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だから彼女と結ばれた(8)
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それを救ったのが竜と済世の聖女である。
聖女が竜に祈りを捧げ、竜が空を飛び立ち、雪雲を吹き飛ばした。氷ついていた空間が、あたたかさに溢れ始める。
それが竜と済世の聖女による奇跡の瞬間でもあった。
聖女は一人ではその力のすべてを発揮できない。竜と共にある聖女は、竜が国を救うように導かなければならない。それが聖女の役目であり、存在する意義でもある。
済世の聖女は、レオンクル王国を救った後、その姿を消した。
「聖女様がいらっしゃらなければ、今頃、レオンクル王国も存在していなかったでしょう」
サディアスの言葉に、彼女は少しだけ苦しそうに眉をひそめた。彼女の手元も止まっている。
「あの……兄から、ラティアーナ様……ラッティに伝言がありまして」
「なんでしょう?」
「申し訳なかったと、そう言っておりました」
「それは、謝罪ですか?」
「……はい」
「何に対する?」
彼女は顔をあげて、真っすぐにサディアスを見つめる。翡翠色の瞳は、キンバリーが婚約破棄を突きつけたときと同じように力強く揺れている。
しかしそう問われると、サディアスも即答できない。キンバリーはラティアーナに謝罪したいと言っていたが、それが何に対する謝罪なのか。目下のところ、婚約破棄に対する謝罪なのだろう。
「パーティーのときの、婚約破棄の件かと……」
「まぁ。キンバリー様はそれを気にしていらっしゃったのですね。あれは、私にとっては僥倖でした。キンバリー様とアイニス様に、感謝を申し上げます」
「ラティアーナ様は……兄を好いていたわけではなかったのですね」
「えぇ。でしたら、こちらに戻ってきてすぐに結婚などしないでしょう? 私はずっと、カメロンのことを想っていました。聖女になったから、キンバリー様と婚約しましたが、できることならその婚約も、そして聖女という役目も投げ出したかった」
サディアスから視線を逸らした彼女は、黙々と花冠を作り続ける。
そんな彼女の姿を見て、胸が痛んだ。
ラティアーナはキンバリーを受け入れていると思っていた。
ラティアーナは聖女という役目に誇りを持っていると思っていた。
けれども、彼女の本音は異なっていた。
「周囲から、勝手に聖女ラティアーナという理想を作り上げられ、私はただそのように振舞っていただけです」
その言葉に、息を呑む。
その通りかもしれない。聖女ラティアーナは、済世の聖女であり、レオンクル王国を平和に導く存在。立ち居振る舞いもおしとやかで、奉仕作業にも精を出し、誰にも平等に接する。
国を庇護する竜との意思疎通もでき、竜を世話する様子すら神々しいと言われていた。
王太子キンバリーと婚約したことで、彼女の地位は確固たるものとなり、それすら当然とも言われるような雰囲気ができあがっていたのだ。
それでもキンバリーは、聖女ラティアーナに救われていた部分はあった。彼女が執務を手伝ってくれた、公式の催し物では隣に寄り添ってくれた。
少なくともキンバリーは、聖女ラティアーナに惹かれていた。あのすれ違いが起こるまでは。
「兄は……ラティアーナ様のお身体を心配しておりました。神殿の食事は、孤児院のものよりも貧しいものであった」
「そうですね。キンバリー様には、何度も聞かれましたから。あのときの私は、生きるのをあきらめたような、そんな感じでした。食事をとらなければ死ねるのではないかと、そう思ったこともあります」
彼女がそこまで思いつめていたことを、サディアスは知らない。
「それでも、なんとか思いとどまることができたのは、あの人との約束があったから……。キンバリー様の婚約者を演じ終えたら、必ずここへ戻ってこようと、そう思っていたのです」
キンバリーとの婚約さえ、利用しようとしていたのだろうか。だが、婚約の先の結婚はどう考えていたのだろう。
「婚約とは結婚の約束ですから、いかようにもなるのですよ。現に、キンバリー様と私の婚約は解消されたではありませんか」
まるでサディアスの心の中を読んだような言葉である。
彼女は膝の上の手紙に視線を落とした。
「孤児院の子どもたちは、お元気ですか? 将来、あの子たちが自立てきるようにと、いろいろと教えてはいたのですが。役に立っているでしょうか」
「はい。子どもたちも、ラティアーナ様に感謝しています。商会でお針子として働いている子もいます。菓子店に務めている子もいます」
「そうですか……安心しました」
「……ラティアーナ様は、兄が孤児院へ寄付をしていたことをご存知ですか?」
「ええ。ですが。あの方の寄付金は、孤児院とは別のところに流れていたのですよ」
聖女が竜に祈りを捧げ、竜が空を飛び立ち、雪雲を吹き飛ばした。氷ついていた空間が、あたたかさに溢れ始める。
それが竜と済世の聖女による奇跡の瞬間でもあった。
聖女は一人ではその力のすべてを発揮できない。竜と共にある聖女は、竜が国を救うように導かなければならない。それが聖女の役目であり、存在する意義でもある。
済世の聖女は、レオンクル王国を救った後、その姿を消した。
「聖女様がいらっしゃらなければ、今頃、レオンクル王国も存在していなかったでしょう」
サディアスの言葉に、彼女は少しだけ苦しそうに眉をひそめた。彼女の手元も止まっている。
「あの……兄から、ラティアーナ様……ラッティに伝言がありまして」
「なんでしょう?」
「申し訳なかったと、そう言っておりました」
「それは、謝罪ですか?」
「……はい」
「何に対する?」
彼女は顔をあげて、真っすぐにサディアスを見つめる。翡翠色の瞳は、キンバリーが婚約破棄を突きつけたときと同じように力強く揺れている。
しかしそう問われると、サディアスも即答できない。キンバリーはラティアーナに謝罪したいと言っていたが、それが何に対する謝罪なのか。目下のところ、婚約破棄に対する謝罪なのだろう。
「パーティーのときの、婚約破棄の件かと……」
「まぁ。キンバリー様はそれを気にしていらっしゃったのですね。あれは、私にとっては僥倖でした。キンバリー様とアイニス様に、感謝を申し上げます」
「ラティアーナ様は……兄を好いていたわけではなかったのですね」
「えぇ。でしたら、こちらに戻ってきてすぐに結婚などしないでしょう? 私はずっと、カメロンのことを想っていました。聖女になったから、キンバリー様と婚約しましたが、できることならその婚約も、そして聖女という役目も投げ出したかった」
サディアスから視線を逸らした彼女は、黙々と花冠を作り続ける。
そんな彼女の姿を見て、胸が痛んだ。
ラティアーナはキンバリーを受け入れていると思っていた。
ラティアーナは聖女という役目に誇りを持っていると思っていた。
けれども、彼女の本音は異なっていた。
「周囲から、勝手に聖女ラティアーナという理想を作り上げられ、私はただそのように振舞っていただけです」
その言葉に、息を呑む。
その通りかもしれない。聖女ラティアーナは、済世の聖女であり、レオンクル王国を平和に導く存在。立ち居振る舞いもおしとやかで、奉仕作業にも精を出し、誰にも平等に接する。
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それでもキンバリーは、聖女ラティアーナに救われていた部分はあった。彼女が執務を手伝ってくれた、公式の催し物では隣に寄り添ってくれた。
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「そうですね。キンバリー様には、何度も聞かれましたから。あのときの私は、生きるのをあきらめたような、そんな感じでした。食事をとらなければ死ねるのではないかと、そう思ったこともあります」
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「それでも、なんとか思いとどまることができたのは、あの人との約束があったから……。キンバリー様の婚約者を演じ終えたら、必ずここへ戻ってこようと、そう思っていたのです」
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