3 / 76
夫41歳、妻22歳、娘6歳(1)
しおりを挟む
いつ来てもこの場所は居心地が悪い。それは部屋の雰囲気が悪いのではなく、間違いなく目の前にいる人物が原因である。
深みのある茶色を基調としているため、落ち着いた雰囲気ではあるが、この部屋には窓がない。彼はこの場所を幾度となく訪れている。
それはイグナーツがゼセール王国軍の将軍と呼ばれる立場にあるからだ。彼は王国軍の北軍を指揮していることから、北の将軍と呼ばれるときもある。
落ち着かない様子を誤魔化すために、目の前のカップに手を伸ばした。
「イグナーツ・ブレンバリよ」
カップ越しに名を呼んだ人物に視線を向ける。
イグナーツよりも三歳ほど年上の男は、朗らかな笑みを浮かべており、その年齢を感じさせない。金色に輝く髪にも艶があり、張りのある肌には皺ひとつない。
「結婚してくれ」
イグナーツは、飲み込もうとしていたお茶を、ぶふぉっと思いっきり噴き出した。
側に控えていた侍従がすぐさま駆け寄り、彼の粗相を無表情で片づける。
「なにも、私と結婚してほしいと言っているわけではないぞ?」
目の前の男――ゼセール王は、目を細くしてははっと笑っている。
イグナーツは侍従から受け取った手巾で鼻と口元を覆った。その二つから、何かが出た。
「悪いが、君に拒否権はない。これは王命だ。これに背けば、君を反逆罪として捕らえるからな」
まるで脅しのような言葉であるが、本当に脅しているのだろう。
「君が捕らえられたらどうなる? 君の娘……いくつになったのかな?」
イグナーツ一人の問題であれば、反逆罪と言われようがこの縁談を断り、国外逃亡をはかっていたかもしれない。いや、実際にする気はないのだが、それだけ結婚をしたくないという意味だ。
だが、娘のことまで持ち出されてしまったら、間違いなく国外逃亡などできるわけもなく、反論する余地もない。
「六歳になりました」
「かわいい盛りだね。言葉も覚え、字を書き始め、よく喋る。無垢な子は、本当に癒される」
うっとりとしている王は、今では思春期真っ只中の一番下の娘を想っているようだ。最近、蛆虫を見るような視線を投げかけられると言ってぼやいていたのは、いつだったろうか。
「娘となれば、これから大変になるだろう?」
目の前の王が言うと、妙に説得力があるから不思議である。
「娘のためにも母親は必要なのではないか?」
娘を出されてしまったら、イグナーツはぐうの音も出ない。もちろん、反論などできるわけがないし、する気もない。
娘はかわいい。目の中にいれても痛くないほど、かわいい。壁の影に隠れて彼女の様子を覗き見していたら、執事に咎められてしまったほど、かわいい。
「おい。顔がにやけているぞ?」
指摘され、イグナーツは頬をぺしゃりと叩き引き締めた。
「そういうわけだ。だから、結婚しろ。先のキシュアス王国との件、ご苦労だった。それの褒賞だと思ってくれればいい」
いらぬ褒賞である。
「念のため言うが、私とではないぞ?」
王はその冗談を気に入ったのだろうか。
「君の相手はキシュアス王国の元第二王女」
「もと?」
キシュアス王国は、数日前に王が代わったばかりだ。それにはイグナーツもかかわっている。
「そう、前王の娘だな。現王には息子しかいない」
「前王の関係者は、全員、処刑したか修道院に送ったのではないのか?」
王妃や王子妃などは、最も規律が厳しいと言われている国境にある修道院に送ったと報告を受けている。
「それに、前王には王子が二人と王女が一人。その王女も降嫁したはずでは?」
「さすがに知っていたか」
深みのある茶色を基調としているため、落ち着いた雰囲気ではあるが、この部屋には窓がない。彼はこの場所を幾度となく訪れている。
それはイグナーツがゼセール王国軍の将軍と呼ばれる立場にあるからだ。彼は王国軍の北軍を指揮していることから、北の将軍と呼ばれるときもある。
落ち着かない様子を誤魔化すために、目の前のカップに手を伸ばした。
「イグナーツ・ブレンバリよ」
カップ越しに名を呼んだ人物に視線を向ける。
イグナーツよりも三歳ほど年上の男は、朗らかな笑みを浮かべており、その年齢を感じさせない。金色に輝く髪にも艶があり、張りのある肌には皺ひとつない。
「結婚してくれ」
イグナーツは、飲み込もうとしていたお茶を、ぶふぉっと思いっきり噴き出した。
側に控えていた侍従がすぐさま駆け寄り、彼の粗相を無表情で片づける。
「なにも、私と結婚してほしいと言っているわけではないぞ?」
目の前の男――ゼセール王は、目を細くしてははっと笑っている。
イグナーツは侍従から受け取った手巾で鼻と口元を覆った。その二つから、何かが出た。
「悪いが、君に拒否権はない。これは王命だ。これに背けば、君を反逆罪として捕らえるからな」
まるで脅しのような言葉であるが、本当に脅しているのだろう。
「君が捕らえられたらどうなる? 君の娘……いくつになったのかな?」
イグナーツ一人の問題であれば、反逆罪と言われようがこの縁談を断り、国外逃亡をはかっていたかもしれない。いや、実際にする気はないのだが、それだけ結婚をしたくないという意味だ。
だが、娘のことまで持ち出されてしまったら、間違いなく国外逃亡などできるわけもなく、反論する余地もない。
「六歳になりました」
「かわいい盛りだね。言葉も覚え、字を書き始め、よく喋る。無垢な子は、本当に癒される」
うっとりとしている王は、今では思春期真っ只中の一番下の娘を想っているようだ。最近、蛆虫を見るような視線を投げかけられると言ってぼやいていたのは、いつだったろうか。
「娘となれば、これから大変になるだろう?」
目の前の王が言うと、妙に説得力があるから不思議である。
「娘のためにも母親は必要なのではないか?」
娘を出されてしまったら、イグナーツはぐうの音も出ない。もちろん、反論などできるわけがないし、する気もない。
娘はかわいい。目の中にいれても痛くないほど、かわいい。壁の影に隠れて彼女の様子を覗き見していたら、執事に咎められてしまったほど、かわいい。
「おい。顔がにやけているぞ?」
指摘され、イグナーツは頬をぺしゃりと叩き引き締めた。
「そういうわけだ。だから、結婚しろ。先のキシュアス王国との件、ご苦労だった。それの褒賞だと思ってくれればいい」
いらぬ褒賞である。
「念のため言うが、私とではないぞ?」
王はその冗談を気に入ったのだろうか。
「君の相手はキシュアス王国の元第二王女」
「もと?」
キシュアス王国は、数日前に王が代わったばかりだ。それにはイグナーツもかかわっている。
「そう、前王の娘だな。現王には息子しかいない」
「前王の関係者は、全員、処刑したか修道院に送ったのではないのか?」
王妃や王子妃などは、最も規律が厳しいと言われている国境にある修道院に送ったと報告を受けている。
「それに、前王には王子が二人と王女が一人。その王女も降嫁したはずでは?」
「さすがに知っていたか」
42
お気に入りに追加
1,290
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

令嬢に雑に扱われ、捨てられた人形ですが、魂が宿ったので復讐します。
冬吹せいら
恋愛
令嬢のレオ―ラ・シティシマは、嫌なことがあると、すぐに人形に八つ当たりをしていた。
ある日、その人形が捨てられ、魔女に拾われる。
魔女は気まぐれに、人形を人に変えた。
人間になった人形は、復讐を誓うが……?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる