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愛しているとは言ってくれないのか?(4)
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アンナは大きく肩で息をつく。
『その書類を確認したのは、シャーリー・コルビーという者です。三日前からこちらで働くようになりました。こういった計算が得意ですので、今後ともよろしくお願いします』
『アンナ、どうかしたの? あっ……』
アンナの後ろには薄紫色の珍しい髪色の女性が立っていた。アンナよりも背は低く、ランスロットに気がついた途端、動きを止める。
『シャーリー、何でもないわ。あなたは席に戻っていなさい』
『ごめんなさい』
薄紫色の髪の女性は、身体を抱きかかえるようにして戻っていく。
(今の彼女がシャーリー?)
『失礼しました。彼女は人見知りなところがありますので。本件については、私の方から伝えておきます』
シャーリーの動きを目で追っていたランスロットは「また、頼む」とだけ口にして、事務室の前を後にした。
だが、執務室に戻ったランスロットは、シャーリーのことが忘れられなかった。
ランスロットを見た瞬間、怯えたように距離をとり、そして体を震わせていた。
間違いなく初対面だ。彼女に何かをした記憶は一切ない。
それに、ランスロットも女遊びが激しいわけでもない。こちらから望んだとしても、相手に逃げられてしまう方が多く、そういったことすら望まなくなったし、金を払ってまでどうのこうのというのも、煩わしくなるような立場になってしまったからだ。
となれば、彼女は『燃える赤獅子』と呼ばれるその風貌に怯えたのだろうか。
特に、睨みを利かせたわけでもないし、アンナは淡々と接してくれていた。
だが、顔は怖いと言われているのも事実である。
ランスロットは頭を抱えて悩み、そして思い出したように机の中から手鏡を取り出す。
(そんなに、俺の顔は怖いのか……)
じっと手鏡の中の自身の顔を見つめる。
左手の親指と人差し指で口の端を持ち上げてみる。
(やはり、怖いのか……)
指で眉間を推してみたり、目尻を下げてみたり。
『一体、何をやっている……』
そんなことをしていたから、この部屋に誰かが入ってきたことにも気づかなかった。
『なんだ、ジョシュアか……』
『なんだとはなんだ。せっかく遊びに来てやったというのに』
『来なくていい』
『一人で遊んでいたようだな』
ランスロットを見下ろしたジョシュアは鼻先で笑ってから、机の上の書類の一枚に手を伸ばす。
『なんだ、終わっているのか。つまらん』
『遊びに来たではなく、邪魔をしに来たの間違いだろう?』
仕方なくランスロットは、机の上のベルを鳴らす。事務官を呼んで、お茶を淹れてもらうつもりだった。
その瞬間、先ほど見たシャーリーの姿が脳裏をかすめる。
だが、彼女は人見知りとのこと。果たして、来てくれるだろうか。
そんな淡い期待を抱きつつも、来てくれたのはアンナだった。
『もしかして、がっかりされてますか? 私で』
『いや……』
丁寧な手つきでお茶を淹れるアンナを横目で確認しながら、シャーリーのことを聞こうかどうか悩んでいた。だが、聞いてはならない。何しろ目の前にはジョシュアもいるのだ。シャーリーに興味を持ってしまったことを、彼に知られてはいけないと、本能が囁いていた。
だから、以前から気にしていた別件を口にする。
『ウェスト事務官。ところで、以前から希望を出していた俺専属の事務官の件はどうなった?』
アンナの手が止まる。それはまるで「しまった」とでも言っているかのように見えた。だが、彼女もすぐに本心を悟られないようにと、平静を装って答える。
『残念ながら、まだ希望される方が見つからなくて』
カチャと音を立てて、目の前にカップが置かれた。
『この見た目じゃな。今にも食われそうだし』
ジョシュアが冗談のような言葉を笑いながら口にするが、冗談にならないところもある。
『その書類を確認したのは、シャーリー・コルビーという者です。三日前からこちらで働くようになりました。こういった計算が得意ですので、今後ともよろしくお願いします』
『アンナ、どうかしたの? あっ……』
アンナの後ろには薄紫色の珍しい髪色の女性が立っていた。アンナよりも背は低く、ランスロットに気がついた途端、動きを止める。
『シャーリー、何でもないわ。あなたは席に戻っていなさい』
『ごめんなさい』
薄紫色の髪の女性は、身体を抱きかかえるようにして戻っていく。
(今の彼女がシャーリー?)
『失礼しました。彼女は人見知りなところがありますので。本件については、私の方から伝えておきます』
シャーリーの動きを目で追っていたランスロットは「また、頼む」とだけ口にして、事務室の前を後にした。
だが、執務室に戻ったランスロットは、シャーリーのことが忘れられなかった。
ランスロットを見た瞬間、怯えたように距離をとり、そして体を震わせていた。
間違いなく初対面だ。彼女に何かをした記憶は一切ない。
それに、ランスロットも女遊びが激しいわけでもない。こちらから望んだとしても、相手に逃げられてしまう方が多く、そういったことすら望まなくなったし、金を払ってまでどうのこうのというのも、煩わしくなるような立場になってしまったからだ。
となれば、彼女は『燃える赤獅子』と呼ばれるその風貌に怯えたのだろうか。
特に、睨みを利かせたわけでもないし、アンナは淡々と接してくれていた。
だが、顔は怖いと言われているのも事実である。
ランスロットは頭を抱えて悩み、そして思い出したように机の中から手鏡を取り出す。
(そんなに、俺の顔は怖いのか……)
じっと手鏡の中の自身の顔を見つめる。
左手の親指と人差し指で口の端を持ち上げてみる。
(やはり、怖いのか……)
指で眉間を推してみたり、目尻を下げてみたり。
『一体、何をやっている……』
そんなことをしていたから、この部屋に誰かが入ってきたことにも気づかなかった。
『なんだ、ジョシュアか……』
『なんだとはなんだ。せっかく遊びに来てやったというのに』
『来なくていい』
『一人で遊んでいたようだな』
ランスロットを見下ろしたジョシュアは鼻先で笑ってから、机の上の書類の一枚に手を伸ばす。
『なんだ、終わっているのか。つまらん』
『遊びに来たではなく、邪魔をしに来たの間違いだろう?』
仕方なくランスロットは、机の上のベルを鳴らす。事務官を呼んで、お茶を淹れてもらうつもりだった。
その瞬間、先ほど見たシャーリーの姿が脳裏をかすめる。
だが、彼女は人見知りとのこと。果たして、来てくれるだろうか。
そんな淡い期待を抱きつつも、来てくれたのはアンナだった。
『もしかして、がっかりされてますか? 私で』
『いや……』
丁寧な手つきでお茶を淹れるアンナを横目で確認しながら、シャーリーのことを聞こうかどうか悩んでいた。だが、聞いてはならない。何しろ目の前にはジョシュアもいるのだ。シャーリーに興味を持ってしまったことを、彼に知られてはいけないと、本能が囁いていた。
だから、以前から気にしていた別件を口にする。
『ウェスト事務官。ところで、以前から希望を出していた俺専属の事務官の件はどうなった?』
アンナの手が止まる。それはまるで「しまった」とでも言っているかのように見えた。だが、彼女もすぐに本心を悟られないようにと、平静を装って答える。
『残念ながら、まだ希望される方が見つからなくて』
カチャと音を立てて、目の前にカップが置かれた。
『この見た目じゃな。今にも食われそうだし』
ジョシュアが冗談のような言葉を笑いながら口にするが、冗談にならないところもある。
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