あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)

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16.彼女たちの招待を受けた日(3)

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「どうしたんだ? これは、断れない話だ。なぜ行けない? 理由を教えてくれないとわからないだろう?」
「……怖いのよ……」

 コリーンは自分の身体を両手で抱きしめる。

「怖いの。ここから出たら、みんな私を責める」
「責める? どうして?」
「みんなの声を無視してるから」

 その自覚はあるようだ。

「だったら、その声に応えればいいじゃないか。まずは近いところから、そして地方に足を伸ばせばいい。みんな、聖女が足を運ぶのを待っている。聖女の力を必要としているんだ」
「だけど、ダメなの……。聖なる力は、使ったらなくなっちゃうんだから。なくなったら、私はもう、にはいられない」
「聖なる力は、使ってもなくならない……」
「嘘よ。なくなる。だって、ウリヤナはそれを失ってここを追い出されたのでしょう? あなたから……」

 クロヴィスはぐっと拳を握った。怒りの感情をその中に閉じ込める。

「……追い出したわけではない。あの場には君もいただろう? ウリヤナは、ウリヤナなりにやりたいことがあったんだ」
「だけど、聖なる力は……」
「歴代の聖女たちで、力を失ったという前例はほとんどない。むしろ、ウリヤナくらいだ」

 だから大丈夫だと、彼女の耳元で優しくささやく。

「大丈夫?」

 無垢な子どものように、クロヴィスを見上げてくる。

「ああ、大丈夫だ。だから力を使ってもいい。きっと、みんな喜んでくれる」

 むしろ使ってくれないと困るというもの。

「……考えておくわ」

 コリーンからこの言葉を引き出せただけ、一歩前進とも言えるだろう。

「では、この招待状も出席の返事をしておくが、問題はないな?」
「……えぇ」

 そう返事をしたコリーンの身体は、小刻みに震えていた。




 イングラム国の王都ネーウから、ローレムバ国のザフロス辺境領までは馬車で丸三日かかる。
 いつもよりもみすぼらしい馬車に乗せられ、クロヴィスははたと思った。

「アル、ローレムバに向かうのにこのような馬車でよいのか?」
「殿下。今、我が国の状況はけしてよいとは言えません。いかにもといった目立つような行動をされますと、狙われてしまいます」

 アルフィーが真剣な顔でそう言えば、クロヴィスも納得する。とにかく、イングラム国内の状況は悪い。日に日に悪化していくのだが、今の状況において手の打ちようないのだから仕方ない。今、できることをせいいっぱいやっているつもりである。それでも間に合っていないのが現状でもある。

 コリーンはおそるおそるといった感じで馬車に乗っていた。そんな彼女の目はどことなく死んだ魚を思わせた。

 ここ最近の彼女は酷い。

 毎日、何かに怯えるかのようにして、王城で身を潜めている。その「何か」は民の声だ。力を使うことを考えておくと言った彼女だが、それがまだ行動に移せていない。クロヴィスもあきれてはいるが、無理強いするとまた面倒くさいことになりそうで、あれ以上強く言えなかった。

 今回のローレムバ国の訪問は、そんな彼女の気持ちを少しでも晴らせるのではないかと思っている。

 ガタガタと不規則に揺れに、身体も痛くなる。コリーンは、うとうととしながらクロヴィスに身体を預けていた。

 まずはテルキの街で一泊。そして国境の街ソクーレにある関所を越えれば、ローレムバ国となる。
 目的地のザフロス辺境領は、関所を越えればすぐそこだ。
 途中、休憩を取りながら馬車は進んでいく。
 休憩中に目にした土地が痩せていることに気がつく。

 そういえば、馬車の窓から見えた風景も、青々しさがない。

 王都を離れれば、地方の現状に胸が痛む。
 次第に日は沈んでいくものの、なかなか馬車は止まらない。テルキの街であれば、そろそろ到着してもいい時間である。

「アル。まだ、テルキには着かないのか?」
「そうですね」

 そう答えたアルフィーの様子がいささかおかしい。

「どうか、したのか?」
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