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12.彼女を手に入れた日(1)
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――聖女が現れました。
こっそりと耳打ちされたときには、目の前ではどこかの貴族の父娘がデビュタントの挨拶をしようとしたときだった。
「栄えある未来を心から祈っている」
何度口にしたかわからないその言葉を、感情を込めずに言い放つ。
目の前の父娘は、嬉しそうに顔をほころばせてその場を去る。
イングラム国の国王であるデイヴィスは、今すぐここを立ち去りたかった。そしてそのまま、聖女と認定された彼女を、こちら側に取り込みたかった。
だが、今日はデビュタントを迎えた少女たちに、祝福の言葉を授けなければならない。
イライラとする気持ちをやり過ごしながら、決まりきった言葉を口にし続けた。
聖女が現れたという報告は、それのみだった。他にも数人の少女たちが成人を迎え、魔力鑑定を受けたはずだ。だけど聖なる力を持つ女性は、たった一人。
いや、一人でも現れたのだからよかったのかもしれない。ここ十数年は、聖女と呼ばれる女性は不在だったのだ。
どんな理由で、何がきっかけで、彼女たちが聖なる力を備えるかはわからない。まさしく、神のみぞ知る世界なのだろう。
聖なる力を持つ女性がウリヤナ・カールであると知ったのは、それから十日後のことだった。彼女は神殿に入ることを決めたらしい。
デイヴィスは小さく舌打ちをした。間に合わなかった。
聖なる力があるとされても、神殿に入るのは強制ではない。だからデイヴィスは、彼女を王城側で保護しようとしたのだ。そう、保護である。
神殿に入れば奪われてしまうだろう聖なる力を維持するために、聖女を王城で保護するのだ。
それが間に合わなかった。
「父上」
執務室にやってきたのは、クロヴィスである。
「ウリヤナの話を聞きましたか?」
「あぁ」
クロヴィスもその話を聞いたのだろう。だからわざわざここに足を向けたのだ。
「聖女を輩出した家には、聖女褒賞金が支払われるわけですよね?」
「そうだ……。それが、何か問題か?」
「……いえ」
聖女褒賞金とは、聖女が神殿に入ると、その聖女を輩出した家に支払われる褒賞金のことである。
聖女が神殿に入るのに、褒賞金を支払うのは国なのだ。
クロヴィスは何か言いたげに唇を震わせるが、それが言葉になることはなかった。
「では、失礼します……」
頭を下げると、自慢の金色の髪がさらっと音もなく揺れた。
そんな彼の背を見送る。それは、どこか物寂しい感じがする背中であった。
こんなクロヴィスを目にしたことがない。
何に寂しさを感じているのか。
何を話題にしていたか。
そう考えると、彼にそんな顔をさせる人物は一人しか心当たりがない。
なるほどと、心の中で呟く。
つまり、クロヴィスを使って、聖女をこちら側に取り込めばいいのだ。むしろ、神殿に閉じ込められてしまう彼女を救い出そうとしているだけ。
だが、時期尚早であってはならない。何事もタイミングは重要だろう。
デイヴィスは、執務机の上に並べてある聖女に関する書類を手に取った。一字一字、かみしめるかのように、じっくりと視線を這わせる。
ウリヤナ・カール、十六歳。カール子爵家の長女。二歳下の弟がいる。
それからカール子爵家の現状。ここ一年で、資産が目減りしているのが目に入った。
だから彼女は、神殿に入る決心をしたのだろう。
その理由さえ知れば、彼女を手にいることなど容易い。
書類を手にしたまま、デイヴィスはほくそ笑んだ。
デイヴィスが動き始めたのは、それから半年後だった。
聖女ウリヤナの噂は彼の耳にも届いてくる。
日照りの多い村へ行っては雨を降らせ、洪水で悩む街へ行っては水の動きを変え、流行り病が蔓延する町へ行ってはその根源を断つ。
まるで奇跡と呼ばれるような、耳を疑うような事実が飛び込んでくる。
しかし、それが『聖なる力』なのだ。人々を痛みと苦しみから解放し、神の力を借りて奇跡を起こす。
こっそりと耳打ちされたときには、目の前ではどこかの貴族の父娘がデビュタントの挨拶をしようとしたときだった。
「栄えある未来を心から祈っている」
何度口にしたかわからないその言葉を、感情を込めずに言い放つ。
目の前の父娘は、嬉しそうに顔をほころばせてその場を去る。
イングラム国の国王であるデイヴィスは、今すぐここを立ち去りたかった。そしてそのまま、聖女と認定された彼女を、こちら側に取り込みたかった。
だが、今日はデビュタントを迎えた少女たちに、祝福の言葉を授けなければならない。
イライラとする気持ちをやり過ごしながら、決まりきった言葉を口にし続けた。
聖女が現れたという報告は、それのみだった。他にも数人の少女たちが成人を迎え、魔力鑑定を受けたはずだ。だけど聖なる力を持つ女性は、たった一人。
いや、一人でも現れたのだからよかったのかもしれない。ここ十数年は、聖女と呼ばれる女性は不在だったのだ。
どんな理由で、何がきっかけで、彼女たちが聖なる力を備えるかはわからない。まさしく、神のみぞ知る世界なのだろう。
聖なる力を持つ女性がウリヤナ・カールであると知ったのは、それから十日後のことだった。彼女は神殿に入ることを決めたらしい。
デイヴィスは小さく舌打ちをした。間に合わなかった。
聖なる力があるとされても、神殿に入るのは強制ではない。だからデイヴィスは、彼女を王城側で保護しようとしたのだ。そう、保護である。
神殿に入れば奪われてしまうだろう聖なる力を維持するために、聖女を王城で保護するのだ。
それが間に合わなかった。
「父上」
執務室にやってきたのは、クロヴィスである。
「ウリヤナの話を聞きましたか?」
「あぁ」
クロヴィスもその話を聞いたのだろう。だからわざわざここに足を向けたのだ。
「聖女を輩出した家には、聖女褒賞金が支払われるわけですよね?」
「そうだ……。それが、何か問題か?」
「……いえ」
聖女褒賞金とは、聖女が神殿に入ると、その聖女を輩出した家に支払われる褒賞金のことである。
聖女が神殿に入るのに、褒賞金を支払うのは国なのだ。
クロヴィスは何か言いたげに唇を震わせるが、それが言葉になることはなかった。
「では、失礼します……」
頭を下げると、自慢の金色の髪がさらっと音もなく揺れた。
そんな彼の背を見送る。それは、どこか物寂しい感じがする背中であった。
こんなクロヴィスを目にしたことがない。
何に寂しさを感じているのか。
何を話題にしていたか。
そう考えると、彼にそんな顔をさせる人物は一人しか心当たりがない。
なるほどと、心の中で呟く。
つまり、クロヴィスを使って、聖女をこちら側に取り込めばいいのだ。むしろ、神殿に閉じ込められてしまう彼女を救い出そうとしているだけ。
だが、時期尚早であってはならない。何事もタイミングは重要だろう。
デイヴィスは、執務机の上に並べてある聖女に関する書類を手に取った。一字一字、かみしめるかのように、じっくりと視線を這わせる。
ウリヤナ・カール、十六歳。カール子爵家の長女。二歳下の弟がいる。
それからカール子爵家の現状。ここ一年で、資産が目減りしているのが目に入った。
だから彼女は、神殿に入る決心をしたのだろう。
その理由さえ知れば、彼女を手にいることなど容易い。
書類を手にしたまま、デイヴィスはほくそ笑んだ。
デイヴィスが動き始めたのは、それから半年後だった。
聖女ウリヤナの噂は彼の耳にも届いてくる。
日照りの多い村へ行っては雨を降らせ、洪水で悩む街へ行っては水の動きを変え、流行り病が蔓延する町へ行ってはその根源を断つ。
まるで奇跡と呼ばれるような、耳を疑うような事実が飛び込んでくる。
しかし、それが『聖なる力』なのだ。人々を痛みと苦しみから解放し、神の力を借りて奇跡を起こす。
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