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1.彼女を失った日(2)
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クロヴィスはウリヤナよりも一歳年上であり、十六歳のときに立太子した。身分の高い彼は、それに相応しく、しなやかな体躯と美貌を持ち合わせており、姿を現すだけで周囲からは感嘆の声が漏れ出る。
彼の姿を一目見た女性は、すぐさま彼の虜になるとも言われていた。男性であっても、彼の巧みな話術にのせられ、信者になると。
聖女であっても、ウリヤナにはカール子爵令嬢として振舞や教養を身に着けていた実績がある。そのため、クロヴィスの婚約者になるにはなんら問題はなかった。
ただ、最近のカール子爵家は資金繰りに困っていた。だから、聖女という肩書がそれを後押ししてくれたのだ。
出会ったばかりの彼は、いつもにこやかな笑みを浮かべており、ウリヤナの名を甘く囁いた。それがウリヤナにとっては、くすぐったいものだった。
しかし、それから一年も経つと、ウリヤナに興味をなくしたのか、違う女性を隣に侍らせるようになる。
その様子をみていたウリヤナが『婚約を解消しましょう』と提案したが、クロヴィスは頑なに首を縦には振らなかった。クロヴィスは聖女であるウリヤナを手元に置いておきたかったようだ。そこにたとえ気持ちがなかったとしても。
それを知ったのは、その二年後――つまり今。
「だが、君は聖なる力を失ったのではないのか?」
ウリヤナは表情を変えることなく、ただ奥歯を噛みしめた。彼の言ったことは事実である。今のウリヤナには聖なる力がない。事実であるため、反論はできない。まして言い訳などもってのほか。
聖なる力を失った。それの原因はわからないが、心当たりはある。
一か月ほど前に、彼と身体を重ねて熱を分け合った。
婚約しているのだからと、彼に強引に迫られたところもあるが、それを許したのはウリヤナ自身。身体を捧げれば彼の心をつなぎ留められるかもしれないと思ったのも認める。
その結果、逆に彼の心を失い、力も失った。
「そのようですね……」
「だからだよ。聖なる力を失った君とは結婚できない。だから、婚約をなかったものとしたいんだ」
微かな笑みを浮かべているクロヴィスを一発ぶん殴りたい気分である。
いや、殴りたいのはあの時の感情に任せて、身を捧げてしまったウリヤナ自身だ。
そこまでして彼の心が欲しいと望んだ自分が、情けない。
「承知しました……。ですが一つだけ約束していただきたいことがあります」
こうなってしまっては、ウリヤナの気持ち一つで解決するような問題ではない。
婚約を続けた先に結婚があったとしても、彼の離れた心を手に入れるのは難しいだろう。結婚のその先にあるのが不幸であるのは目に見えている。
だから一つだけ、交換条件を出した。それはカール子爵家を守るためでもある。
「……そのくらい、大した内容ではない。必ず守ると約束しよう……。では、これにサインを」
婚約を解消するために必要な書類はクロヴィスの前に並べられていた。それに一筆、今の約束事を彼がさらりと付け足した。
イングラム国の王太子と聖女の婚約は、国中から注目を集めた祝い事でもあった。いつ結婚するのだと、国民も気を揉んでいたところもある。
それが今、たった一枚の紙切れによって、ないものにされようとしている。
ローテーブルの上に置かれた紙に視線を走らせる。婚約解消届――それがその紙の名でもある。
すでにクロヴィスのサインは入っているし、先ほどの約束事もクロヴィスの直筆で書かれていた。
ウリヤナは小さく息を吐くと、側にいた文官よりペンを受け取った。
聖女となったウリヤナは、とっくにカール子爵家の令嬢としての身分は失っている。聖女は聖女であって、聖女以外の者であってはならない。
だから、この婚約が解消されたとしても、両親にはなんのお咎めもないはず。
彼の姿を一目見た女性は、すぐさま彼の虜になるとも言われていた。男性であっても、彼の巧みな話術にのせられ、信者になると。
聖女であっても、ウリヤナにはカール子爵令嬢として振舞や教養を身に着けていた実績がある。そのため、クロヴィスの婚約者になるにはなんら問題はなかった。
ただ、最近のカール子爵家は資金繰りに困っていた。だから、聖女という肩書がそれを後押ししてくれたのだ。
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しかし、それから一年も経つと、ウリヤナに興味をなくしたのか、違う女性を隣に侍らせるようになる。
その様子をみていたウリヤナが『婚約を解消しましょう』と提案したが、クロヴィスは頑なに首を縦には振らなかった。クロヴィスは聖女であるウリヤナを手元に置いておきたかったようだ。そこにたとえ気持ちがなかったとしても。
それを知ったのは、その二年後――つまり今。
「だが、君は聖なる力を失ったのではないのか?」
ウリヤナは表情を変えることなく、ただ奥歯を噛みしめた。彼の言ったことは事実である。今のウリヤナには聖なる力がない。事実であるため、反論はできない。まして言い訳などもってのほか。
聖なる力を失った。それの原因はわからないが、心当たりはある。
一か月ほど前に、彼と身体を重ねて熱を分け合った。
婚約しているのだからと、彼に強引に迫られたところもあるが、それを許したのはウリヤナ自身。身体を捧げれば彼の心をつなぎ留められるかもしれないと思ったのも認める。
その結果、逆に彼の心を失い、力も失った。
「そのようですね……」
「だからだよ。聖なる力を失った君とは結婚できない。だから、婚約をなかったものとしたいんだ」
微かな笑みを浮かべているクロヴィスを一発ぶん殴りたい気分である。
いや、殴りたいのはあの時の感情に任せて、身を捧げてしまったウリヤナ自身だ。
そこまでして彼の心が欲しいと望んだ自分が、情けない。
「承知しました……。ですが一つだけ約束していただきたいことがあります」
こうなってしまっては、ウリヤナの気持ち一つで解決するような問題ではない。
婚約を続けた先に結婚があったとしても、彼の離れた心を手に入れるのは難しいだろう。結婚のその先にあるのが不幸であるのは目に見えている。
だから一つだけ、交換条件を出した。それはカール子爵家を守るためでもある。
「……そのくらい、大した内容ではない。必ず守ると約束しよう……。では、これにサインを」
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すでにクロヴィスのサインは入っているし、先ほどの約束事もクロヴィスの直筆で書かれていた。
ウリヤナは小さく息を吐くと、側にいた文官よりペンを受け取った。
聖女となったウリヤナは、とっくにカール子爵家の令嬢としての身分は失っている。聖女は聖女であって、聖女以外の者であってはならない。
だから、この婚約が解消されたとしても、両親にはなんのお咎めもないはず。
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