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抱きしめてもいいか?(4)
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彼女が何か言いかけた時、執務室の扉が荒々しく開かれた。
「おい、ランスロット……。って、お邪魔だったな。すまんすまん」
もちろん、ジョシュアだ。
いつの間にか、シャーリーはぱっとランスロットの手を離し、彼の対角線上に姿勢を正して座り直していた。
「ああ、本当に邪魔な奴だ。何の用だ」
ランスロットはシャーリーの言いかけた言葉が気になっていた。ジョシュアが姿を見せなければ、あの言葉の続きが聞けたというのに。
「今すぐ、片づけます」
シャーリーはテーブルの上に広げてあった書類を、慌てて手にする。
「いや。ランスロットを借りるだけだから」
「何かあったのか?」
「ま、な」
そのやりとりだけで、ジョシュアが何をしたいのかはなんとなくわかる。彼は、シャーリーには聞かせられない話をしたいのだ。
「シャーリー。悪いが俺は不在にする。俺が部屋を出たら鍵をかけて、仕事の続きを。もし、帰宅時間までに俺が戻らなかったら、鍵をかけて帰宅していい。わかったな」
「はい」
不安な表情を浮かべるシャーリーが頷いていた。
◇◇◇◇
パタン。
閉ざされた扉を見送ってから、シャーリーは扉の鍵をかけた。
しばらく、その場から動くことができなかった。
(団長の手……。怖くなかった)
書類を確認している最中に、勢いあまって触れてしまった。
それだけでない。
彼はそれを謝罪した。不快であったろう、と。
だが、不快ではなかった。ただの事故のようだと思っていた。
普段のシャーリーであれば、間違いなく「きゃ」と声を上げて、すぐに逃げ去っていただろう。だけど、先ほどはそうではなかった。
それを確かめるために、ランスロットの手に、もっと触れたかった。
彼の太い指を握りしめたときも、嫌な感じはしなかった。どちらかというと、懐かしい気持ちがした。
(やはり。私はあの手を知っている……)
先ほど、彼の手に包まれた右手をぎゅっと握りしめる。
(ランスロット様……)
そろそろと足を動かしたシャーリーは、なんとか自席に座り、先ほどの書類を確認し直す。必要な個所の説明は終わった。あとは、ランスロットに修正してもらえばいい。
修正案を書いておけば、彼は理解してくれるだろう。
彼女はメモにペンを走らせた。
その日は結局、ランスロットはシャーリーの帰宅時間までに戻ってこなかった。
いつも「お疲れさまでした、お先に失礼します」と言って出る執務室を、今日は無言で出る。
パタリと乾いた扉の音だけが虚しく響く。
鍵をかけ、エントランスへと向かうと、イルメラの姿が目に入った。
「お迎えにあがりました」
彼女がここで待っているのは珍しい。いつもは、王城敷地内の入り口にある門の向こう側で待っているはずなのに。
「ありがとう」
それだけ口にしたシャーリーはイルメラと共にエントランスを進み、迎えの馬車がきている場所まで歩くと、馬車へと乗り込んだ。
「今日は、何かあったのですか?」
シャーリーが尋ねると、イルメラは首を傾げる。
「え、と。今日はエントランスで待っていたので」
「旦那様からそうするように連絡がありました」
なぜランスロットはそのようなことをイルメラに頼んだのだろうか。シャーリーには心当たりがまったくない。
「今日、旦那様は帰りが遅くなるとのことでしたので、夕飯はご一緒できないそうです」
「そうですか……」
少しランスロットに近づけた気がしていたのに、一気に突き放されてしまった感じがした。
「奥様、もしかして寂しいのですか?」
イルメラが含みをもたせて尋ねてきたので、シャーリーは必死で「違います」と答えた。
「おい、ランスロット……。って、お邪魔だったな。すまんすまん」
もちろん、ジョシュアだ。
いつの間にか、シャーリーはぱっとランスロットの手を離し、彼の対角線上に姿勢を正して座り直していた。
「ああ、本当に邪魔な奴だ。何の用だ」
ランスロットはシャーリーの言いかけた言葉が気になっていた。ジョシュアが姿を見せなければ、あの言葉の続きが聞けたというのに。
「今すぐ、片づけます」
シャーリーはテーブルの上に広げてあった書類を、慌てて手にする。
「いや。ランスロットを借りるだけだから」
「何かあったのか?」
「ま、な」
そのやりとりだけで、ジョシュアが何をしたいのかはなんとなくわかる。彼は、シャーリーには聞かせられない話をしたいのだ。
「シャーリー。悪いが俺は不在にする。俺が部屋を出たら鍵をかけて、仕事の続きを。もし、帰宅時間までに俺が戻らなかったら、鍵をかけて帰宅していい。わかったな」
「はい」
不安な表情を浮かべるシャーリーが頷いていた。
◇◇◇◇
パタン。
閉ざされた扉を見送ってから、シャーリーは扉の鍵をかけた。
しばらく、その場から動くことができなかった。
(団長の手……。怖くなかった)
書類を確認している最中に、勢いあまって触れてしまった。
それだけでない。
彼はそれを謝罪した。不快であったろう、と。
だが、不快ではなかった。ただの事故のようだと思っていた。
普段のシャーリーであれば、間違いなく「きゃ」と声を上げて、すぐに逃げ去っていただろう。だけど、先ほどはそうではなかった。
それを確かめるために、ランスロットの手に、もっと触れたかった。
彼の太い指を握りしめたときも、嫌な感じはしなかった。どちらかというと、懐かしい気持ちがした。
(やはり。私はあの手を知っている……)
先ほど、彼の手に包まれた右手をぎゅっと握りしめる。
(ランスロット様……)
そろそろと足を動かしたシャーリーは、なんとか自席に座り、先ほどの書類を確認し直す。必要な個所の説明は終わった。あとは、ランスロットに修正してもらえばいい。
修正案を書いておけば、彼は理解してくれるだろう。
彼女はメモにペンを走らせた。
その日は結局、ランスロットはシャーリーの帰宅時間までに戻ってこなかった。
いつも「お疲れさまでした、お先に失礼します」と言って出る執務室を、今日は無言で出る。
パタリと乾いた扉の音だけが虚しく響く。
鍵をかけ、エントランスへと向かうと、イルメラの姿が目に入った。
「お迎えにあがりました」
彼女がここで待っているのは珍しい。いつもは、王城敷地内の入り口にある門の向こう側で待っているはずなのに。
「ありがとう」
それだけ口にしたシャーリーはイルメラと共にエントランスを進み、迎えの馬車がきている場所まで歩くと、馬車へと乗り込んだ。
「今日は、何かあったのですか?」
シャーリーが尋ねると、イルメラは首を傾げる。
「え、と。今日はエントランスで待っていたので」
「旦那様からそうするように連絡がありました」
なぜランスロットはそのようなことをイルメラに頼んだのだろうか。シャーリーには心当たりがまったくない。
「今日、旦那様は帰りが遅くなるとのことでしたので、夕飯はご一緒できないそうです」
「そうですか……」
少しランスロットに近づけた気がしていたのに、一気に突き放されてしまった感じがした。
「奥様、もしかして寂しいのですか?」
イルメラが含みをもたせて尋ねてきたので、シャーリーは必死で「違います」と答えた。
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