、ブレンバリ家の特徴といえるだろう。
「ただいま。元気にしていたか、エルシー」
「はい。エルシーは、おりこうにしていました」
「旦那様。エルシーお嬢様は、字が書けるようになられたのですよ」
イグナーツでは彼女の母親にはなれない。女性特有の身体や繊細な感情など、軍人であるイグナーツにはわからないのだ。
「どちらにしろ、この結婚は君には断れない。だからこそ娘のためだと思って、これを快く受け入れろ」
それが頑なに結婚しないと言い張っていたイグナーツへの、王なりの優しさなのだろう。
「わかった。エルシーのために、この結婚を……受け入れる……」
イグナーツは、腹の底からやっとその言葉を絞り出した。
「よし。そうとなれば、早速向こうに返事をしよう」
そう言っている王だが、初めからこの婚姻は決まっていたようなものだろう。褒賞として、人質として、キシュアス王国の王女をゼセール王国に嫁がせる。
なにしろ、『無力』の王女なのだ。
キシュアス王国では不要な存在だったかもしれないが、イグナーツにとっては喉から手が出るほど必要な存在である。だからこそ、この結婚の打診をされた。それでも彼は、断りたかった。
キシュアス王国内の革命が成功し、王が代わって一か月が過ぎた。あの革命には、ゼセール王国からも援軍を送っており、その指揮を執ったのがイグナーツである。それは、キシュアスがゼセールの北側にある国であるため、援軍として派遣したのがイグナーツ率いる北軍であったからだ。
また、ゼセール王国軍が行ったのは、革命への後押しだけではない。
荒れていた王都テシェバの生活を立て直すために力を貸し、政策を打ち出した。それが軌道にのり、すべてをキシュアス王国の関係者に任せられると判断したところで、軍を引き上げた。
その報告をゼセール王にしたところ、結婚の話である。
キシュアス王国に数か月間滞在していたイグナーツであるが、元第二王女の話はさっぱりと聞こえてこなかった。まして、その第二王女が現国王の養女になったなど、寝耳に水である。
情報をうまく操作されていたのか、隠されていたのか。
とにかく、イグナーツたちのおかげでキシュアス王国も立ち直りの一歩を踏み出した。その功績をたたえ、キシュアス王国内に滞在していた軍関係者は、長い休暇をもらえることになっている。イグナーツもその対象の一人であった。
だが、沸いてきたような結婚の話。休暇中は、この結婚の準備などで忙殺されて終わるのだろう。
やや気が重いまま、イグナーツは帰路につく。
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その一角にイグナーツの別邸はあった。白い外壁の凹凸の少ない建物で、いかにも別邸とわかるような造りである。この場所には同じような建物が多い。他の建物と差別をしようと思うのであれば、屋根の色や窓枠の色を変えるくらいだろう。イグナーツの別邸は、緑色の屋根と緑色の窓枠が目立つ建物である。
「ただいま帰った」
王都にある別邸では、娘のエルシーが使用人たちに囲まれて暮らしている。
娘をおいて長期間不在にするのには不安があったが、彼女を理由に仕事を疎かにするわけにもいかない。それに、使用人たちは長くイグナーツに仕えており、信用できる者たちだ。
「お父さま、おかえりなさいませ」
フリルのついた薄紅色のドレスに身を包んだエルシーが、パタパタと駆け寄ってきた。二つに結わえているふわふわと輝く金色の髪は、イグナーツのくたびれた灰色の髪とは似ても似つかない。彼女の髪は母親の血を受け継いだものである。ただ茶色の大きな目だけは、ブレンバリ家の特徴といえるだろう。
「ただいま。元気にしていたか、エルシー」
「はい。エルシーは、おりこうにしていました」
「旦那様。エルシーお嬢様は、字が書けるようになられたのですよ」
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