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14.彼女が命を育む日(1)

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 ウリヤナがローレムバ国にやってきてから、半年が経った。

 日に日に膨らむお腹を穏やかな気持ちで見守っていられるのも、隣にいるレナートのおかげだろう。
 レナートはローレムバ国の魔術師でありながら、ザフロス辺境伯という立派な爵位を持っていたのだ。人は見かけによらない。

「気分はどうだ?」

 ゆったりとしたソファに深く座っているウリヤナを労わるかのような、やさしい声が隣からかけられた。

「えぇ。悪くはないわ……ただ、お腹の子の元気がよすぎて」

 胎動も感じられるようになり、ぽこぽこと自分の意思とは異なる動きを見せているのが不思議でもある。

「元気なもんだな」

 彼は笑うと、目が糸のように細くなる。

「俺の魔力を注ぎたいのだが、大丈夫か?」
「大丈夫よ。いつもありがとう」
「俺の子だからな。当たり前だ」

 レナートの手がウリヤナの腹部に触れた。
 彼が父親になりたいと口にしたときは、もちろん驚いた。彼とはあのときに会ったばかりであったのに。それに、もちろん彼とは血の繋がりのない子になる。

 その意味を問うたところ。

『俺の国では、血の繋がりよりも魔力の繋がりを重視する』

 胎児のうちに魔力を注ぐことにより、その注いだ者の魔力に胎児が馴染むらしい。そうすることで同じような魔力になるのだとか。

 胎児に魔力を注ぐという話を始めて聞いたウリヤナにはピンとこなかった。だが、ローレムバに来て、それがここでは当たり前だと知る。

 特に今回は、レナートと胎児に血の繋がりがない。となれば、魔力が馴染むのに時間が必要となるため、妊娠初期から魔力を注ぐ必要があった。

 あのときも、ウリヤナの妊娠がわかったばかりだったから、間に合うと彼は思ったらしい。
 それに、彼自身の子が望めないという話も聞いた。

 不器用ながらも真っすぐに気持ちを向けられ、心がぽかぽかと明るくなったのを覚えている。

 今になって思えば、それが彼に惹かれた瞬間だったのかもしれない。
 彼から魔力を注がれると、腹部からじんわりとした温かさが全身へと広がっていく。最近では、これがあまりにも心地よ過ぎて、こっくりこっくりと船を漕いでしまう。

「……ん、終わったの?」

 夢か現かわからぬ世界から覚めると、隣で彼は魔導書を読んでいた。ウリヤナは、彼の肩に頭を預けていたようだ。

「ああ、終わった」
「終わったなら、声をかけてくれればいいのに」

 身体を真っすぐにして、腕を前に伸ばす。

「お前が気持ちよさそうに眠っていたから。起こすのはかわいそうかなと思ってね」

 いつの間にか、掛布まで準備されていた。きっと彼の優秀な侍従が、持ってきてくれたのだろう。彼が読んでいる魔導書もそうだ。

「気持ち悪くなったりとか、してないか?」
「大丈夫よ。最近、あなたにそうやって魔力を注がれると、気持ちがよくて」
「だから、寝てしまう?」

 その言い方がちょっとだけ意地悪な感じがしたので、ウリヤナは「そうね」と言って唇を尖らせる。

「怒らせてしまったのならすまない。そうではなくて……。何回やっても、魔力を注ぐのに慣れないんだ。だから、いつも気分を悪くさせていただろう?」

 レナートは毎日のように時間を見つけては、胎児に魔力を注ぎにくる。ウリヤナはそれを、どこか楽しみにしている。

 その行為はウリヤナがここに来てからすぐに始まった。日によっては、彼が不在のときもある。だからなのか、レナートはできるだけウリヤナと共に時間を過ごし、魔力を注いでいた。

 最初はくすぐったいとさえ感じていたその行為だが、何度も繰り返していくうちに慣れていくし、魔力を注がれている間にも、幾言か言葉を交わすようになる。

 お互いにとって計算的な結婚であったが、レナートはウリヤナの凍り付いた心を次第に溶かしていったのだ。
 不器用ながらもウリヤナを気遣うような些細な仕草。笑うと糸のように細くなる目。照れると赤くなる耳の下。
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