38 / 70
9.彼女と別れた日(4)
しおりを挟む
そんな彼女の背をイーモンだけは冷めた目で見ていた。
さらにカール子爵に追い打ちをかけるような出来事があったのは、ウリヤナが神殿にいってから一年後のことである。
ウリヤナとクロヴィスの婚約が決まったのだ。
聖女となったウリヤナの婚約に、カール子爵家の意向など確認されない。王家と神殿での話し合いで決められたのだろう。
あのときにやんわりと断った縁談が、再浮上するとは思ってもいなかった。だが彼女は、他の令嬢の誰よりも、王太子の婚約者として相応しい身分を手に入れてしまった。
すなわち、それが聖女――。
胸がギリギリと締め付けられるように痛み、呼吸がうまくできなかった。
手元には、ウリヤナから届いた一通の手紙がある。
それは彼女の近況を知らせるものだった。
「あなた……」
隣から、覗き込むようにしてその手紙を読んだ夫人は、目頭をおさえている。
「ウリヤナは今、幸せなのね」
「そのようだな」
喉の奥から、そう声を絞り出すのがせいいっぱいだった。これ以上、口を開くと、目の栓がゆるんでしまう。
彼女の手紙には、隣国ローレムバで暮らしていると書いてあった。さらに、好きな人と結婚をし、子を授かったことまで。
報告が事後になってしまったことについての謝罪もしたためてあった。
だが、謝罪などしなくていい。
それが、彼女の親としての気持ちである。幸せでさえあれば、ただそれだけでいい。
ウリヤナが聖女ではなくなり神殿から立ち去った話は、もちろんカール子爵夫妻の耳にも届いていた。そして、それすら止める手段も力も持ち合わせていなかった。
ウリヤナが聖女となったとき聖女褒賞金を受け取っている事実が頭をかすめた。そのため、それの返還が気になった。カール子爵家にはけして余裕があるわけではないし、その褒賞金で立て直したのも事実。そして、彼女が聖女となくなったことで、一瞬、お金の心配をしてしまったのも事実。
しかし、褒賞金の返還は求められなかった。きっとウリヤナのことだから、なにかしら手を回したにちがいない。
聖女でなくなったのであれば、ここに戻ってくればよいものの、彼女は修道院へ身を寄せようと考えたようだ。そういった結論にいきつくのも、ウリヤナらしい。
彼女がソクーレの修道院へ向かったという話も聞いていた。さらに、中継点のテルキの街で行方不明になってしまった、とも。
それを教えてくれたのは、アルフィーである。今ではクロヴィスの側近として名を知られている彼だが、そっと教えてくれたのだ。
それはカール子爵たちが、王都を発つほんの数日前のこと。
だが、テルキで消息を絶った彼女が、今までどこにいたのかさっぱりわからなかった。
心配しなかったと言えば嘘になる。だけど、騒ぎ立てるのは彼女の意思に反するだろう。
必ずどこかにいると信じて、ウリヤナの幸せだけを願っていた。
「ウリヤナは、この国にいないほうが幸せになれるのかもしれないなぁ……」
じりじりと食料不足が広がっている。植物が育たないのだから仕方ない。
早々に王都の別邸を売り払って領地に引っ込んではきたものの、ここだって余裕のある生活が送れるわけでもない。
ただ、数年前から質素な生活を続けていたせいか、食べ物を無駄にしない方法は取得していた。それを今、領民へと教え、限りあるものを有効に使っている。
それだって、この状況が長く続けば、いつかは食べるものがなくなってしまうだろう。他のところほどではないが、ここだって、食物の育ちは悪くなっている。
だからこそ、この地にウリヤナがいなくてよかったのだ。
そうやって、遠い地に嫁いだ娘に想を馳せていると、乱暴に扉が開かれた。
さらにカール子爵に追い打ちをかけるような出来事があったのは、ウリヤナが神殿にいってから一年後のことである。
ウリヤナとクロヴィスの婚約が決まったのだ。
聖女となったウリヤナの婚約に、カール子爵家の意向など確認されない。王家と神殿での話し合いで決められたのだろう。
あのときにやんわりと断った縁談が、再浮上するとは思ってもいなかった。だが彼女は、他の令嬢の誰よりも、王太子の婚約者として相応しい身分を手に入れてしまった。
すなわち、それが聖女――。
胸がギリギリと締め付けられるように痛み、呼吸がうまくできなかった。
手元には、ウリヤナから届いた一通の手紙がある。
それは彼女の近況を知らせるものだった。
「あなた……」
隣から、覗き込むようにしてその手紙を読んだ夫人は、目頭をおさえている。
「ウリヤナは今、幸せなのね」
「そのようだな」
喉の奥から、そう声を絞り出すのがせいいっぱいだった。これ以上、口を開くと、目の栓がゆるんでしまう。
彼女の手紙には、隣国ローレムバで暮らしていると書いてあった。さらに、好きな人と結婚をし、子を授かったことまで。
報告が事後になってしまったことについての謝罪もしたためてあった。
だが、謝罪などしなくていい。
それが、彼女の親としての気持ちである。幸せでさえあれば、ただそれだけでいい。
ウリヤナが聖女ではなくなり神殿から立ち去った話は、もちろんカール子爵夫妻の耳にも届いていた。そして、それすら止める手段も力も持ち合わせていなかった。
ウリヤナが聖女となったとき聖女褒賞金を受け取っている事実が頭をかすめた。そのため、それの返還が気になった。カール子爵家にはけして余裕があるわけではないし、その褒賞金で立て直したのも事実。そして、彼女が聖女となくなったことで、一瞬、お金の心配をしてしまったのも事実。
しかし、褒賞金の返還は求められなかった。きっとウリヤナのことだから、なにかしら手を回したにちがいない。
聖女でなくなったのであれば、ここに戻ってくればよいものの、彼女は修道院へ身を寄せようと考えたようだ。そういった結論にいきつくのも、ウリヤナらしい。
彼女がソクーレの修道院へ向かったという話も聞いていた。さらに、中継点のテルキの街で行方不明になってしまった、とも。
それを教えてくれたのは、アルフィーである。今ではクロヴィスの側近として名を知られている彼だが、そっと教えてくれたのだ。
それはカール子爵たちが、王都を発つほんの数日前のこと。
だが、テルキで消息を絶った彼女が、今までどこにいたのかさっぱりわからなかった。
心配しなかったと言えば嘘になる。だけど、騒ぎ立てるのは彼女の意思に反するだろう。
必ずどこかにいると信じて、ウリヤナの幸せだけを願っていた。
「ウリヤナは、この国にいないほうが幸せになれるのかもしれないなぁ……」
じりじりと食料不足が広がっている。植物が育たないのだから仕方ない。
早々に王都の別邸を売り払って領地に引っ込んではきたものの、ここだって余裕のある生活が送れるわけでもない。
ただ、数年前から質素な生活を続けていたせいか、食べ物を無駄にしない方法は取得していた。それを今、領民へと教え、限りあるものを有効に使っている。
それだって、この状況が長く続けば、いつかは食べるものがなくなってしまうだろう。他のところほどではないが、ここだって、食物の育ちは悪くなっている。
だからこそ、この地にウリヤナがいなくてよかったのだ。
そうやって、遠い地に嫁いだ娘に想を馳せていると、乱暴に扉が開かれた。
48
お気に入りに追加
2,316
あなたにおすすめの小説

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる