16 / 70
4.彼女と出会った日(2)
しおりを挟む
特にこのイングラム国においては、これだけの魔法を使えるだけの魔力を持ち合わせている人間が非常に少ない。すなわち、魔術師と呼べるような存在が貴重なのだ。それでも、各所に一人くらいは配置されているはずなのだが、来るのが遅い。
――たすけて……たすけて……。
レナートは宿に向かって動かしていた足を止めた。
幼い声が聞こえてきた。それは耳に直接聞こえてきた声ではない。頭に直接呼びかけてきた声である。
――たすけて……たすけて……。誰かたすけて……。
思念伝達魔法――心の声を飛ばす魔法をそう呼んでいる。
この状況で「助けて」と訴えるのは、この爆発に巻き込まれ人間ではないのだろうか。そして声から察するに子どもである。
くるりと向きを変えると、背中で一つに結わえている黒い髪がバサッと揺れた。
声のする場所を探る。
――たすけて、たすけて……。おねえちゃんをたすけて……。
もちろん助けを呼ぶ声に応えたいという思いもある。レナートもそこまで薄情な男ではない。ちょっと人より表情に乏しいが、あの爆発事故に巻き込まれ、今すぐに助けが必要と思っている者がいて、それがまして幼い子というのであれば、助けてあげたい。
だが、それよりもこれだけ幼い子が思念伝達魔法を使って助けを呼んでいる状況が気になった。
思念伝達魔法は高等魔法である。魔術師の中でも使える者は限られている。それを、幼子が使い、助けを求めているのだ。意図的か無意識か。
レナートは感覚を研ぎ澄まし、声がするほうへと足をすすめる。建物を覆っていた炎の勢いは弱まっていた。それもこれも、レナートが呼び寄せた雨雲のおかげである。
それでも勢いが弱まっただけで、炎の色がすべて消え去ったわけではない。
燃えた建物の近くの少しだけ奥まった路地に、複数の人がへたりと座り込んでいた。建物の壁に背中を預け、足を投げ出している者もいる。ここまでなら、炎や煙も届かないだろう。
「宿にいた人間か?」
レナートが声をかけると、彼に気づいた人間は生気のない表情を向けてきた。
「俺に助けを求めたのは誰だ? 子どもがいるのか?」
近くにいた人物を見回しても、助けを求めた人物が誰かはわからない。ここには、大人も子どももいた。男性も女性も。
「ぼく……」
立っていた五歳くらいの男の子が、おずおずと手をあげた。寝衣姿なのは、眠っていたところを逃げてきたからだろう。
「おじさん。ぼくの心の声が聞こえたの?」
心の声。彼にとってはそう表現するのがしっくりとくるのだろう。本人は、思念伝達魔法を使っていたつもりはないのだ。
「怪我は?」
レナートが尋ねると、男の子は首を横に振る。見たところ、両足でしっかりと立っており、意識もはっきりとしているようだ。
てっきり怪我をして動けないものだと思っていた。煤などで汚れてはいるが、見たかぎりでは大きな怪我はないようだ。
「だけど、おねえちゃんが……」
そう言われれば、先ほどの声も「おねえちゃんをたすけて」と言っていた。
「わかった。騎士団がくるまでできる限りのことはしよう」
男の子はレナートの上着の裾を引っ張った。こっちへ来い、と言っているにちがいない。
宿の客と思われる人々は惚けており、うすら汚れた感じではあるが、大きな怪我を負っている者はいないように見えた。
「おねえちゃんが、ぼくを助けてくれた……」
路地の一番奥に、一人の女性が横たわっている。その側では、別の女性が何か布地をあてがって止血をしている。
「おかあさん。おじさんが、おねえちゃんを助けてくれるって」
男の子に「おじさん」と呼ばれるたびに、もやっとした気持ちが生まれるのだが、今はそれを気にしている場合ではない。
膝をつき、倒れている女性を確認する。
「彼女は?」
――たすけて……たすけて……。
レナートは宿に向かって動かしていた足を止めた。
幼い声が聞こえてきた。それは耳に直接聞こえてきた声ではない。頭に直接呼びかけてきた声である。
――たすけて……たすけて……。誰かたすけて……。
思念伝達魔法――心の声を飛ばす魔法をそう呼んでいる。
この状況で「助けて」と訴えるのは、この爆発に巻き込まれ人間ではないのだろうか。そして声から察するに子どもである。
くるりと向きを変えると、背中で一つに結わえている黒い髪がバサッと揺れた。
声のする場所を探る。
――たすけて、たすけて……。おねえちゃんをたすけて……。
もちろん助けを呼ぶ声に応えたいという思いもある。レナートもそこまで薄情な男ではない。ちょっと人より表情に乏しいが、あの爆発事故に巻き込まれ、今すぐに助けが必要と思っている者がいて、それがまして幼い子というのであれば、助けてあげたい。
だが、それよりもこれだけ幼い子が思念伝達魔法を使って助けを呼んでいる状況が気になった。
思念伝達魔法は高等魔法である。魔術師の中でも使える者は限られている。それを、幼子が使い、助けを求めているのだ。意図的か無意識か。
レナートは感覚を研ぎ澄まし、声がするほうへと足をすすめる。建物を覆っていた炎の勢いは弱まっていた。それもこれも、レナートが呼び寄せた雨雲のおかげである。
それでも勢いが弱まっただけで、炎の色がすべて消え去ったわけではない。
燃えた建物の近くの少しだけ奥まった路地に、複数の人がへたりと座り込んでいた。建物の壁に背中を預け、足を投げ出している者もいる。ここまでなら、炎や煙も届かないだろう。
「宿にいた人間か?」
レナートが声をかけると、彼に気づいた人間は生気のない表情を向けてきた。
「俺に助けを求めたのは誰だ? 子どもがいるのか?」
近くにいた人物を見回しても、助けを求めた人物が誰かはわからない。ここには、大人も子どももいた。男性も女性も。
「ぼく……」
立っていた五歳くらいの男の子が、おずおずと手をあげた。寝衣姿なのは、眠っていたところを逃げてきたからだろう。
「おじさん。ぼくの心の声が聞こえたの?」
心の声。彼にとってはそう表現するのがしっくりとくるのだろう。本人は、思念伝達魔法を使っていたつもりはないのだ。
「怪我は?」
レナートが尋ねると、男の子は首を横に振る。見たところ、両足でしっかりと立っており、意識もはっきりとしているようだ。
てっきり怪我をして動けないものだと思っていた。煤などで汚れてはいるが、見たかぎりでは大きな怪我はないようだ。
「だけど、おねえちゃんが……」
そう言われれば、先ほどの声も「おねえちゃんをたすけて」と言っていた。
「わかった。騎士団がくるまでできる限りのことはしよう」
男の子はレナートの上着の裾を引っ張った。こっちへ来い、と言っているにちがいない。
宿の客と思われる人々は惚けており、うすら汚れた感じではあるが、大きな怪我を負っている者はいないように見えた。
「おねえちゃんが、ぼくを助けてくれた……」
路地の一番奥に、一人の女性が横たわっている。その側では、別の女性が何か布地をあてがって止血をしている。
「おかあさん。おじさんが、おねえちゃんを助けてくれるって」
男の子に「おじさん」と呼ばれるたびに、もやっとした気持ちが生まれるのだが、今はそれを気にしている場合ではない。
膝をつき、倒れている女性を確認する。
「彼女は?」
56
お気に入りに追加
2,316
あなたにおすすめの小説

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。

【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。

素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる