あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)

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9.彼女と別れた日(4)

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 そんな彼女の背をイーモンだけは冷めた目で見ていた。

 さらにカール子爵に追い打ちをかけるような出来事があったのは、ウリヤナが神殿にいってから一年後のことである。

 ウリヤナとクロヴィスの婚約が決まったのだ。
 聖女となったウリヤナの婚約に、カール子爵家の意向など確認されない。王家と神殿での話し合いで決められたのだろう。

 あのときにやんわりと断った縁談が、再浮上するとは思ってもいなかった。だが彼女は、他の令嬢の誰よりも、王太子の婚約者として相応しい身分を手に入れてしまった。
 すなわち、それが聖女――。

 胸がギリギリと締め付けられるように痛み、呼吸がうまくできなかった。




 手元には、ウリヤナから届いた一通の手紙がある。
 それは彼女の近況を知らせるものだった。

「あなた……」

 隣から、覗き込むようにしてその手紙を読んだ夫人は、目頭をおさえている。

「ウリヤナは今、幸せなのね」
「そのようだな」

 喉の奥から、そう声を絞り出すのがせいいっぱいだった。これ以上、口を開くと、目の栓がゆるんでしまう。
 彼女の手紙には、隣国ローレムバで暮らしていると書いてあった。さらに、好きな人と結婚をし、子を授かったことまで。

 報告が事後になってしまったことについての謝罪もしたためてあった。

 だが、謝罪などしなくていい。
 それが、彼女の親としての気持ちである。幸せでさえあれば、ただそれだけでいい。

 ウリヤナが聖女ではなくなり神殿から立ち去った話は、もちろんカール子爵夫妻の耳にも届いていた。そして、それすら止める手段も力も持ち合わせていなかった。

 ウリヤナが聖女となったとき聖女褒賞金を受け取っている事実が頭をかすめた。そのため、それの返還が気になった。カール子爵家にはけして余裕があるわけではないし、その褒賞金で立て直したのも事実。そして、彼女が聖女となくなったことで、一瞬、お金の心配をしてしまったのも事実。

 しかし、褒賞金の返還は求められなかった。きっとウリヤナのことだから、なにかしら手を回したにちがいない。
 聖女でなくなったのであれば、ここに戻ってくればよいものの、彼女は修道院へ身を寄せようと考えたようだ。そういった結論にいきつくのも、ウリヤナらしい。

 彼女がソクーレの修道院へ向かったという話も聞いていた。さらに、中継点のテルキの街で行方不明になってしまった、とも。
 それを教えてくれたのは、アルフィーである。今ではクロヴィスの側近として名を知られている彼だが、そっと教えてくれたのだ。

 それはカール子爵たちが、王都を発つほんの数日前のこと。

 だが、テルキで消息を絶った彼女が、今までどこにいたのかさっぱりわからなかった。
 心配しなかったと言えば嘘になる。だけど、騒ぎ立てるのは彼女の意思に反するだろう。
 必ずどこかにいると信じて、ウリヤナの幸せだけを願っていた。

「ウリヤナは、この国にいないほうが幸せになれるのかもしれないなぁ……」

 じりじりと食料不足が広がっている。植物が育たないのだから仕方ない。
 早々に王都の別邸を売り払って領地に引っ込んではきたものの、ここだって余裕のある生活が送れるわけでもない。

 ただ、数年前から質素な生活を続けていたせいか、食べ物を無駄にしない方法は取得していた。それを今、領民へと教え、限りあるものを有効に使っている。

 それだって、この状況が長く続けば、いつかは食べるものがなくなってしまうだろう。他のところほどではないが、ここだって、食物の育ちは悪くなっている。

 だからこそ、この地にウリヤナがいなくてよかったのだ。
 そうやって、遠い地に嫁いだ娘に想を馳せていると、乱暴に扉が開かれた。
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