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抱きしめてもいいか?(5)
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ランスロットがいないだけでいつもの夕食も味気ないものとかわってしまう。
彼と一緒に食事をしても、会話が弾むわけでもないのに、ただそこにいることが重要だったのだ。
そんなシャーリーに気を使っているのか、イルメラは今日の食事についていろいろと説明をしてくれる。だが、彼女の声は、シャーリーの左耳から右耳へとただ通り過ぎるだけだった。
ランスロットとは、屋敷にいるときも食事の時間くらいしか顔を合わせない。そのときに会うことができなければ、意図的に会おうとしない限り、会う機会はないのだ。
それでもシャーリーはランスロットともう少し話をしたいと思っていた。
(団長の手に触ったら、何かを思い出せそうだった……)
ランスロットの手に触れたら懐かしい思いが込み上げてきた。もう少しで何かが掴めそうだったのに、ジョシュアが現われた。
「イルメラさん。団長が帰ってきたら教えてもらえますか?」
シャーリーの言葉に、イルメラは顔を綻ばせる。
「もちろんです、奥様」
食事を終えたシャーリーは自室に戻る。食後は読書をすることが彼女の日課となっていた。ここでは衣食住が全て揃っているため、シャーリー自らそのために何かをしなければならないということがない。
食事も洗濯も掃除も、シャーリーがやらなくても使用人がやってくれる。
ふと、家族のことを思い出す。
(お父様たち……。どうしているのかしら)
シャーリーは、書類上はランスロットと結婚したことになっているため、ハーデン家の屋敷で暮らしているが、父親や弟たちはコルビー家の屋敷で暮らしているはずだ。
そしてシャーリーが結婚式の最中に倒れたというのであれば、もちろん彼らもその場にいただろう。
となれば彼らだってシャーリーのことを心配しているにちがいない。だが彼女は、家族に何も連絡をしていなかった。
(お父様たちも、心配しているわよね……)
手紙を書くべきか、会いに行くべきか。
シャーリーはそんなことを考えていた。机の上に開かれた本は、先ほどから同じページが開かれたままだ。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
遠慮がちに扉を叩かれた後、扉越しにイルメラの声が聞こえてきた。
「ありがとう」
シャーリーは立ち上がり、ランスロットの執務室へと向かう。
彼はその部屋で寝ているのだ。シャーリーは、この部屋に入った記憶がなかった。
トントントンと扉を叩くと、中から「どうぞ」と聞こえてきた。間違いなくランスロットの声である。
その声が聞こえたことに、なぜかシャーリーは安堵する。
「シャーリーです」
名乗って部屋に入ると、ランスロットは大きく目を開いていた。
「どうかしたのか? 君がここにくるなんて」
「今日は、お帰りが遅いから夕食がご一緒できないと聞いたので……」
「ああ。すまない。急ぎの会議が入ってしまったからな」
そこでランスロットは眉尻を下げた。
「お茶でも飲むか?」
「ですが、団長はこれから夕食なのでは?」
「ついでだ。ここに運んでもらう」
ランスロットがベルを鳴らすと、セバスが食事ののっているワゴンを押しながらやって来た。
「シャーリーにはお茶を」
「かしこまりました」
大きなソファの前にあるテーブルの上に、ランスロットの夕食と、シャーリーのためのお茶とお菓子が並べられる。その間シャーリーは、部屋の隅に立っていた。
セバスが頭を下げて部屋を出ていくのを見送ってから、どこに座るべきかで悩み始めた。
お茶の用意がされている席に座ればいいのだが、そこだとランスロットの座る位置と対角線上で遠い気がする。
セバスは、ランスロットとシャーリーが六歩の距離が保てるようにと、わざと彼が座る場所から遠い位置に置いたのだ。
できればもう少しランスロットの近くに座りたいと思っていることに気づき、シャーリー自身も驚いた。
「シャーリー、どうかしたのか?」
「いえ。失礼します」
緊張した面持ちで、シャーリーはランスロットの対角線上の位置に座った。
ランスロットはよほどお腹が空いていたのだろう。シャーリーがカップに手を伸ばしたところを見届けると、目の前の食事に手を出した。
見ているだけでも気持ちよくなるくらいの食べっぷりだ。
「あの、ランスロット様……」
彼がスープを飲み終えたとき、シャーリーは声をかけた。彼の肩が震えた。
「シャーリー。今、君は俺の名前を……」
「あ、失礼しました」
シャーリーはランスロットに指摘されるまで、彼の名を口にしたことに気づいていなかった。慌てて、右手で口元を塞ぐ。
「いや、いい。むしろ、もっと呼んでくれ。そう、昼間も言ったはずだ」
「は、はい」
耳まで真っ赤にしたシャーリーは、気持ちを落ち着けるためにカップに手を伸ばした。
「それで。どんな用だ?」
「あ、え、と……」
ただ、なんとなくランスロットに会いたかったのだ。これといった用があったわけではない。だから、このように聞かれてしまうと回答につまってしまう。
彼と一緒に食事をしても、会話が弾むわけでもないのに、ただそこにいることが重要だったのだ。
そんなシャーリーに気を使っているのか、イルメラは今日の食事についていろいろと説明をしてくれる。だが、彼女の声は、シャーリーの左耳から右耳へとただ通り過ぎるだけだった。
ランスロットとは、屋敷にいるときも食事の時間くらいしか顔を合わせない。そのときに会うことができなければ、意図的に会おうとしない限り、会う機会はないのだ。
それでもシャーリーはランスロットともう少し話をしたいと思っていた。
(団長の手に触ったら、何かを思い出せそうだった……)
ランスロットの手に触れたら懐かしい思いが込み上げてきた。もう少しで何かが掴めそうだったのに、ジョシュアが現われた。
「イルメラさん。団長が帰ってきたら教えてもらえますか?」
シャーリーの言葉に、イルメラは顔を綻ばせる。
「もちろんです、奥様」
食事を終えたシャーリーは自室に戻る。食後は読書をすることが彼女の日課となっていた。ここでは衣食住が全て揃っているため、シャーリー自らそのために何かをしなければならないということがない。
食事も洗濯も掃除も、シャーリーがやらなくても使用人がやってくれる。
ふと、家族のことを思い出す。
(お父様たち……。どうしているのかしら)
シャーリーは、書類上はランスロットと結婚したことになっているため、ハーデン家の屋敷で暮らしているが、父親や弟たちはコルビー家の屋敷で暮らしているはずだ。
そしてシャーリーが結婚式の最中に倒れたというのであれば、もちろん彼らもその場にいただろう。
となれば彼らだってシャーリーのことを心配しているにちがいない。だが彼女は、家族に何も連絡をしていなかった。
(お父様たちも、心配しているわよね……)
手紙を書くべきか、会いに行くべきか。
シャーリーはそんなことを考えていた。机の上に開かれた本は、先ほどから同じページが開かれたままだ。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
遠慮がちに扉を叩かれた後、扉越しにイルメラの声が聞こえてきた。
「ありがとう」
シャーリーは立ち上がり、ランスロットの執務室へと向かう。
彼はその部屋で寝ているのだ。シャーリーは、この部屋に入った記憶がなかった。
トントントンと扉を叩くと、中から「どうぞ」と聞こえてきた。間違いなくランスロットの声である。
その声が聞こえたことに、なぜかシャーリーは安堵する。
「シャーリーです」
名乗って部屋に入ると、ランスロットは大きく目を開いていた。
「どうかしたのか? 君がここにくるなんて」
「今日は、お帰りが遅いから夕食がご一緒できないと聞いたので……」
「ああ。すまない。急ぎの会議が入ってしまったからな」
そこでランスロットは眉尻を下げた。
「お茶でも飲むか?」
「ですが、団長はこれから夕食なのでは?」
「ついでだ。ここに運んでもらう」
ランスロットがベルを鳴らすと、セバスが食事ののっているワゴンを押しながらやって来た。
「シャーリーにはお茶を」
「かしこまりました」
大きなソファの前にあるテーブルの上に、ランスロットの夕食と、シャーリーのためのお茶とお菓子が並べられる。その間シャーリーは、部屋の隅に立っていた。
セバスが頭を下げて部屋を出ていくのを見送ってから、どこに座るべきかで悩み始めた。
お茶の用意がされている席に座ればいいのだが、そこだとランスロットの座る位置と対角線上で遠い気がする。
セバスは、ランスロットとシャーリーが六歩の距離が保てるようにと、わざと彼が座る場所から遠い位置に置いたのだ。
できればもう少しランスロットの近くに座りたいと思っていることに気づき、シャーリー自身も驚いた。
「シャーリー、どうかしたのか?」
「いえ。失礼します」
緊張した面持ちで、シャーリーはランスロットの対角線上の位置に座った。
ランスロットはよほどお腹が空いていたのだろう。シャーリーがカップに手を伸ばしたところを見届けると、目の前の食事に手を出した。
見ているだけでも気持ちよくなるくらいの食べっぷりだ。
「あの、ランスロット様……」
彼がスープを飲み終えたとき、シャーリーは声をかけた。彼の肩が震えた。
「シャーリー。今、君は俺の名前を……」
「あ、失礼しました」
シャーリーはランスロットに指摘されるまで、彼の名を口にしたことに気づいていなかった。慌てて、右手で口元を塞ぐ。
「いや、いい。むしろ、もっと呼んでくれ。そう、昼間も言ったはずだ」
「は、はい」
耳まで真っ赤にしたシャーリーは、気持ちを落ち着けるためにカップに手を伸ばした。
「それで。どんな用だ?」
「あ、え、と……」
ただ、なんとなくランスロットに会いたかったのだ。これといった用があったわけではない。だから、このように聞かれてしまうと回答につまってしまう。
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