46 / 63
抱きしめてもらってもいいですか?(3)
しおりを挟む
彼女と同じ馬車に乗り、王城へと向かう。
ランスロットが顔をあげると、斜め前にシャーリーがいる。
この距離は彼女の五歩圏内に入っている。そして、彼女は嫌がっている様子もない。ランスロットはそれを確認できたことに、ほっと胸を撫でおろした。
シャーリーと二人で馬車から降り、シャーリーと二人でエントランスを歩き、二人で執務室に入る。
シャーリーはランスロットの後ろを歩こうとしていたが、ランスロットの本来の目的は彼女の護衛である。できれば彼女には、自分の視界に入る範囲内にいて欲しかった。
なんとか誤魔化して、ランスロットが彼女の後方を歩くことに成功した。
「早速、お茶を淹れますね」
シャーリーは、朝議を終えたランスロットが執務室に入ってくると、いつもお茶の準備をしてくれた。今日は朝議をすっぽかしてしまったが、シャーリーにとっては毎朝のやるべき仕事に分類されているのだろう。
「シャーリー。お茶は俺の分の他に、もう一人分、準備してくれないか?」
ランスロットの勘が正しければ、そろそろジョシュアがやって来る。
「おい、ランス。調子はどうだ?」
「おはようございます、殿下。今、お茶を準備しますので」
ランスロットが声をかけるよりも先に、シャーリーが先に声をかけていた。
「おはよう、シャーリー。気を使わせて悪いね」
「悪いと思っているなら、朝から来るな」
「お前の調子を確認しないと、私も政務に身が入らないのだよ」
「どんな理由だ」
くすくすと笑いながら、シャーリーはソファに座る二人の前に、お菓子の入った籠を差し出した。
「まだお湯が沸いておりませんので。先に、こちらでも」
「いいね。朝からシャーリーがいると、至れり尽くせりだ。それよりも、お前たちの距離、近づいていないか?」
ジョシュアは、シャーリーがお菓子を出す際に、ランスロット側に寄っていたことを目にしたようだ。
「夫婦なのだから、当たり前だろう。お前もどうでもいいことを気にし過ぎだ」
「そうだな。私とマリアンヌの距離はそれ以上に近いからな」
「お前の惚気話など、聞きたくはない」
「私はお前の惚気話が聞きたいよ? まあ、惚気ることができるのであれば、だがな」
からりと笑ったジョシュアを、ランスロットは忌々しく見つめていた。
その間もシャーリーは部屋を行ったり来たりしながら、お茶の準備をしている。
「どうぞ。朝ですから、目が覚めるようにすっきりとした味わいのお茶にしてみました」
二人分のお茶を淹れたシャーリーは、入口近くの自席へと戻った。
「うん。いいね。やっぱりシャーリーの淹れたお茶は美味い」
「ありがとうございます」
自席から、彼女は頭を下げた。
その様子を見ていたランスロットは、ちっ、と悔しそうに舌打ちをする。
「で、何の用だ?」
ランスロットは声を潜めた。
「毎朝の恒例」
「本当にそれだけか?」
「様子を見に来ただけだろう? お前たちの」
「そうか。だが、特に気になることはなかった」
「そう。なら安心だ」
ジョシュアはお菓子に手を伸ばした。
「お前のところのお菓子は、センスがいいな。屋敷から持ってきているのか?」
「シャーリーが選んでいる」
「そうか。次の茶会にどのような菓子を出したらいいか、マリアンヌが悩んでいたから、シャーリーを相談役に借りてもいいか?」
「駄目に決まっているだろう?」
「心の狭い奴だな」
ジョシュアはニタリと笑った。
彼は、お茶を飲み、お菓子を食べ終えると、部屋を出て行った。
「また来るよ」
「もう来るな」
このやり取りまでがいつものことである。
「団長。本日の予定です。朝議を欠席されましたので、議事録は事務室から控えを受け取って参ります」
「わかった、ありがとう」
ランスロットの目の前にシャーリーが立っている。そして、書類を手渡してくれた。
テーブルの上に置いてのやり取りから、手渡しにまで進歩した。
「こちら、片付けますね」
ランスロットが立ち上がると、シャーリーはテーブルの上のカップとお菓子を片付け始めた。
その様子を見ているだけで、ランスロットの心は多幸感で満ちていた。
ランスロットが顔をあげると、斜め前にシャーリーがいる。
この距離は彼女の五歩圏内に入っている。そして、彼女は嫌がっている様子もない。ランスロットはそれを確認できたことに、ほっと胸を撫でおろした。
シャーリーと二人で馬車から降り、シャーリーと二人でエントランスを歩き、二人で執務室に入る。
シャーリーはランスロットの後ろを歩こうとしていたが、ランスロットの本来の目的は彼女の護衛である。できれば彼女には、自分の視界に入る範囲内にいて欲しかった。
なんとか誤魔化して、ランスロットが彼女の後方を歩くことに成功した。
「早速、お茶を淹れますね」
シャーリーは、朝議を終えたランスロットが執務室に入ってくると、いつもお茶の準備をしてくれた。今日は朝議をすっぽかしてしまったが、シャーリーにとっては毎朝のやるべき仕事に分類されているのだろう。
「シャーリー。お茶は俺の分の他に、もう一人分、準備してくれないか?」
ランスロットの勘が正しければ、そろそろジョシュアがやって来る。
「おい、ランス。調子はどうだ?」
「おはようございます、殿下。今、お茶を準備しますので」
ランスロットが声をかけるよりも先に、シャーリーが先に声をかけていた。
「おはよう、シャーリー。気を使わせて悪いね」
「悪いと思っているなら、朝から来るな」
「お前の調子を確認しないと、私も政務に身が入らないのだよ」
「どんな理由だ」
くすくすと笑いながら、シャーリーはソファに座る二人の前に、お菓子の入った籠を差し出した。
「まだお湯が沸いておりませんので。先に、こちらでも」
「いいね。朝からシャーリーがいると、至れり尽くせりだ。それよりも、お前たちの距離、近づいていないか?」
ジョシュアは、シャーリーがお菓子を出す際に、ランスロット側に寄っていたことを目にしたようだ。
「夫婦なのだから、当たり前だろう。お前もどうでもいいことを気にし過ぎだ」
「そうだな。私とマリアンヌの距離はそれ以上に近いからな」
「お前の惚気話など、聞きたくはない」
「私はお前の惚気話が聞きたいよ? まあ、惚気ることができるのであれば、だがな」
からりと笑ったジョシュアを、ランスロットは忌々しく見つめていた。
その間もシャーリーは部屋を行ったり来たりしながら、お茶の準備をしている。
「どうぞ。朝ですから、目が覚めるようにすっきりとした味わいのお茶にしてみました」
二人分のお茶を淹れたシャーリーは、入口近くの自席へと戻った。
「うん。いいね。やっぱりシャーリーの淹れたお茶は美味い」
「ありがとうございます」
自席から、彼女は頭を下げた。
その様子を見ていたランスロットは、ちっ、と悔しそうに舌打ちをする。
「で、何の用だ?」
ランスロットは声を潜めた。
「毎朝の恒例」
「本当にそれだけか?」
「様子を見に来ただけだろう? お前たちの」
「そうか。だが、特に気になることはなかった」
「そう。なら安心だ」
ジョシュアはお菓子に手を伸ばした。
「お前のところのお菓子は、センスがいいな。屋敷から持ってきているのか?」
「シャーリーが選んでいる」
「そうか。次の茶会にどのような菓子を出したらいいか、マリアンヌが悩んでいたから、シャーリーを相談役に借りてもいいか?」
「駄目に決まっているだろう?」
「心の狭い奴だな」
ジョシュアはニタリと笑った。
彼は、お茶を飲み、お菓子を食べ終えると、部屋を出て行った。
「また来るよ」
「もう来るな」
このやり取りまでがいつものことである。
「団長。本日の予定です。朝議を欠席されましたので、議事録は事務室から控えを受け取って参ります」
「わかった、ありがとう」
ランスロットの目の前にシャーリーが立っている。そして、書類を手渡してくれた。
テーブルの上に置いてのやり取りから、手渡しにまで進歩した。
「こちら、片付けますね」
ランスロットが立ち上がると、シャーリーはテーブルの上のカップとお菓子を片付け始めた。
その様子を見ているだけで、ランスロットの心は多幸感で満ちていた。
2
お気に入りに追加
805
あなたにおすすめの小説

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる