35 / 70
9.彼女と別れた日(1)
しおりを挟む
カール子爵家は、昔から続く名門ではない。今の子爵の二代前が、商売で成功して財を築き、空いていた爵位と領地を授かったのだ。
だからなのか、カール子爵は謙虚な男であった。
誰よりも民のことを考え、そこに資金をつぎ込む。自分のことよりも他人に金を使うような人柄でもあった。
それもあってか、民からの評判はよかった。どこの領地よりも、生活しやすい場所という声も聞こえている。
しかし、そんなカール子爵にも欠点はある。それは、金勘定が苦手なこと。三代前は商人の出であったため、そういった苦労はなかったようだが、今のカール子爵は数字にめっぽう弱かった。
帳簿の内容は確認するものの、それが合っているかどうかは、すべて家令に任せてある。カール子爵の仕事は、帳簿に押印するのみ。
それが悪かったのだろう。
ある日、娘のウリヤナから、帳簿の内容について指摘を受ける。
『お父様、こちら、数字が合っておりません。今、金庫にどれくらいの資産があるか、ご存知ですか?』
その言葉で気づかされた。
すべてを任せっきりで、その資産すら把握していなかったのだ。
ウリヤナと共に帳簿を手にしながら、別邸の金庫を確認する。
案の定、合っていなかった。
それからすぐに帳簿を再確認し、別邸と本邸の資産を算出し直した。あっていなかったのは、別邸の金庫の資産だけ。だが、額が大きい。
カール子爵は、眉間に深くしわを刻む。計算違いでゼロを一つ間違えたかとか、そういった問題ではなさそうだ。
むしろ、誰かがここから盗んでいると考えるのが無難だった。
『お父様……。どうやらイーモンが……』
驚くことに、ウリヤナがそう切り出した。
イーモンはウリヤナよりも二つ年下の弟であり、次期カール子爵として期待している息子でもある。
十歳から通う王都の学院に通っているが、最近、付き合っている友達がよくないようだと、ウリヤナが言っていた。
『だが、イーモンはまだ十三歳だ。勝手に金庫の金を使おうとまで考えるのか?』
彼は学院に通い始めて三年が経ったころ。中だるみという言葉もあるように、学院の生活にも慣れ、程よい緊張感から解き放たれた頃だろう。だからって、家の金に手をつけるような子だとは思えない。
『そうですね。お父様のおっしゃる通りではありますが……』
ウリヤナは何か考えた様子ではあったが、彼女もまだはっきりとしない何かがあったのだろう。
特に何かを明言したわけではないが、しばらくはイーモンの様子を見守るということで、その場は終わった。
しかし、カール子爵もウリヤナもはっきりと目にしてしまった。彼は勝手に金庫を開けて、金を持ち出していた。
それは、しばらく続く。
やめさせようと声をかけたこともあったが、その金を倍に増やすからと彼は言うのだ。これは何かがおかしい。
ウリヤナと相談し、その儲け話を詳しく聞くことにした。
『お父様も、イーモンの投資話に興味がある振りをするのです。資金を出してもいいと』
そうやってイーモンを信じ込ませ、なんとか彼の言う投資話を耳にすることができた。
だが、イーモンの言っていることが的を射ていない。まるで、金だけを奪われるようなそんな話なのだ。
それでもイーモンは、相手を信じ、自分を信じ、お金が増えると思っている。
これは何かおかしい。そう思いつつも、何もできない。
イーモンがこれ以上金庫から金をとらないようにと、その対策をするしかできなかった。
『ウリヤナ……すまない。私が不甲斐ないばかりに……。君に新しいドレスを仕立てるだけのお金がないんだ』
ウリヤナはデビュタントを迎えようとしていた。だが、別邸で管理していた資金の多くを失ったために、それにかけるお金がない。
だからなのか、カール子爵は謙虚な男であった。
誰よりも民のことを考え、そこに資金をつぎ込む。自分のことよりも他人に金を使うような人柄でもあった。
それもあってか、民からの評判はよかった。どこの領地よりも、生活しやすい場所という声も聞こえている。
しかし、そんなカール子爵にも欠点はある。それは、金勘定が苦手なこと。三代前は商人の出であったため、そういった苦労はなかったようだが、今のカール子爵は数字にめっぽう弱かった。
帳簿の内容は確認するものの、それが合っているかどうかは、すべて家令に任せてある。カール子爵の仕事は、帳簿に押印するのみ。
それが悪かったのだろう。
ある日、娘のウリヤナから、帳簿の内容について指摘を受ける。
『お父様、こちら、数字が合っておりません。今、金庫にどれくらいの資産があるか、ご存知ですか?』
その言葉で気づかされた。
すべてを任せっきりで、その資産すら把握していなかったのだ。
ウリヤナと共に帳簿を手にしながら、別邸の金庫を確認する。
案の定、合っていなかった。
それからすぐに帳簿を再確認し、別邸と本邸の資産を算出し直した。あっていなかったのは、別邸の金庫の資産だけ。だが、額が大きい。
カール子爵は、眉間に深くしわを刻む。計算違いでゼロを一つ間違えたかとか、そういった問題ではなさそうだ。
むしろ、誰かがここから盗んでいると考えるのが無難だった。
『お父様……。どうやらイーモンが……』
驚くことに、ウリヤナがそう切り出した。
イーモンはウリヤナよりも二つ年下の弟であり、次期カール子爵として期待している息子でもある。
十歳から通う王都の学院に通っているが、最近、付き合っている友達がよくないようだと、ウリヤナが言っていた。
『だが、イーモンはまだ十三歳だ。勝手に金庫の金を使おうとまで考えるのか?』
彼は学院に通い始めて三年が経ったころ。中だるみという言葉もあるように、学院の生活にも慣れ、程よい緊張感から解き放たれた頃だろう。だからって、家の金に手をつけるような子だとは思えない。
『そうですね。お父様のおっしゃる通りではありますが……』
ウリヤナは何か考えた様子ではあったが、彼女もまだはっきりとしない何かがあったのだろう。
特に何かを明言したわけではないが、しばらくはイーモンの様子を見守るということで、その場は終わった。
しかし、カール子爵もウリヤナもはっきりと目にしてしまった。彼は勝手に金庫を開けて、金を持ち出していた。
それは、しばらく続く。
やめさせようと声をかけたこともあったが、その金を倍に増やすからと彼は言うのだ。これは何かがおかしい。
ウリヤナと相談し、その儲け話を詳しく聞くことにした。
『お父様も、イーモンの投資話に興味がある振りをするのです。資金を出してもいいと』
そうやってイーモンを信じ込ませ、なんとか彼の言う投資話を耳にすることができた。
だが、イーモンの言っていることが的を射ていない。まるで、金だけを奪われるようなそんな話なのだ。
それでもイーモンは、相手を信じ、自分を信じ、お金が増えると思っている。
これは何かおかしい。そう思いつつも、何もできない。
イーモンがこれ以上金庫から金をとらないようにと、その対策をするしかできなかった。
『ウリヤナ……すまない。私が不甲斐ないばかりに……。君に新しいドレスを仕立てるだけのお金がないんだ』
ウリヤナはデビュタントを迎えようとしていた。だが、別邸で管理していた資金の多くを失ったために、それにかけるお金がない。
49
お気に入りに追加
2,316
あなたにおすすめの小説

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる