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だから彼女と結ばれた(1)
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茜色に染まりつつある空を見上げる。
遠くからはガランガランという鈴の音と牛のなき声が聞こえてきた。
「そろそろ、帰りましょうね」
「えぇ? ラッティ、もうちょっと遊ぼうよ」
立ち上がろうとする彼女のスカートを、幼い女の子がつかみ、つんつんと引っ張る。もう少し、ここに座っていてという意味である。
「でも、これ以上遅くなったらおうちの人も心配するでしょう?」
むぅと女の子が唇を尖らせたので、彼女はその子の頭に、今作った花冠をぽふっとのせた。
「似合うわ、お姫様」
お姫様と言われ、幼子も気分がよくなったのだろう。笑みを浮かべ、すっと立ち上がる。
「ラッティ。明日も遊んでくれる?」
「えぇ。明日は天気が悪いみたいだから、おうちの中でご本を読みましょう。でも明日は、ミシェルとエミリーも一緒なの」
「そんなぁ。ラッティを独り占めできない」
女の子はまたむむっと唇を尖らせ、手をつないできた。
「……ラッティ、……リビー」
遠くからそんな二人を呼ぶ声が聞こえてくる。大きく手を振り、傾く太陽を背にしてこちらに向かって走ってきている。
「あ、カメロンだ」
リビーと呼ばれた女の子も、つないでいないほうの手を大きく振った。
カメロンは二人の前に立つと、両手を太ももについてはぁはぁと息を整える。
「カメロン、疲れてる」
リビーがきゃきゃっと笑う。
「もう。どこから走ってきたの? こんなに汗をかいて」
ラッティはエプロンのポケットから手巾を取り出して、彼の額に浮かんでいる汗を拭く。明るい茶色の前髪が、ぺたっと肌に張りついていた。
「家から走ってきたよ。たまには運動をしないとね」
そう言ったカメロンは、リビーのもう片方の手を握った。
「リビー。今日は素敵な冠をつけているね。お姫様みたいだよ」
「ラッティに作ってもらった」
「そうか。よかったね。リビーのお父さんも仕事を終えて、家に帰ったから。このままおうちまで送っていこう」
ラッティとカメロンに挟まれたリビーは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「ねぇねぇ、ラッティの赤ちゃんはいつ産まれるの?」
リビーが尋ねた通り、ラッティの腹部はほんのりと膨れている。
「ラッティの赤ちゃんが産まれたら、リビーはお姉さんになる?」
「そうね。赤ちゃんと遊んであげてね」
「ラッティの赤ちゃん、早く産まれないかなぁ」
そんなリビーの声を聞きながら、ラッティとカメロンは幸せそうに顔を見合わせた。
ガランゴロンと鈴を鳴らして牛を連れて歩く牛飼いとすれ違う。牛たちも牛舎へと戻る時間だ。
牛飼いに挨拶をして、幾言か言葉を交わす。やはり、明日は雨になりそうだと牛飼いも言った。
ラッティはリビーと一緒に歌を口ずさむ。それはこの地方に昔から伝わる子守歌で、空が茜色になったらおうちに帰りましょうという歌詞。そして、夜は静かに星空を眺め、夢の世界で会いましょう。と続く。
リビーを彼女の家まで送り届けた二人は、手を繋いで歩き出す。
「体調は、大丈夫なのか?」
夕焼けのような緋色の瞳が、ラッティを見下ろした。彼女は笑みを浮かべ、「大丈夫よ」と答える。
「君が戻ってきてくれてよかった」
「えぇ……。私も、戻ってこられるとは思っていなかった」
ラッティは、五年ほど前この村から出て行った。それからずっと、二人は会っていなかったし、手紙のやり取りすらしていなかった。
お互いに、そういう約束をしたからだ。
ラッティに家族はいない。親代わりのカメロンの両親からは、定期的に衣類や日持ちのする食料などの荷物と、近況を知らせる手紙が届くだけだった。
「明日は、雨だから。お屋敷で子どもたちの世話をすればいいのよね?」
「ああ、頼む。ラッティが子どもたちをみてくれるから、サムもアニーも助かってると言ってた」
「子どもは好きなの。とても素直だから」
「それは……俺が素直ではないと言っているみたいだな」
「だって、あなたは子どもではないでしょう?」
ラッティが見上げて微笑み、カメロンも微笑み返す。
繋がれた手からは、互いのぬくもりが伝わってくる。
遠くからはガランガランという鈴の音と牛のなき声が聞こえてきた。
「そろそろ、帰りましょうね」
「えぇ? ラッティ、もうちょっと遊ぼうよ」
立ち上がろうとする彼女のスカートを、幼い女の子がつかみ、つんつんと引っ張る。もう少し、ここに座っていてという意味である。
「でも、これ以上遅くなったらおうちの人も心配するでしょう?」
むぅと女の子が唇を尖らせたので、彼女はその子の頭に、今作った花冠をぽふっとのせた。
「似合うわ、お姫様」
お姫様と言われ、幼子も気分がよくなったのだろう。笑みを浮かべ、すっと立ち上がる。
「ラッティ。明日も遊んでくれる?」
「えぇ。明日は天気が悪いみたいだから、おうちの中でご本を読みましょう。でも明日は、ミシェルとエミリーも一緒なの」
「そんなぁ。ラッティを独り占めできない」
女の子はまたむむっと唇を尖らせ、手をつないできた。
「……ラッティ、……リビー」
遠くからそんな二人を呼ぶ声が聞こえてくる。大きく手を振り、傾く太陽を背にしてこちらに向かって走ってきている。
「あ、カメロンだ」
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「もう。どこから走ってきたの? こんなに汗をかいて」
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そう言ったカメロンは、リビーのもう片方の手を握った。
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「ラッティに作ってもらった」
「そうか。よかったね。リビーのお父さんも仕事を終えて、家に帰ったから。このままおうちまで送っていこう」
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「ラッティの赤ちゃんが産まれたら、リビーはお姉さんになる?」
「そうね。赤ちゃんと遊んであげてね」
「ラッティの赤ちゃん、早く産まれないかなぁ」
そんなリビーの声を聞きながら、ラッティとカメロンは幸せそうに顔を見合わせた。
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「体調は、大丈夫なのか?」
夕焼けのような緋色の瞳が、ラッティを見下ろした。彼女は笑みを浮かべ、「大丈夫よ」と答える。
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