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プロローグ(2)

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「いや、俺の父、ラーデマケラス公爵」

 オネルヴァの目が大きく見開かれる。

「国王および王太子の首はとった。妃たちは修道院に送る」
「わたくしも……?」

 肩を震わせながらアルヴィドを見上げた。だが、頭の中は意外と冷静だった。

 父と兄が死んだ――。

 それを聞かされたのに、悲しみも怒りもなんの感情も沸いてこない。ただ、それを文字として受け止めるだけ。それでも少しだけ、信じられない気持ちもあった。

「君には利用価値がある。それに……君は捨てられた身だろう?」

 色めく唇を舌でなぞる彼の姿に、背筋がゾクッとした。ここにいるアルヴィドはオネルヴァの知っているアルヴィドではない。

 となれば、やはり国王を討ったというのも嘘ではないのだろう。

「俺の言葉に抵抗しなければ、何もしない。黙って俺についてこい」
「は、はい……。着替えは……」

 返事をしただけなのに、その声は震えていた。それに、今は人の前に出るような相応しい格好をしていない。布の擦り切れた灰色のナイトドレスに身を包んでいる。

「そのままでいい。今は時間が惜しい」

 オネルヴァは彼の言葉に従い、身体の向きをかえて寝台から下りようとしたが、昼間に打たれた肩がじくりと痛む。

「うっ……」

 痛んだ肩を庇う。

「また、打たれたのか……」

 アルヴィドの声は、どことなく優しかった。彼は上着を脱ぐと、オネルヴァの肩にそっとかける。

「外は冷える」

 アルヴィドはそのまま彼女を抱き上げた。彼女の顔に触れている藍白あいじろの髪を、片手で器用にさらりとはらう。

「君は……。相変わらず軽いな。食事はきちんととっていたのか?」

 上から降ってくる彼の声に、オネルヴァは頬を熱に包みながらコクリと頷いた。
 アルヴィドに抱かれたまま部屋を出る。
 カチャリカチャリと響く金属音が、オネルヴァの耳にはっきりと聞こえた。

「君には、隣国ゼセール王国に嫁いでもらう。まあ、いわゆる人質のようなものだな」
「わたくしでは、人質にならないのではありませんか?」

 それは人質になりたくないからこぼれた言葉ではない。オネルヴァには人質としての価値がないと思っているためだ。

「安心しろ。君は他の誰よりもその価値がある」

 アルヴィドはオネルヴァの言葉の意味をすぐに汲み取ったようだ。

「……ですが、わたくしは『無力』です」
「だからだよ。ゼセールではその力を欲している。君が向こうにいるかぎり、キシュアスとゼセールは良き関係を保てるだろう」

 くっくっとアルヴィドは喉の奥で笑った。それはこの状況を楽しんでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 階段をおりると、軍服を身に纏う男たちの姿がちらほらと視界に入った。
 彼らの着ている軍服の胸元には、ラーデマケラス家の紋章がある。彼らは一斉にアルヴィドに向かって頭を下げた。

「こちらの制圧も完了しました」
「ご苦労。俺もお目当ての姫を見つけたからね。君たちも次の持ち場に移動しなさい」

 軽やかな足取りでアルヴィドは外に出た。吹き付ける風から守るように、力強く彼女を抱きなおす。

「隣国に嫁ぐまで王宮で暮らしてもらう。理想の花嫁として、しっかりと教育を受けてもらわなければならないからな」

 人の叫び声が、風にのって聞こえてくる。

「キシュアス王は、私腹のために巨額の国家資金を使い込んでいた。今、この国の国家財政は破綻しかけている。君は知らないだろうが、街は酷い状態だ。だから俺たちは、キシュアス国王の首をとり、国王をすり替えることにした」

 まるで、この国の成り立ちを語るような、淡々とした口調である。

「今回の革命に手を貸してくれたのが、ゼセール王国だ。財政の立て直しのためにも、援助の約束を取りつけた」

 オネルヴァはアルヴィドの顔を見上げた。彼の後ろには、いくつもの星が瞬いている。

「その代わり、ゼセールは君を欲してきた。キシュアスのために、ゼセールに嫁いでくれ」

 苦しそうに微笑むアルヴィドの金色の髪は、夜風によってさわさわと揺れていた。
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