18 / 27
番外編
明けちゃった(1)
しおりを挟む
カーン、カーン。カーン、カーン。
新しい年を迎えるための鐘の音が響いた。宿舎のベランダでその手すりに寄り掛かりながら、夜鳴亭の店長からもらったちょっといいお酒を、手酌しながら飲んでいるのは、漆黒騎士団の女性騎士であるシャンテル。年明けの鐘を聞きながら、闇に包まれているこの王都の街を見下ろしていた。だが、年明けというめでたい日であるからか、闇の中にポツポツと灯る光りもいくつか目に入る。
この騎士団の宿舎は王城内にあるため、少し小高い位置に建っていた。そしてシャンテルの部屋は最上階の角部屋。いろんなものを見下ろすにはとっておきの部屋だ。
「うっわ。寂しい女がいた」
聞き慣れた声が聞こえてきた。ベランダのパーティションから顔を覗かせると、やっぱりローガンだ。
「うっわ。新年早々、出会った人物がローだったとは……」
「そっくりそのままお返しするよ。僕も新年早々、シャンの顔を見る羽目になるとは、ね」
「逆に聞くけど、誰だったら良かったのよ。団長? それともタイソンさん? メメルお姉さま? もしかして、副団長とか? いや、ここは大穴で陛下、とか」
「なんで漆黒のメンバーしかいないのさ」
「だって、それくらいしか知らないもん」
そこで、シャンテルは手にしていたグラスを煽った。
「しかもシャン。飲んでるの? 一人で? 手酌? 本当に寂しい女だね。婚約者様はどうしたのさ」
「仕事に決まってるでしょ」
ふん、と言って、シャンテルはまたグラスを煽った。
「あ、ロー。せっかくだからさ、年も明けたことだし、朝までパズルやろうよ。美味しいお酒もあるよ」
と、シャンテルがローガンの前にそのお酒の瓶を差し出した。
「美味しいお菓子もあるよ」
とさらに付け加える。
美味しいお酒と美味しいお菓子と朝までパズル。これは、ローガンの家で年を越した時の定番のようなイベントだった。ローガンの家にいたときは、美味しいお酒ではなく美味しい果実水だったが。
だからローガンも、いつものことだと思ってついついシャンテルのその誘いに乗ってしまったのだ。
数時間後、これに乗ってしまった事を後悔することになるとは、このとき思ってもいなかった。いや、ローガンが後悔するのではない。シャンテルの方だ。なぜこの時にいつものようにローガンを誘ってしまったのか、と。
「失礼しまーすって。何、これ、シャン」
隣のシャンテルの部屋に入ったローガンがいきなりそんなことを口にした。
毛の短い絨毯の上にテーブルが置いてあるのだが、そのテーブルには毛布がかけてある。その両脇には椅子。
「ねえねえ、ここに足、入れてみて。あったかいから」
椅子に座って足を投げ出すと、そのテーブルにかけてある毛布の中にすっぽりと足が入る。
「うわ。あったかい。何、これ」
「うふふふ。シャンテル様が開発した、新しい魔導具です。名付けて、テーブル式暖房魔導具。やっぱりこの時期って、朝晩は寒いじゃない? こうすれば、足もあったかいかなぁと思ってさ」
「うん。これ、すごくいい。ちょっと、今度、僕にも作ってよ」
「そのうちね」
「うわ。シャンのそのうちって、当てにならないんだけど」
「はいはい。文句を言わない」
ドン、とシャンテルがお酒の瓶をテーブルのど真ん中に置いた。そしてグラスを二つ並べる。それから、シャンテルが言っていた美味しいお菓子と、朝までパズルのジグソーパズル。年が明けた夜は、無駄に二人でジグソーパズルを黙々とこなすというわけのわからない定番のイベントだった。新年だから、という特別感が幼い頃の二人をそうさせていたのかもしれない。
「去年はさ。なんか、いろいろあったよねー。はい、かんぱーい」
シャンテルが夜鳴亭で鍛えられたお酒の注ぎ方でそれをグラスに注ぐと、二人はカチンと鳴らした。
「うっわ、シャン。こんな美味しいお酒を一人で飲んでたわけ? これ、どうしたのさ」
「夜鳴亭の店長からもらった」
「もしかして、こっちのお菓子も?」
「そうそう。婚約祝いだって」
ぶほっと、ローガンは吹き出しそうになった。そうだった、彼女は婚約しているのだ。しかも相手はあの黄金騎士団の団長であるグレイク・サニエル。嫉妬深そうな男だ。
「やっぱりさ。僕、帰ろうかな……」
「え、なんで?」
「え、なんでって。殺されそうだし」
「誰に? ローを殺せるような人なんて、そうそういないと思うんだけど」
シャンテルはローガンの空になったグラスにお酒を注ぐ。これを残したままでは帰れないな、と思うローガンは、結局毎年恒例の朝までパズルを行う羽目になり、朝までこの部屋に居座ることになるのだった。
新しい年を迎えるための鐘の音が響いた。宿舎のベランダでその手すりに寄り掛かりながら、夜鳴亭の店長からもらったちょっといいお酒を、手酌しながら飲んでいるのは、漆黒騎士団の女性騎士であるシャンテル。年明けの鐘を聞きながら、闇に包まれているこの王都の街を見下ろしていた。だが、年明けというめでたい日であるからか、闇の中にポツポツと灯る光りもいくつか目に入る。
この騎士団の宿舎は王城内にあるため、少し小高い位置に建っていた。そしてシャンテルの部屋は最上階の角部屋。いろんなものを見下ろすにはとっておきの部屋だ。
「うっわ。寂しい女がいた」
聞き慣れた声が聞こえてきた。ベランダのパーティションから顔を覗かせると、やっぱりローガンだ。
「うっわ。新年早々、出会った人物がローだったとは……」
「そっくりそのままお返しするよ。僕も新年早々、シャンの顔を見る羽目になるとは、ね」
「逆に聞くけど、誰だったら良かったのよ。団長? それともタイソンさん? メメルお姉さま? もしかして、副団長とか? いや、ここは大穴で陛下、とか」
「なんで漆黒のメンバーしかいないのさ」
「だって、それくらいしか知らないもん」
そこで、シャンテルは手にしていたグラスを煽った。
「しかもシャン。飲んでるの? 一人で? 手酌? 本当に寂しい女だね。婚約者様はどうしたのさ」
「仕事に決まってるでしょ」
ふん、と言って、シャンテルはまたグラスを煽った。
「あ、ロー。せっかくだからさ、年も明けたことだし、朝までパズルやろうよ。美味しいお酒もあるよ」
と、シャンテルがローガンの前にそのお酒の瓶を差し出した。
「美味しいお菓子もあるよ」
とさらに付け加える。
美味しいお酒と美味しいお菓子と朝までパズル。これは、ローガンの家で年を越した時の定番のようなイベントだった。ローガンの家にいたときは、美味しいお酒ではなく美味しい果実水だったが。
だからローガンも、いつものことだと思ってついついシャンテルのその誘いに乗ってしまったのだ。
数時間後、これに乗ってしまった事を後悔することになるとは、このとき思ってもいなかった。いや、ローガンが後悔するのではない。シャンテルの方だ。なぜこの時にいつものようにローガンを誘ってしまったのか、と。
「失礼しまーすって。何、これ、シャン」
隣のシャンテルの部屋に入ったローガンがいきなりそんなことを口にした。
毛の短い絨毯の上にテーブルが置いてあるのだが、そのテーブルには毛布がかけてある。その両脇には椅子。
「ねえねえ、ここに足、入れてみて。あったかいから」
椅子に座って足を投げ出すと、そのテーブルにかけてある毛布の中にすっぽりと足が入る。
「うわ。あったかい。何、これ」
「うふふふ。シャンテル様が開発した、新しい魔導具です。名付けて、テーブル式暖房魔導具。やっぱりこの時期って、朝晩は寒いじゃない? こうすれば、足もあったかいかなぁと思ってさ」
「うん。これ、すごくいい。ちょっと、今度、僕にも作ってよ」
「そのうちね」
「うわ。シャンのそのうちって、当てにならないんだけど」
「はいはい。文句を言わない」
ドン、とシャンテルがお酒の瓶をテーブルのど真ん中に置いた。そしてグラスを二つ並べる。それから、シャンテルが言っていた美味しいお菓子と、朝までパズルのジグソーパズル。年が明けた夜は、無駄に二人でジグソーパズルを黙々とこなすというわけのわからない定番のイベントだった。新年だから、という特別感が幼い頃の二人をそうさせていたのかもしれない。
「去年はさ。なんか、いろいろあったよねー。はい、かんぱーい」
シャンテルが夜鳴亭で鍛えられたお酒の注ぎ方でそれをグラスに注ぐと、二人はカチンと鳴らした。
「うっわ、シャン。こんな美味しいお酒を一人で飲んでたわけ? これ、どうしたのさ」
「夜鳴亭の店長からもらった」
「もしかして、こっちのお菓子も?」
「そうそう。婚約祝いだって」
ぶほっと、ローガンは吹き出しそうになった。そうだった、彼女は婚約しているのだ。しかも相手はあの黄金騎士団の団長であるグレイク・サニエル。嫉妬深そうな男だ。
「やっぱりさ。僕、帰ろうかな……」
「え、なんで?」
「え、なんでって。殺されそうだし」
「誰に? ローを殺せるような人なんて、そうそういないと思うんだけど」
シャンテルはローガンの空になったグラスにお酒を注ぐ。これを残したままでは帰れないな、と思うローガンは、結局毎年恒例の朝までパズルを行う羽目になり、朝までこの部屋に居座ることになるのだった。
2
お気に入りに追加
2,665
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る
束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました
ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。
幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。
シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。
そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。
ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。
そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。
邪魔なのなら、いなくなろうと思った。
そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。
そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。
無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。