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一緒にお菓子を食べないか?(2)
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(え……、今のは誰の記憶?)
突然、頭の中に浮かんできたランスロットの姿にシャーリーは戸惑いを隠せない。彼は執務室で誰かと二人で書類の確認をしていた。
その相手が誰かわからないのは、姿が見えなかったからだ。シャーリーは誰かを通してランスロットを見ていた。その誰かが誰であるかはわからない。
軽くかぶりを振ってから、もう一度書類と向き合った。
一時間もすれば、書類の確認は終わる。シャーリーは修正した箇所のメモを書く。
どこの項目の数値をどう直した。間違いの原因はここでした等の内容だ。勝手に数字だけを修正してしまうと、ランスロットが確認したときに見逃すことを懸念していた。それに、間違いを見直せば、次からは同じ間違いも減るだろう。
シャーリーは必ず、メモの最後に一言何か言葉を添える。それは指摘ばかりされたら、相手も気分を害すかもしれないという思いがあるためだ。
「お疲れ様です」から始まり、シャーリーでも間違えやすい場所、気を付けているところ、そして疲れているときにお勧めの食べ物など、内容はさまざまだった。
だけど今日は、彼に御礼を伝えたいと思っていた。それから、わからない書類はそのままにせずに、すぐに相談して欲しいと。
いつも彼と食事は共にとる。だけど、その場でシャーリーはランスロットには何も言えない。ただ、黙々と手を動かすだけであった。
ランスロットは「今日はどうだったか」「何か不便なことはないか」と毎回同じようなことを聞いてくる。それに対してシャーリーは「はい」か「いいえ」、もしくは「不満はありません」でしか答えられなかった。
(団長が悪い人ではないこと、わかってはいるけれど……)
それでもランスロットとシャーリーには十歳の年の差がある。だから、言いたいことが言えないときもある。そこに男性恐怖症が重なれば、言いたいことは言えない。
だから、こうやってメモにするのだ。
そのメモを書いていたペンの動きが止まる。
(私だって、好きで男性恐怖症になったわけじゃない)
止まった場所で、ペンがインクの滲みを作っていた。
シャーリーは生まれながらにして男性恐怖症だったわけではない。もちろん、そうなったきっかけがある。
母親と馬車で出掛けたときに、暴漢に襲われた。金目の物を狙っている彼らは、よく馬車を襲う。そうならないように、馬車で出掛ける時は護衛をつける。だけど、その護衛の者も仲間だったのだ。むしろ、彼が裏切り者だった。
そのときのコルビー家にはまだお金があったため、身代金目当ての誘拐を企んでいたようだ。
信頼していた護衛の者に裏切られた。それだけでなく、シャーリーはまだ成長段階の身体を不躾に触られた。彼女の発育を確認するかのように。
そしてシャーリーをどん底に落としたのは、この事件がきっかけで母親が命を失ってしまったこと。
このときの恐怖と嫌悪感により、男性全てが怖くなった。
まともに話ができるのは、父親と弟たちだけ。使用人であっても、彼のような裏切りがあるかもしれないと思うと、近づくことができなくなった。
なんとか父親の体裁のために社交界デビューをしたものの、それ以降は社交界に顔を出していない。その後、コルビー領が不作にあい、私財をなげうって領民の生活を守った。誰一人飢えることなく、不作の年を乗り切ったが、コルビー家の財産はぎりぎり底をつく一歩手前となってしまう。
それでもコルビー家には蓄えもあったし、今回の不作を経験したことによって備蓄庫も整備したため、なんとかやっていける状況ではあった。
だがシャーリーには弟が二人いる。その弟を王都の学院に通わせたかった。だからシャーリーは働きに出ることにしたのだ。弟たちの学費のために。
男性恐怖症のシャーリーを雇ってくれるところなどあるだろうかと、女学校時代の友人であるアンナに相談したところ、ちょうど王城事務官で会計関係を手伝ってくれる人を探していたと言われた。シャーリーは昔から計算が得意であったのと、事務官であっても会計関係専門であれば、事務室にこもって仕事をこなすだけであるため、他の人に会わなくてもいいというのが魅力的な条件であった。
アンナとしても即戦力が欲しかったようで、シャーリーの仕事先は難なく決まる。それが、彼女が二十歳の頃である。
事務官は女性の方が多い。中には男性もいるが、それでも圧倒的に女性の方が多い。まして、事務官室にこもって作業をしているのは女性ばかりだ。男性は、専属事務官となることが多いからだ。
突然、頭の中に浮かんできたランスロットの姿にシャーリーは戸惑いを隠せない。彼は執務室で誰かと二人で書類の確認をしていた。
その相手が誰かわからないのは、姿が見えなかったからだ。シャーリーは誰かを通してランスロットを見ていた。その誰かが誰であるかはわからない。
軽くかぶりを振ってから、もう一度書類と向き合った。
一時間もすれば、書類の確認は終わる。シャーリーは修正した箇所のメモを書く。
どこの項目の数値をどう直した。間違いの原因はここでした等の内容だ。勝手に数字だけを修正してしまうと、ランスロットが確認したときに見逃すことを懸念していた。それに、間違いを見直せば、次からは同じ間違いも減るだろう。
シャーリーは必ず、メモの最後に一言何か言葉を添える。それは指摘ばかりされたら、相手も気分を害すかもしれないという思いがあるためだ。
「お疲れ様です」から始まり、シャーリーでも間違えやすい場所、気を付けているところ、そして疲れているときにお勧めの食べ物など、内容はさまざまだった。
だけど今日は、彼に御礼を伝えたいと思っていた。それから、わからない書類はそのままにせずに、すぐに相談して欲しいと。
いつも彼と食事は共にとる。だけど、その場でシャーリーはランスロットには何も言えない。ただ、黙々と手を動かすだけであった。
ランスロットは「今日はどうだったか」「何か不便なことはないか」と毎回同じようなことを聞いてくる。それに対してシャーリーは「はい」か「いいえ」、もしくは「不満はありません」でしか答えられなかった。
(団長が悪い人ではないこと、わかってはいるけれど……)
それでもランスロットとシャーリーには十歳の年の差がある。だから、言いたいことが言えないときもある。そこに男性恐怖症が重なれば、言いたいことは言えない。
だから、こうやってメモにするのだ。
そのメモを書いていたペンの動きが止まる。
(私だって、好きで男性恐怖症になったわけじゃない)
止まった場所で、ペンがインクの滲みを作っていた。
シャーリーは生まれながらにして男性恐怖症だったわけではない。もちろん、そうなったきっかけがある。
母親と馬車で出掛けたときに、暴漢に襲われた。金目の物を狙っている彼らは、よく馬車を襲う。そうならないように、馬車で出掛ける時は護衛をつける。だけど、その護衛の者も仲間だったのだ。むしろ、彼が裏切り者だった。
そのときのコルビー家にはまだお金があったため、身代金目当ての誘拐を企んでいたようだ。
信頼していた護衛の者に裏切られた。それだけでなく、シャーリーはまだ成長段階の身体を不躾に触られた。彼女の発育を確認するかのように。
そしてシャーリーをどん底に落としたのは、この事件がきっかけで母親が命を失ってしまったこと。
このときの恐怖と嫌悪感により、男性全てが怖くなった。
まともに話ができるのは、父親と弟たちだけ。使用人であっても、彼のような裏切りがあるかもしれないと思うと、近づくことができなくなった。
なんとか父親の体裁のために社交界デビューをしたものの、それ以降は社交界に顔を出していない。その後、コルビー領が不作にあい、私財をなげうって領民の生活を守った。誰一人飢えることなく、不作の年を乗り切ったが、コルビー家の財産はぎりぎり底をつく一歩手前となってしまう。
それでもコルビー家には蓄えもあったし、今回の不作を経験したことによって備蓄庫も整備したため、なんとかやっていける状況ではあった。
だがシャーリーには弟が二人いる。その弟を王都の学院に通わせたかった。だからシャーリーは働きに出ることにしたのだ。弟たちの学費のために。
男性恐怖症のシャーリーを雇ってくれるところなどあるだろうかと、女学校時代の友人であるアンナに相談したところ、ちょうど王城事務官で会計関係を手伝ってくれる人を探していたと言われた。シャーリーは昔から計算が得意であったのと、事務官であっても会計関係専門であれば、事務室にこもって仕事をこなすだけであるため、他の人に会わなくてもいいというのが魅力的な条件であった。
アンナとしても即戦力が欲しかったようで、シャーリーの仕事先は難なく決まる。それが、彼女が二十歳の頃である。
事務官は女性の方が多い。中には男性もいるが、それでも圧倒的に女性の方が多い。まして、事務官室にこもって作業をしているのは女性ばかりだ。男性は、専属事務官となることが多いからだ。
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