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プロローグ
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純白のウェディングドレスに身を包むシャーリー・コルビーは、たった今、シャーリー・ハーデンとなる誓約書にサインをした。
そのドレスは肩が大きく開いており、胸元には立体感が出るような形で繊細な刺繍が施されている。スカート部分のティアードも柔らかく、ボリュームがある。
まさしく花嫁に相応しいドレスだ。
彼女が隣を見上げると、白い騎士服を纏う夫となった人物――ランスロットが微笑んでいた。
彼は王国騎士団の騎士団長を務め、さらにオラザバル王国の王太子であるジョシュアの乳兄弟として育った、由緒ある血筋の男である。
燃えるような赤髪が特徴的で『燃える赤獅子』という二つ名を持つほどだ。黒い瞳も、その二つ名に相応しい力強さを備えている。
そんな彼も、嬉しそうに口元を緩め、彼女を見下ろしていた。
目が合うと、二人は誓いの口づけを交わす。
触れ合う体温。ほんのわずかな時間であったのに、ぽっと互いの頬が熱を帯びるのには充分な時間でもあった。
歓声と拍手が二人の耳に届く。
これだけたくさんの人に祝ってもらえることに、二人にとっては胸が熱くなるような気持ちでいっぱいだった。
特にシャーリーは、ちょっとした事件に巻き込まれてからというもの、男性が苦手となった。それを乗り越えて、今日の婚礼の儀まで辿り着いたのだ。
ランスロットとシャーリーは仕事先で出会った。
男性が苦手なシャーリーであるが、お金がなければ生きてはいけない。昔から仲が良く、姉的存在であったアンナにそれとなく伝えたところ、王城で働く者たちの事務的なことを手伝う事務官の仕事を紹介してもらえた。
シャーリーは数字が大好きで計算が得意だからだ。
その仕事先で出会ったのがランスロットである。
二人が結婚にまで至るにはいろいろとあり、年も十歳も離れているが、このように夫婦となれる喜びを心から噛みしめていた。
大聖堂から外に出た二人は、外の眩しさに目を細め、腕を組んだ。
下の広場まで大階段が続いている。
そこには、そんな彼らを一目見ようと大勢の人たちが集まっていた。
たくさんの花吹雪が舞い、祝いの言葉をかけられる。
うっすらとたなびく白い雲が、空の青さを引き立てている。
シャーリーはもう一度、隣に立つ夫を見上げる。
愛しています――。
誰にも聞こえないような声で、シャーリーは告げた。
途端、ランスロットの顔もしまりがなくなる。
そんな二人はもう一度顔を見合わせてから、ゆっくりと大階段を歩き出した。
ウェディングドレスのトレーンも、大階段にしゅるしゅると波を打つ。
祝福の声に包まれた二人は、一歩、一歩、笑顔を振りまき、手を振りながら階段を下りていく。
だが、シャーリーは太陽の光を反射させている何かが眩しく、思わず目を細めた。
そして、彼女は気づいたのだ。太陽の光を反射させていたのは短剣であり、その剣先がまっすぐにランスロットに向いていることに――。
このような祝いの席で、誰もが浮かれていたのは事実だ。
短剣を手にしている男は、人込みに紛れ、誰にも悟られぬように、ゆっくりと二人の方に近づいてきている。
シャーリーが隣のランスロットに視線を向けると、彼は集まった仲間に声をかけられ、照れたように顔を赤らめていた。
だから、彼は知らない。
「ランス」
シャーリーが夫となった男の名を口にした。
何が起こるのか。
ランスロットも察する。それでも、身体の動きは間に合わなかった。
周囲にいた者たちも、ランスロットに向かう男に視線を向けた。
シャーリーはランスロットを庇うかのように、男の前に立ちはだかった。
男もシャーリーが邪魔であると言わんばかりに、彼女の肩に手をかけ、彼女の身体を力任せに押す。
すぐさま男は、他の者たちに捕らえられた。
「シャーリー」
ランスロットが新妻の名を呼んだ。
彼女の身体は投げ出され、大階段の下まで転がり落ちていく。
「シャーリー」
純白のドレスが、大階段の下には広がっていた。
そのドレスは肩が大きく開いており、胸元には立体感が出るような形で繊細な刺繍が施されている。スカート部分のティアードも柔らかく、ボリュームがある。
まさしく花嫁に相応しいドレスだ。
彼女が隣を見上げると、白い騎士服を纏う夫となった人物――ランスロットが微笑んでいた。
彼は王国騎士団の騎士団長を務め、さらにオラザバル王国の王太子であるジョシュアの乳兄弟として育った、由緒ある血筋の男である。
燃えるような赤髪が特徴的で『燃える赤獅子』という二つ名を持つほどだ。黒い瞳も、その二つ名に相応しい力強さを備えている。
そんな彼も、嬉しそうに口元を緩め、彼女を見下ろしていた。
目が合うと、二人は誓いの口づけを交わす。
触れ合う体温。ほんのわずかな時間であったのに、ぽっと互いの頬が熱を帯びるのには充分な時間でもあった。
歓声と拍手が二人の耳に届く。
これだけたくさんの人に祝ってもらえることに、二人にとっては胸が熱くなるような気持ちでいっぱいだった。
特にシャーリーは、ちょっとした事件に巻き込まれてからというもの、男性が苦手となった。それを乗り越えて、今日の婚礼の儀まで辿り着いたのだ。
ランスロットとシャーリーは仕事先で出会った。
男性が苦手なシャーリーであるが、お金がなければ生きてはいけない。昔から仲が良く、姉的存在であったアンナにそれとなく伝えたところ、王城で働く者たちの事務的なことを手伝う事務官の仕事を紹介してもらえた。
シャーリーは数字が大好きで計算が得意だからだ。
その仕事先で出会ったのがランスロットである。
二人が結婚にまで至るにはいろいろとあり、年も十歳も離れているが、このように夫婦となれる喜びを心から噛みしめていた。
大聖堂から外に出た二人は、外の眩しさに目を細め、腕を組んだ。
下の広場まで大階段が続いている。
そこには、そんな彼らを一目見ようと大勢の人たちが集まっていた。
たくさんの花吹雪が舞い、祝いの言葉をかけられる。
うっすらとたなびく白い雲が、空の青さを引き立てている。
シャーリーはもう一度、隣に立つ夫を見上げる。
愛しています――。
誰にも聞こえないような声で、シャーリーは告げた。
途端、ランスロットの顔もしまりがなくなる。
そんな二人はもう一度顔を見合わせてから、ゆっくりと大階段を歩き出した。
ウェディングドレスのトレーンも、大階段にしゅるしゅると波を打つ。
祝福の声に包まれた二人は、一歩、一歩、笑顔を振りまき、手を振りながら階段を下りていく。
だが、シャーリーは太陽の光を反射させている何かが眩しく、思わず目を細めた。
そして、彼女は気づいたのだ。太陽の光を反射させていたのは短剣であり、その剣先がまっすぐにランスロットに向いていることに――。
このような祝いの席で、誰もが浮かれていたのは事実だ。
短剣を手にしている男は、人込みに紛れ、誰にも悟られぬように、ゆっくりと二人の方に近づいてきている。
シャーリーが隣のランスロットに視線を向けると、彼は集まった仲間に声をかけられ、照れたように顔を赤らめていた。
だから、彼は知らない。
「ランス」
シャーリーが夫となった男の名を口にした。
何が起こるのか。
ランスロットも察する。それでも、身体の動きは間に合わなかった。
周囲にいた者たちも、ランスロットに向かう男に視線を向けた。
シャーリーはランスロットを庇うかのように、男の前に立ちはだかった。
男もシャーリーが邪魔であると言わんばかりに、彼女の肩に手をかけ、彼女の身体を力任せに押す。
すぐさま男は、他の者たちに捕らえられた。
「シャーリー」
ランスロットが新妻の名を呼んだ。
彼女の身体は投げ出され、大階段の下まで転がり落ちていく。
「シャーリー」
純白のドレスが、大階段の下には広がっていた。
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