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頼まれてくれないか?(2)
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最初は、シャーリーから届くのはランスロットにたいする感謝の言葉ばかりであったが、彼が『今日の夕飯は何が食べたいか』と書いてみたところ『かぼちゃのスープが飲みたいです』と返事がきたのがきっかけとなり、家のことの話題など、他愛のないこともやり取りをするようになった。
同じ屋根の下にいながら、会話はそっけないが、メモにすれば意思疎通が成り立つ。そんな関係になったのだ。
それだけでも前進したとランスロットは思っていた。
だが、職場では同じ部屋にいることすらできない。
コンコンコンと扉を叩く音がした。すぐにジョシュアは立ち上がる。
「シャーリーが来たみたいだな。じゃ、私は戻るよ。進展があったら私にも教えてくれ」
彼は楽しそうにひらひらと肩越しに手を振る。
ガチャリと扉が開き、入ってきたのはやはりシャーリーだった。
「あ、おはようございます。殿下」
彼女は深々と頭を下げた。
「おはよう。私は戻るから、ランスのことを頼むよ」
「あ、はい」
シャーリーはすぐさま扉の前から移動して、その場をジョシュアに譲る。彼らの間がきっかりと六歩離れていることに、ランスロットは気がついた。
ジョシュアは既婚者であるし王太子であるから、シャーリーも気を許すのかと思ったら、そうではなかったのだ。
ランスロットは、ほっと胸を撫でおろす。
「シャーリー」
「はい」
資料室へと向かう彼女に声をかける。
「明日でいいから頼まれてくれないだろうか?」
「はい。私でできることであれば」
「表通りに、お菓子屋があるだろう?」
「はい」
「そこのお菓子を買ってきてもらいたい。明日でかまわない」
以前にも同じようにお願いをしたことがある。これをきっかけで、休憩時間を彼女と一緒に過ごせるようになったのだ。
シャーリーはゆっくりと顔をあげ、ランスロットに視線を送ってきた。
「だ、団長。それは、どういうことでしょうか?」
「どういうこともそういうこともなく。菓子屋で菓子を買ってきてもらいたいんだ。俺が休憩時間にそこの菓子を食べたいんだ」
(君と一緒に――)
その一言は口にしない。
「仕事であれば」
「仕事だ」
シャーリーが大きく息を吸った。
「承知しました」
どことなくその言葉が震えているようにも聞こえた。
「だが、無理はしないでくれ。まだ、外に出るのが怖いのであれば、無理にとは言わない。他の者に頼むから。イルメラかセバスあたりに頼む」
「いえ、大丈夫です。イルメラさんに付き合ってもらいます。私もこのままではいけないと思っておりますから。明日、こちらの菓子店に寄ってから出勤しますので、少し遅れてしまいますが、よろしいですか?」
以前もそうやって、彼女は引き受けてくれたのだ。心のどこかに恐怖があるだろうに、それに向かおうとしている。
「ああ。菓子を買いに行くのも仕事だから、問題はない」
シャーリーは軽く頭を下げると、隣の資料室に向かった。
ソファ席から彼女の姿を見ることはできない。角度的に死角になる。だが、彼の執務席に座れば、シャーリーの姿を確認することができる。
今は、ソファ席にいて良かったとランスロットは思っていた。
なぜか気まずかった。いや、緊張していた。このような姿をシャーリーに見せたくなかった。
テーブルの上にある冷めたお茶を一気に飲み干した。
空になったカップ二つをワゴンに戻すと、ゆっくりと執務席に戻る。
今日は来月の騎士団のシフトを決めなければならなかった。騎士団は近衛騎士隊、諜報隊、警備隊などの他にも、支援隊や防護隊など、目的に応じた部隊がある。各部隊の細かい人員配置は隊長が決めるが、予定されている公務などにどこの隊から人を出すかを決めるのは団長であるランスロットの仕事でもある。また、王都だけでなく、地方にも人を派遣する。その任期を決めるのも彼の仕事だ。
来月の公務の確認をしようと、書類を手にした時、視線を感じた。
同じ屋根の下にいながら、会話はそっけないが、メモにすれば意思疎通が成り立つ。そんな関係になったのだ。
それだけでも前進したとランスロットは思っていた。
だが、職場では同じ部屋にいることすらできない。
コンコンコンと扉を叩く音がした。すぐにジョシュアは立ち上がる。
「シャーリーが来たみたいだな。じゃ、私は戻るよ。進展があったら私にも教えてくれ」
彼は楽しそうにひらひらと肩越しに手を振る。
ガチャリと扉が開き、入ってきたのはやはりシャーリーだった。
「あ、おはようございます。殿下」
彼女は深々と頭を下げた。
「おはよう。私は戻るから、ランスのことを頼むよ」
「あ、はい」
シャーリーはすぐさま扉の前から移動して、その場をジョシュアに譲る。彼らの間がきっかりと六歩離れていることに、ランスロットは気がついた。
ジョシュアは既婚者であるし王太子であるから、シャーリーも気を許すのかと思ったら、そうではなかったのだ。
ランスロットは、ほっと胸を撫でおろす。
「シャーリー」
「はい」
資料室へと向かう彼女に声をかける。
「明日でいいから頼まれてくれないだろうか?」
「はい。私でできることであれば」
「表通りに、お菓子屋があるだろう?」
「はい」
「そこのお菓子を買ってきてもらいたい。明日でかまわない」
以前にも同じようにお願いをしたことがある。これをきっかけで、休憩時間を彼女と一緒に過ごせるようになったのだ。
シャーリーはゆっくりと顔をあげ、ランスロットに視線を送ってきた。
「だ、団長。それは、どういうことでしょうか?」
「どういうこともそういうこともなく。菓子屋で菓子を買ってきてもらいたいんだ。俺が休憩時間にそこの菓子を食べたいんだ」
(君と一緒に――)
その一言は口にしない。
「仕事であれば」
「仕事だ」
シャーリーが大きく息を吸った。
「承知しました」
どことなくその言葉が震えているようにも聞こえた。
「だが、無理はしないでくれ。まだ、外に出るのが怖いのであれば、無理にとは言わない。他の者に頼むから。イルメラかセバスあたりに頼む」
「いえ、大丈夫です。イルメラさんに付き合ってもらいます。私もこのままではいけないと思っておりますから。明日、こちらの菓子店に寄ってから出勤しますので、少し遅れてしまいますが、よろしいですか?」
以前もそうやって、彼女は引き受けてくれたのだ。心のどこかに恐怖があるだろうに、それに向かおうとしている。
「ああ。菓子を買いに行くのも仕事だから、問題はない」
シャーリーは軽く頭を下げると、隣の資料室に向かった。
ソファ席から彼女の姿を見ることはできない。角度的に死角になる。だが、彼の執務席に座れば、シャーリーの姿を確認することができる。
今は、ソファ席にいて良かったとランスロットは思っていた。
なぜか気まずかった。いや、緊張していた。このような姿をシャーリーに見せたくなかった。
テーブルの上にある冷めたお茶を一気に飲み干した。
空になったカップ二つをワゴンに戻すと、ゆっくりと執務席に戻る。
今日は来月の騎士団のシフトを決めなければならなかった。騎士団は近衛騎士隊、諜報隊、警備隊などの他にも、支援隊や防護隊など、目的に応じた部隊がある。各部隊の細かい人員配置は隊長が決めるが、予定されている公務などにどこの隊から人を出すかを決めるのは団長であるランスロットの仕事でもある。また、王都だけでなく、地方にも人を派遣する。その任期を決めるのも彼の仕事だ。
来月の公務の確認をしようと、書類を手にした時、視線を感じた。
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