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16.彼女たちの招待を受けた日(4)
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「いえ……。殿下は、まだお気づきになられていないのですね。この国の、地方の現状に」
「なんだと?」
「テルキは危険ですので、このままこの馬車で休んでもらいます」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りですよ」
アルフィーの言葉が聞こえているのかいないのかわからないが、コリーンがきゅっとクロヴィスの腕を握る。
「殿下。王都はまだいいのです。ですがね、地方の街は食料が乏しく。みな、今日を生きるのにせいいっぱいなのです。原因はわかりませんが……今年の不作は異常だと言われているほどです」
目の前で淡々と語りかけるアルフィーが、クロヴィスの知っている彼とは別人のように思えてきた。
「知っていますか? ウリヤナ様がいなくなってからです。ウリヤナ様は、聖女として神殿で祈りを捧げ、イングラムの平和と安穏を願ってくださっていた」
「お前……何が言いたい?」
「わかりませんか? 殿下。殿下のせいで我々は聖女を失ったのです」
「聖女なら、ここにいるだろう? なぁ、コリーン?」
クロヴィスの声にコリーンはピクリと身体を震わせた。必死にしがみついて、顔を伏せている。
「殿下も疑っておられましたよね? コリーン様の力が偽物なのではと」
「……じゃない……。偽物、じゃない……」
「そうおっしゃるのなら、力を使ってこの状況をなんとかしたらいかがですか?」
アルフィーの声色は穏やかであるのに、どこか怒気が込められていた。
「力を使ったら、なくなるの。陛下がそうおっしゃった。ウリヤナは、力を使い過ぎて力を失ったって……」
「そんな陛下の戯言を、あなたは信じていたと?」
アルフィーが素早く、剣を抜いた。その剣先はクロヴィスに向かっている。
「アル……何を?」
「コリーン様の力を証明してもらいましょう」
剣先がクロヴィスの頬を撫でた。痛みが走り、つつっと何かが頬を濡らす。
「聖女様。大事な婚約者の顔に傷ができましたよ? 聖なる力で早く治してください」
「無理、無理……無理なのよ」
コリーンが立ち上がる。
「コリーン様」
「無理、無理なの。私、もう……」
馬車がガタンッと激しく揺れて止まった。
「きゃっ」
コリーンはその場に倒れ込んだ。
「何が起こったのだ?」
クロヴィスも立ち上がる。
「クロヴィス殿下……。あなたもコリーンも、終わりだということですよ」
アルフィーはクロヴィスに向けたままの剣を下げない。
「アル……何を血迷っている? 私にそのようなものを向けて」
「血迷っている? 私は正気ですよ。ただ、殿下のせいで私にもいろいろとあったということです」
「なんだと?」
「あなたは、ウリヤナ様を手に入れるために何をされました?」
アルフィーの紫紺の瞳が、クロヴィスを鋭く射抜く。
「あなたは、この国を背負って立つ人間になるというのに、ローレムバの魔術師と手を組みましたね?」
クロヴィスはひくりとこめかみを震わせた。
「ア、アル……何を言っている?」
「そうやってしらを切るつもりですか? カール子爵家が傾いた理由を私が知らないとでも? 私の名を使ったことも、私にバレないとでも思っていたのですか?」
うまくやったはずなのに、まさかアルフィーに知られていたとは――。
クロヴィスはゴクリと喉を上下させる。アルフィーはクロヴィスの駒だ。その駒が勝手に動くなど、あってはならない。
それなのに――。
馬車の入り口が大きく開かれ、黒尽くめの男たちが乗り込んできた。真っ暗な闇のような衣装を身に着ける者たち。どこか、イングラム国の人間とは異なる感じがする。
「あとは、任せます」
彼らにそう告げたアルフィーは、馬車から飛び降りた。
「なんだと?」
「テルキは危険ですので、このままこの馬車で休んでもらいます」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りですよ」
アルフィーの言葉が聞こえているのかいないのかわからないが、コリーンがきゅっとクロヴィスの腕を握る。
「殿下。王都はまだいいのです。ですがね、地方の街は食料が乏しく。みな、今日を生きるのにせいいっぱいなのです。原因はわかりませんが……今年の不作は異常だと言われているほどです」
目の前で淡々と語りかけるアルフィーが、クロヴィスの知っている彼とは別人のように思えてきた。
「知っていますか? ウリヤナ様がいなくなってからです。ウリヤナ様は、聖女として神殿で祈りを捧げ、イングラムの平和と安穏を願ってくださっていた」
「お前……何が言いたい?」
「わかりませんか? 殿下。殿下のせいで我々は聖女を失ったのです」
「聖女なら、ここにいるだろう? なぁ、コリーン?」
クロヴィスの声にコリーンはピクリと身体を震わせた。必死にしがみついて、顔を伏せている。
「殿下も疑っておられましたよね? コリーン様の力が偽物なのではと」
「……じゃない……。偽物、じゃない……」
「そうおっしゃるのなら、力を使ってこの状況をなんとかしたらいかがですか?」
アルフィーの声色は穏やかであるのに、どこか怒気が込められていた。
「力を使ったら、なくなるの。陛下がそうおっしゃった。ウリヤナは、力を使い過ぎて力を失ったって……」
「そんな陛下の戯言を、あなたは信じていたと?」
アルフィーが素早く、剣を抜いた。その剣先はクロヴィスに向かっている。
「アル……何を?」
「コリーン様の力を証明してもらいましょう」
剣先がクロヴィスの頬を撫でた。痛みが走り、つつっと何かが頬を濡らす。
「聖女様。大事な婚約者の顔に傷ができましたよ? 聖なる力で早く治してください」
「無理、無理……無理なのよ」
コリーンが立ち上がる。
「コリーン様」
「無理、無理なの。私、もう……」
馬車がガタンッと激しく揺れて止まった。
「きゃっ」
コリーンはその場に倒れ込んだ。
「何が起こったのだ?」
クロヴィスも立ち上がる。
「クロヴィス殿下……。あなたもコリーンも、終わりだということですよ」
アルフィーはクロヴィスに向けたままの剣を下げない。
「アル……何を血迷っている? 私にそのようなものを向けて」
「血迷っている? 私は正気ですよ。ただ、殿下のせいで私にもいろいろとあったということです」
「なんだと?」
「あなたは、ウリヤナ様を手に入れるために何をされました?」
アルフィーの紫紺の瞳が、クロヴィスを鋭く射抜く。
「あなたは、この国を背負って立つ人間になるというのに、ローレムバの魔術師と手を組みましたね?」
クロヴィスはひくりとこめかみを震わせた。
「ア、アル……何を言っている?」
「そうやってしらを切るつもりですか? カール子爵家が傾いた理由を私が知らないとでも? 私の名を使ったことも、私にバレないとでも思っていたのですか?」
うまくやったはずなのに、まさかアルフィーに知られていたとは――。
クロヴィスはゴクリと喉を上下させる。アルフィーはクロヴィスの駒だ。その駒が勝手に動くなど、あってはならない。
それなのに――。
馬車の入り口が大きく開かれ、黒尽くめの男たちが乗り込んできた。真っ暗な闇のような衣装を身に着ける者たち。どこか、イングラム国の人間とは異なる感じがする。
「あとは、任せます」
彼らにそう告げたアルフィーは、馬車から飛び降りた。
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