あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)

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4.彼女と出会った日(2)

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 特にこのイングラム国においては、これだけの魔法を使えるだけの魔力を持ち合わせている人間が非常に少ない。すなわち、魔術師と呼べるような存在が貴重なのだ。それでも、各所に一人くらいは配置されているはずなのだが、来るのが遅い。

 ――たすけて……たすけて……。

 レナートは宿に向かって動かしていた足を止めた。
 幼い声が聞こえてきた。それは耳に直接聞こえてきた声ではない。頭に直接呼びかけてきた声である。

 ――たすけて……たすけて……。誰かたすけて……。

 思念伝達魔法――心の声を飛ばす魔法をそう呼んでいる。

 この状況で「助けて」と訴えるのは、この爆発に巻き込まれ人間ではないのだろうか。そして声から察するに子どもである。

 くるりと向きを変えると、背中で一つに結わえている黒い髪がバサッと揺れた。
 声のする場所を探る。

 ――たすけて、たすけて……。おねえちゃんをたすけて……。

 もちろん助けを呼ぶ声に応えたいという思いもある。レナートもそこまで薄情な男ではない。ちょっと人より表情に乏しいが、あの爆発事故に巻き込まれ、今すぐに助けが必要と思っている者がいて、それがまして幼い子というのであれば、助けてあげたい。

 だが、それよりもこれだけ幼い子が思念伝達魔法を使って助けを呼んでいる状況が気になった。

 思念伝達魔法は高等魔法である。魔術師の中でも使える者は限られている。それを、幼子が使い、助けを求めているのだ。意図的か無意識か。

 レナートは感覚を研ぎ澄まし、声がするほうへと足をすすめる。建物を覆っていた炎の勢いは弱まっていた。それもこれも、レナートが呼び寄せた雨雲のおかげである。

 それでも勢いが弱まっただけで、炎の色がすべて消え去ったわけではない。
 燃えた建物の近くの少しだけ奥まった路地に、複数の人がへたりと座り込んでいた。建物の壁に背中を預け、足を投げ出している者もいる。ここまでなら、炎や煙も届かないだろう。

「宿にいた人間か?」

 レナートが声をかけると、彼に気づいた人間は生気のない表情を向けてきた。

「俺に助けを求めたのは誰だ? 子どもがいるのか?」

 近くにいた人物を見回しても、助けを求めた人物が誰かはわからない。ここには、大人も子どももいた。男性も女性も。

「ぼく……」

 立っていた五歳くらいの男の子が、おずおずと手をあげた。寝衣姿なのは、眠っていたところを逃げてきたからだろう。

「おじさん。ぼくの心の声が聞こえたの?」

 心の声。彼にとってはそう表現するのがしっくりとくるのだろう。本人は、思念伝達魔法を使っていたつもりはないのだ。

「怪我は?」

 レナートが尋ねると、男の子は首を横に振る。見たところ、両足でしっかりと立っており、意識もはっきりとしているようだ。
 てっきり怪我をして動けないものだと思っていた。煤などで汚れてはいるが、見たかぎりでは大きな怪我はないようだ。

「だけど、おねえちゃんが……」

 そう言われれば、先ほどの声も「おねえちゃんをたすけて」と言っていた。

「わかった。騎士団がくるまでできる限りのことはしよう」

 男の子はレナートの上着の裾を引っ張った。こっちへ来い、と言っているにちがいない。
 宿の客と思われる人々は惚けており、うすら汚れた感じではあるが、大きな怪我を負っている者はいないように見えた。

「おねえちゃんが、ぼくを助けてくれた……」

 路地の一番奥に、一人の女性が横たわっている。その側では、別の女性が何か布地をあてがって止血をしている。

「おかあさん。おじさんが、おねえちゃんを助けてくれるって」

 男の子に「おじさん」と呼ばれるたびに、もやっとした気持ちが生まれるのだが、今はそれを気にしている場合ではない。

 膝をつき、倒れている女性を確認する。

「彼女は?」
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