夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)

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抱きしめてもらってもいいですか?(3)

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 彼女と同じ馬車に乗り、王城へと向かう。

 ランスロットが顔をあげると、斜め前にシャーリーがいる。
 この距離は彼女の五歩圏内に入っている。そして、彼女は嫌がっている様子もない。ランスロットはそれを確認できたことに、ほっと胸を撫でおろした。

 シャーリーと二人で馬車から降り、シャーリーと二人でエントランスを歩き、二人で執務室に入る。

 シャーリーはランスロットの後ろを歩こうとしていたが、ランスロットの本来の目的は彼女の護衛である。できれば彼女には、自分の視界に入る範囲内にいて欲しかった。

 なんとか誤魔化して、ランスロットが彼女の後方を歩くことに成功した。

「早速、お茶を淹れますね」

 シャーリーは、朝議を終えたランスロットが執務室に入ってくると、いつもお茶の準備をしてくれた。今日は朝議をすっぽかしてしまったが、シャーリーにとっては毎朝のやるべき仕事に分類されているのだろう。

「シャーリー。お茶は俺の分の他に、もう一人分、準備してくれないか?」

 ランスロットの勘が正しければ、そろそろジョシュアがやって来る。

「おい、ランス。調子はどうだ?」
「おはようございます、殿下。今、お茶を準備しますので」

 ランスロットが声をかけるよりも先に、シャーリーが先に声をかけていた。

「おはよう、シャーリー。気を使わせて悪いね」
「悪いと思っているなら、朝から来るな」
「お前の調子を確認しないと、私も政務に身が入らないのだよ」
「どんな理由だ」

 くすくすと笑いながら、シャーリーはソファに座る二人の前に、お菓子の入った籠を差し出した。

「まだお湯が沸いておりませんので。先に、こちらでも」
「いいね。朝からシャーリーがいると、至れり尽くせりだ。それよりも、お前たちの距離、近づいていないか?」

 ジョシュアは、シャーリーがお菓子を出す際に、ランスロット側に寄っていたことを目にしたようだ。

「夫婦なのだから、当たり前だろう。お前もどうでもいいことを気にし過ぎだ」
「そうだな。私とマリアンヌの距離はそれ以上に近いからな」
「お前の惚気話など、聞きたくはない」
「私はお前の惚気話が聞きたいよ? まあ、惚気ることができるのであれば、だがな」

 からりと笑ったジョシュアを、ランスロットは忌々しく見つめていた。
 その間もシャーリーは部屋を行ったり来たりしながら、お茶の準備をしている。

「どうぞ。朝ですから、目が覚めるようにすっきりとした味わいのお茶にしてみました」

 二人分のお茶を淹れたシャーリーは、入口近くの自席へと戻った。

「うん。いいね。やっぱりシャーリーの淹れたお茶は美味い」
「ありがとうございます」

 自席から、彼女は頭を下げた。
 その様子を見ていたランスロットは、ちっ、と悔しそうに舌打ちをする。

「で、何の用だ?」

 ランスロットは声を潜めた。

「毎朝の恒例」
「本当にそれだけか?」
「様子を見に来ただけだろう? お前たちの」
「そうか。だが、特に気になることはなかった」
「そう。なら安心だ」

 ジョシュアはお菓子に手を伸ばした。

「お前のところのお菓子は、センスがいいな。屋敷から持ってきているのか?」
「シャーリーが選んでいる」
「そうか。次の茶会にどのような菓子を出したらいいか、マリアンヌが悩んでいたから、シャーリーを相談役に借りてもいいか?」
「駄目に決まっているだろう?」
「心の狭い奴だな」

 ジョシュアはニタリと笑った。
 彼は、お茶を飲み、お菓子を食べ終えると、部屋を出て行った。

「また来るよ」
「もう来るな」

 このやり取りまでがいつものことである。

「団長。本日の予定です。朝議を欠席されましたので、議事録は事務室から控えを受け取って参ります」
「わかった、ありがとう」

 ランスロットの目の前にシャーリーが立っている。そして、書類を手渡してくれた。
 テーブルの上に置いてのやり取りから、手渡しにまで進歩した。

「こちら、片付けますね」

 ランスロットが立ち上がると、シャーリーはテーブルの上のカップとお菓子を片付け始めた。
 その様子を見ているだけで、ランスロットの心は多幸感で満ちていた。
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