だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)

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だから彼女を好いていた(5)

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 サディアスが孤児院内を歩くと、どこからか子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
 この時間の子どもたちは活動的だ。
 まずは、子どもたちが集まっている場所へと足を向けた。

 大きなテーブルがいくつか並んでいて、それぞれ子どもたちは好きなことをしている。

 本を読んでいる子。字を書いている子。絵を描いている子。編み物をしている子――。

 ここにいない子どもたちは、厨房にいるか、もしくは外を駆け回っているのだろう。

「今日は、サディアス様がいらっしゃいましたよ」

 マザー長の言葉で、子どもたちの視線が一気に集まった。子どもたちの目はいつもキラキラと輝いているはずなのに、今日は少しだけ淀んでいる。

「サディアス様が、絵本を読んでくださるそうです」

 それがここに来たときの通過儀礼のようなものだった。サディアスは絵本が並んでいる棚から、適当に一冊抜き取った。だが、それですら違和感を覚える。

「これ、よんで」

 よたよたと男の子が寄ってきて、違う絵本を差し出した。サディアスは手にした絵本を棚に戻すと、男の子が渡してきた絵本を開く。
 やはり、今までと何かが違う。その違う何かがわからないまま、サディアスは子どもたちの前で絵本を読みだした。

 そうすると、様子を見ていた他の子どもたちも、ゆっくりとサディアスのほうに近づいてくる。
 少しずつ子供たちの顔にも明るさが戻ってくる。

「……おしまい」

 サディアスの最後の言葉で、ぱちぱちとまばらに拍手が起こった。

「サディアスさま」

 別の男の子がおずおずと絵本をわたしてきた。

「このご本、直せますか?」

 違和感の謎が解けた。ここにある絵本は使い古されているのだ。たくさん読めば読むほど、本も年季が入るのはわかる。それでも、新しい本は定期的に入ってくるはずで、彼らはよくそういった新しい本を読んでほしいと手にしていた。
 その新しい本が見当たらない。

「直してくるよ」

 蔵書の修繕は、素人には難しい。ここは王立図書館に務めている専門家に頼んだほうが間違いない。

 サディアスは男の子から本を受け取った。中身をパラパラと確認すると、中のページがはずれていた。何度も繰り返し読んだのだろう。

「この本が好きなの?」

 男の子は大きく頷いた。

「勇者が竜をやっつけるから、かっこいい」

 もう一度サディアスは絵本の内容を確認する。彼が言う通り、竜が出てくる絵本だ。だが、竜は国を庇護しているため、尊い存在であると、昔から言われている。
 それなのに、勇者に倒されるとは、その教えに反するような過激な内容である。竜を倒した勇者は、子どもたちが作ったとされる花冠をつけ、民から称えられている場面で終わっている。

「他にはどんな本が好き? 次にくるとき、いくつか新しいのを持ってこよう」

 サディアスの言葉に子どもたちは次々と好きなお話を口にした。

「おひめさまが出てくる絵本」
「おいしい食べ物が出てくる絵本」
「動物がたくさんかつやくする絵本」

 子どもたちの言葉に耳を傾けながら、サディアスはゆっくりと立ち上がった。
 いつまでも一か所にとどまってはいけない。

「では、次は、たくさんの絵本を持ってくるよ」

 次にサディアスは、石盤スレートで字の練習をしている子どもたちの様子を見て回る。

「じょうずに書けているね」

 教師がついているわけでもない。それでも彼らは手本を見て、丁寧に石筆で文字を書いていく。石盤いっぱいに文字を書くと、布で書いた文字を消し、次の文字を書く。

「サディアス様……」

 字を消し終えた女の子が、ふとサディアスを見上げた。

「ラティアーナ様は、もう来てくださらないのですか?」
「ラティアーナ様は、聖女をやめてしまわれたから」

 それ以上、どう答えたらいいかがわからなかった。来ないと言い切って、彼らの期待を奪うようなことはしたくない。だからといって、嘘もつきたくない。

「この字は、ここを少しはねたほうがいい」

 無理矢理、話題を変えた。

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